🍎ご自由にどうぞ、りんごのある道端で
散歩の途中、小さな黒板を見つけた。
芝生の上に、ころころと転がるりんごたち。
黒板には、手書きで「Servez-vous(ご自由にどうぞ)」と書かれている。
オレンジ色のテープで貼られたその文字が、秋の陽射しに少しかすんで見えた。

誰が置いたのかはわからない。
けれどその言葉は、どこか素朴で人懐っこくて、「立ち止まっていって」と語りかけてくるようだった。
ノルマンディーの秋は、りんごの季節。
風が吹くたびに、どこかで木の枝がゆれて、落ちたりんごが土の上に転がる音がする。
ほんのり甘い香りが、空気の中に混じっている。

私はそのまま何も取らずに帰ってきた。
でも、あとから出かけた夫が、「ねえ、りんごもらってきたよ」と言って、
いくつかのりんごをテーブルに並べた。
「あ、もしかして……あの通りの黒板、“Servez-vous”って書いてあったところ?」
「そうそう、あれ。少し小ぶりだけど美味しそうだったよ」
並んだりんごは、どれも形が違っていて、ひとつひとつに庭の香りが残っていた。
手に取ると、ひんやりとして、指先に秋が触れたような気がした。
私はりんごにはちょっと厳しい。
というのも、故郷はりんごで知られた県。
秋になると、家にはダンボールいっぱいのりんごが届いて、学校から帰ってくると、玄関に漂うあの甘い香り。
母がむいてくれたりんごの皮が、くるくると長くつながっていた記憶が、今でも鮮やかに残っている。
遠く離れたフランスの田舎で、“ご自由にどうぞ”と並んだりんごに出会うなんて、なんだか不思議なつながりを感じた。
夫がひとつ切ってくれた。
シャリッという音とともに、ノルマンディーの秋と、私の故郷の秋が、
ひとくちの中で静かに混ざり合った。
