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【残唐五代史演義伝】第三回 赤牆村に黄巣在り

 とう朝はすでに衰退し、朝廷は腐敗しきっていた。
 奸臣が権力を握り、賄賂が横行し、金があれば出世でき、金がなければ顧みられない世の中になっていたのだ。

 こうした中、ついに曹州そうしゅう王仙芝おうせんしと、濮州ぼくしゅう尚君長しょうくんちょうが反乱を起こした。
 朝廷は宦官の田令孜でんれいしに十万の軍を授け、討伐に向かわせたが、これがさらなる乱世の幕開けとなったのである。

 世の盛衰、国の興廃はすべて天命の定めるところ。
 平和な時代には英雄が国を支え、乱世になれば奸臣が天下を乱す——それが世の常だった。

 さて、ここで少し時を遡ろう。
 曹州そうしゅう冤句県えんくけん赤牆村せきしょうそんに、一人の塩商人がいた。姓はこう、名は宗旦そうたん
 ある日、彼は妻の田氏でんしとともに、鬱蒼と茂る森——巣林そうりんを通りかかった。
 すると、地面に座り込んでいる一人の小さな子どもが、まっすぐ田氏でんしを見つめ、こう呼びかけた。
「お母さん!」
 次の瞬間、その子どもの体が金色の光となって田氏でんしの懐に飛び込んだ。
 田氏でんしは「あっ」と驚き、そのまま気を失ってしまった。

 家に帰った田氏でんしは、自身が懐妊していることに気づいた。
 巣林での不思議な体験は何だったのか。お腹の子どもと何か関係があるのか。不安になる黄宗旦こうそうたん田氏でんしであった。

 両親の心配どおり、その胎児は普通ではなかった。
 異常なほど成長が遅く、なんと二十五か月も腹に宿ったままだったのだ。

 そして、ようやく迎えた出産の日、生まれてきた子は、たいそう奇妙な姿をしていた。
 身長はわずか二尺(約六十センチ)。眉は一直線に伸び、一文字を描き、犬歯がすでに二本生えていた。
 奇怪なことに、鼻には三つの穴が開いていた。
 さらに、左腕には蛇のように巻きつく肉腫があり、右腕には丸い肉の塊がついていた。
 極めつけは、背中に八卦はっけの紋様、胸に北斗七星ほくとしちせいの痣が刻まれていたことだ。

 黄宗旦こうそうたんはこれを見て、恐れおののいた。
「こんな怪物のような子どもを育てるわけにはいかない!」
 彼は赤子を抱え、溝の中へと捨ててしまった。

 だが、これを見ていた土地神がいた。
 神はその子を哀れみ、ひそかに巣林そうりんの大樹の上に運び、カラスの巣の中へと置いたのである。

 七日が過ぎたころ、黄宗旦こうそうたんが再び森を通ると、頭上から小さな声が聞こえてくることに気がついた。
 見上げると、七日前に捨てたはずのあの子が、カラスの巣の中で泣いていた。

 黄宗旦こうそうたんは驚愕し、これはただ者ではないと考え、家へ連れ帰った。
 そして田氏でんしに育てさせ、子供に「黄巣こうそう」、字(あざな)を「巨天きょてん」と名付けた。

 黄巣こうそうは幼い頃から才知に優れ、広く書物を読み、武芸にも秀でていた。
 まさに、天が乱世に送り込んだ英雄だったのである。

 時は流れ、乾符三年(876年)。
 とうは荒廃し、大旱魃に襲われ、元号も「広平こうへい元年」と改められた。
 この年、朝廷は大々的に武科挙ぶかきょを開き、天下の豪傑を募った。
 黄巣こうそうはこれを聞くや否や、すぐに父母に別れを告げ、長安ちょうあんへと向かった。
 もちろん、武科挙ぶかきょを受けて将軍となり、功を成すためである。

 試験の結果、彼は武状元ぶじょうげん——つまり主席合格者となった。

 翌日、黄巣こうそうは宮廷に召され、田令孜でんれいしに伴われて帝の前に進み出た。
「お主が武状元ぶじょうげんであるか。面を上げよ」
 僖宗きそうは彼の姿を見るや、魂が抜けたように呆然とした。
 身長は一丈(約二メートル)、肩幅は三停(約一メートル以上)という堂々たる体躯。
 顔は黄金のように光り、眉は一直線に伸びて一文字を描き、ただ者ではない人相をしていた。
 何より目を引いたのは、異様に伸びた牙のような犬歯、そして三つの穴が開いた鼻——異様な雰囲気を放っていた。
 僖宗きそうはしばし言葉を失い、やがて震えながら絶叫した。
「このような異形の者は使えぬ!叩き出せ!」
 こうして、黄巣こうそうは抜群の才覚を示しながらも、朝廷から追放されてしまった。

 黄巣こうそうは、朝廷の役人からその理由を聞いた。
「お前の顔が醜いからだ」
 黄巣こうそうは呆れ、深いため息をついた。
武科挙ぶかきょとは、文章や武芸を試す場であって、顔を選ぶ場ではなかったはずだ。もし最初から顔で選ぶというのなら、初めからそう言っておけ!」

 故郷に帰ろうとも思ったが、武状元ぶじょうげんでありながら試験に落とされた身では、父母に顔向けできないと考えた。
 黄巣こうそうは懐から筆を取り出し、今の激情を詩に残そうとしたところ、ふと雄鶏と目が合った。
 錦のような見事な羽を持つ雄鶏は、黄巣こうそうと目が合うや一声高らかに鳴いた。
「おい、雄鶏よ!愚かな皇帝は賢者を見抜けないが、お前は見抜くのか。
 もし俺が天下を得る運命にあるなら、もう一度鳴いてみろ!」
 すると、雄鶏は先程よりもさらに大きな声で鳴いた。
 黄巣こうそうは大喜びし、その場で詩を詠んだ。

雄鶏有五徳 今朝見我鳴
(雄鶏は五つの徳をそなえ、今朝、わたしの前で誇らしく鳴いた)
頂上紅冠正 身披紫錦文
(頭には正しく赤い冠をいただき、身には紫の錦のような文様が浮かぶ)
心中常懐義 大叫両三声
(胸にはいつも義の心を抱き、高らかに二声、三声と鳴き響かせる)
喚出扶桑日 重教天下明
(東方から太陽を呼び出し、ふたたび天下に光明をもたらすのだ)

 詩を書き終えると、黄巣こうそうは酒館に入り、酒を飲んだ。
 酒の勢いに乗じて、さらに酒館の壁に反骨の詩を書き記した。

昏君失政 寵用奸邪 荒荒離乱 文武無能
(愚かな君主は政を誤り奸臣を重んじるばかり。国は乱れ、文官も武官も役立たずばかり)
唐僖宗有眼無珠 見賢才不能擢用
唐僖宗とうきそうは目を持ちながら珠を見ず、賢者を見出すことも登用することもできなかった)
可惜我十年辛苦 到今日不得成名
(悔やまれるのはこの十年の苦労が報われず、今日に至るまで名をなせなかったことだ)

 黄巣こうそうは密かに思いを巡らせた。

(思えば、昔の楚漢の争いでも、一人は泰山たいざんを引き抜くほどの武勇を持ち、一人は滄海そうかいのような寛大な度量を備えていた。
 彼らは烏江うこうで最後の決戦を繰り広げ、英雄たちが真っ向からぶつかり合った。
 その果てに、かんの国が興った。
 俺もまた、高い志を抱き、虹霓こうげいをも吐くほどの気概を持っている。
 一頭の馬と一振りの刀で天下を駆け抜け、唐朝とうちょうをこの手で平らげるのも、もはや時間の問題ではないか!)

 その決意を表すかのように、一首の詩を記した。

浩気騰騰貫鬥牛 班超投筆去封侯
(天を突くような気概がみなぎり、班超はんちょうが筆を捨てて将軍となったように)
馬前但得三千卒 敢奪唐朝四百州
(もし馬前に三千の兵を得られれば、唐朝とうちょうの四百州を奪うことなど恐れるに足りない)

 この日、この時より、黄巣こうそうはただの落第者ではなく、反逆の決意を胸に秘めた男へと変わった。
 この日、彼は天下に刃を向ける運命を受け入れたのである。
 そして彼は天に誓った。
「俺が天下を取る日が来る!」
 黄巣こうそうは詩を書き終えると、琴剣と書物をまとめ、長安ちょうあん城を出た。
 そして天を仰ぎ、固く誓った。
「この黄巣こうそうが一歩でも前に進むことができたなら、必ずや唐朝とうちょうの天下を奪い取ってみせる!」
 そう言い残し、長安ちょうあんを後にした。

 黄巣こうそう長安ちょうあん城を出た頃、役人が彼の書き残した反逆の詩を発見し、大いに驚いて急ぎ朝廷に奏上した。
 狼狽した僖宗きそうは、ただちに田令孜でんれいしを召し、問いただした。
黄巣こうそうが反詩を書き、朕の天下を奪おうとしておる。卿はどう処理するつもりか」
 田令孜でんれいしが答えた。
「我が君、どうかご安心を。黄巣こうそうの人相を描いて指名手配し、捕らえ次第その一族を皆処刑いたしましょう」
 僖宗きそうはこれを許し、すぐさま全国に追捕の布告を出した。
 こうして黄巣こうそうの名は、大逆賊として天下に広く知られることとなったのである。

 さて、洛陽らくよう郊外に蔵梅禅寺ぞうばいぜんじという寺院があった。
 ある夜、法明長老ほうめいちょうろうが弟子たちを引き連れて本堂に上がると、そこにある琉璃灯の光が、いつになく弱く揺らいでいた。
 不審に思い、灯の中を覗いてみると、油がまったく残っていなかった。「これはどうしたことか?」
 驚いた長老が弟子に問いただすと、弟子は答えた。
「私は毎晩、油を注いでおります。しかし、どこへ消えてしまったのか分かりません」
 奇妙に思った長老は、翌晩、一人の僧を本堂に隠れさせ、様子を見張らせることにした。

 深夜、ちょうど二鼓(午後十一時ごろ)になると突如、二匹の幽鬼が現れ、手に瓦の壺を持ち、堂内に忍び込んできた。
 隠れていた僧は驚き、急ぎ長老に報告したが、長老は信じなかった。
 翌晩、今度は自ら本堂に隠れ、様子をうかがうことにした。

 果たして、再び二匹の幽鬼がやってきて、油を盗もうとした。
 長老はすぐに弟子たちを引き連れて幽鬼たちを取り囲み、問いただした。「貴様たちは何者だ!この寺の油を盗んで何をしようというのだ!」
 幽鬼たちは悪びれもせず答えた。
「今、冥界の役所で『生死輪回帳せいしりんかいちょう』を作成しているが、灯をともす油が足りぬのだ。
 ゆえに、我らは現世の各寺院を巡り、油を集めているのである」
 長老はさらに問いただした。
「その『生死輪回帳せいしりんかいちょう』には何が書かれているのだ?」
 幽鬼たちは答えた。
「そこには、一人の者の運命が記されておる。
 姓はこう、名はそう、字は巨天きょてん。眉は横一文字に広がり、牙は二本並び、鼻には三つの孔がある。顔色は金紙のようで、不吉な相を宿している。
 この者には帝王の運命があり、まもなく兵を挙げてとうを滅ぼし、天下を混乱に陥れるのだ。
 その者は、この蔵梅禅寺ぞうばいぜんじから兵を起こす。
 彼の乱によって、八百万もの人々が命を落とし、血は三千里にわたって流れるだろう。
 そして、黄巣こうそうが起こす大乱で最初に命を落とすのは、一人の僧——その名を『法明ほうみょう』という」
 長老はこの言葉を聞いて震え上がり、鬼たちに懇願した。
「どうか、どうかこの命だけは助けてはもらえぬか?」
 しかし、鬼たちの返答は無情だった。
「天の帳簿はすでに完成しておる。それを変えることはできぬ。
 ただし、黄巣こうそうがそなたを殺さぬと誓えば、別の話かも知れぬな」
 そう言い残し、鬼たちは霧のように消えていった。

 法明長老ほうめいちょうろうは、恐怖のあまり、その夜一睡もできなかった。
 それからというもの、彼は毎日、山門の前に弟子を立たせ、黄巣こうそうの到来を警戒させることにした。

 一方、黄巣こうそうは朝廷より指名手配が出され、四方で捕縛の手が伸びていると聞き、山路を伝って逃れ出た。

 ある日、ある山にさしかかると、その山頂の様子はこのようであった。

雲靄靄 霧漫漫
(雲はたなびき、霧は遥かに広がっている)
水潺潺 石蹬蹬
(水はさらさらと流れ、石はごつごつと道をなす)
鳥啼古木 鶴唳老松
(鳥は古木にさえずり、鶴は老松のもとで寂しく鳴く)
路盤 狐兔跡交加
(曲がりくねった山道には、狐や兎の足跡が交差している)
谷応 豺狼声咆哮
(谷は声を返し、あたりには狼の咆哮が響きわたる)
行人難進步 正是老僧家
(旅人の足もすくむこの場所こそ、老僧が住まう静寂の地なのだ)

 また、これを証明する詩もあった。

壯哉山寺石岩辺 渺渺遙瞻斗柄連
(壮麗な山寺は岩山のほとりにたたずみ、遥か彼方とつながるように視界の果てまで広がっている)
殿閣巍峨侵碧漢 楼台繚繞漱清泉
(高くそびえる殿閣は、青空に触れんばかりで、楼や台は幾重にも巡り、澄んだ泉の音があたりを洗っている)
金鐘隠隠雷声吼 宝塔重重月影円
(金の鐘がかすかに鳴り、その響きは雷のように山に轟く。重なり立つ宝塔には、まるい月の光が幾重にも降り注ぐ)
靜聽法華皆梵語 誰知此処有西天
(静かに『法華経』の読誦を聞けば、すべてが仏の言葉に聞こえる。誰が思おう、この地にこそ西方極楽浄土があるとは)

 黄巣こうそうがいかにして蜂起するのか、それは次回、語っていこう。


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