【残唐五代史演義伝】第五回 黄巣、長安城を落とす
法明長老を斬った黄巣は、蔵梅寺を後にして大路を進んだ。
すると、道の先に一群の男たちが歩いているのが見えた。
黄巣は大いに喜び、天に向かって祈った。
「もし我に天下を得る運命があるならば、この者たちをすべて我が軍門に降らせよ!」
そう叫ぶと、黄巣は大声で問いかけた。
「お前たちはどこへ行くのだ?」
その勢いに驚き、男たちは全員その場に跪いた。
「私たちは、科挙の試験に落ちた者たちです……」
黄巣はさらに問いかけた。
「ならば、お前たち、我と共に行き、大唐の天下を奪い取る気はあるか?」
男たちは声を揃えて叫んだ。
「喜んで、大王に従います!」
こうして黄巣は失意の士たちを味方に加えた。
彼らを引き連れ、金頂太行山へと入り、ついに唐への反乱を宣言した。
黄巣の軍勢は瞬く間に勢力を拡大し、宋州に迫った。
わずか半年足らずで、以下の名将たちを配下に加える。
朱温、尚譲、柳彦璋・柳彦随、葛従周、鄧天王、孟絶海。
こうして、黄巣は百万人の餓えた兵、餓夫兵を集め、葛従周を総兵に、尚譲を軍師に任じ、東南の州郡を次々と攻略した。
そして、ついに軍勢を潼関へと進めた。
潼関を守る唐軍の李茂・宋真の両将は、黄巣軍の猛将鄧天王と三度戦ったが、大敗を喫し、関を捨てて逃げるしかなかった。
彼らは急ぎ長安へ戻り、僖宗に報告した。
「今、黄巣は百万の兵を率いて潼関を奪いました!
我らの力では到底防ぎきれません。どうか大軍を派遣し、賊を討伐し、天下を安んじてください!」
僖宗はこの報を聞いて震え上がった。
さらに報告が続く。
「黄巣軍が八里橋に達し、すでに長安の目と鼻の先に迫っています!」
僖宗は急ぎ、宦官の田令孜を呼び、尋ねた。
「この状況、どうすればよいのだ?」
田令孜は答えた。
「事態はもはや急を要します。ここは西の祁州へ避難するのが最善かと」
僖宗は困惑した。
「だが、祁州には我が身を守る宮殿などないではないか?」
田令孜は説明した。
「かつての玄宗皇帝も、安禄山の乱を避けて祁州に逃れました。
その際に建てた宮殿が、今も残っております」
僖宗は迷った末、避難を決意した。
すぐに命を下し、三宮六院の妃嬪や女官を連れ、祁州へ逃れる準備を進めた。
田令孜はさらに進言した。
「今は軍情が逼迫しております。護衛の負担を減らすため、陛下と皇后お一人だけが移動されるのが賢明かと」
こうして、僖宗はわずかな文武百官を伴い、田令孜の手引きで長安を脱出し、西の祁州へ向かった。
このような詩がある。
潼関賊破寇無休 堅守招兵或可收
(潼関は賊の手に落ち、襲撃はとどまることを知らなかった。だが、しっかり守り兵を募ればまだ挽回の余地はあったかもしれない)
恨殺奸臣無計策 軽移車駕上祁州
(悔やまれるのは、奸臣どもが国を誤り、まともな策を立てる者がいなかったこと。皇帝は軽々しく都を捨て、祁州へと逃げ出してしまった)
黄巣が帳中にいると、偵察兵が駆け込んできた。
「僖宗が長安を離れ、祁州へと逃げました!」
黄巣はすぐに将士たちに命じた。
「全軍、追撃の準備をせよ!」
しかし、葛従周が進言する。
「今は、まず宮廷を掌握し、大位に就くのが先決かと。
まず宮中を“洗い清め”てから、僖宗を追えばよいでしょう」
黄巣はこれを受け入れ、朱温に長安城の制圧を命じた。
朱温率いる軍勢が長安城へ突入すると、そこにはまさに戦乱の惨状が広がっていた。
黒漫漫たる戦雲が鳳閣を覆い、昏惨惨たる殺気が龍楼を包む。
怒号は地を揺らし、嬪妃は恐怖に震え、御簾の奥へ逃げ込む。
戦太鼓の音響き、采女は悲鳴を上げて錦帳の奥に身を隠す。
千秋池のほとりには、砕けた甲冑と破れた旗が散り、万歳山の前には、折れた弓と砕かれた矢が転がっていた。
紅絹の楼は血に染まり、白玉の城壁は血の波が打ち寄せていた。
朱温は後宮へと進撃する。
そのとき、一人の美しい宮女が井戸の縁に立っていた。
彼女は飛び込もうとするが、朱温が剣を抜き叫んだ。
「待て!お前は何者だ?」
彼女は涙を流しながら答えた。
「私は帝の妹、玉鑾英です」
朱温は目を細めて問うた。
「お前は嫁いでいるのか?」
玉鑾英は首を振った。
「いいえ……まだ嫁いでおりません」
朱温は彼女をじっと見つめた。
その容姿はまさに“閉月羞花、沈魚落雁”月が隠れ、花も恥じる気品、水中の魚も見惚れて沈み、空を飛ぶ雁も驚いて落ちるほどの絶世の美女だった。
朱温は剣を収め、にやりと笑った。
「俺は朱五経の子、朱温だ。もしお前が俺の妻となるなら、それこそ望むところよ!」
玉鑾英は抵抗できず、朱温に従うしかなかった。
時は広平元年)、秋七月のことであった。
朱温は玉鑾英を男装させ、兵士たちに紛れさせて宮殿を脱出させた。
その後、唐の金吾将軍・張方直らは文武百官を率いて、黄巣に帝位に就くよう請願した。
こうして、黄巣は太極殿に昇り、ついに即位を果たした。
唐皇帝が逃げ出した玉座にて、黄巣は正式に皇帝となった。
国号を「大斉」とし、改元して「金統」元年と定めた。
子の黄球を皇太子とし、尚譲を太尉、葛従周を行兵総管に任じた。
また、唐朝の旧臣について、三品以上の高級官僚はすべて解任、四品以下はそのまま職を継続させた。
さらに、功績を挙げた諸将には、それぞれ爵位を授けた。
黄巣はすぐに諸将に問うた。
「僖宗は祁州へ逃げた。誰か、これを追う者はおらぬか?」
朱温が即座に進み出る。
「私に追撃をお命じください!」
黄巣はこれを許し、命じた。
「精鋭一万を率い、僖宗を討ち取れ!」
このような詩がある。
当年逆賊寇咸陽 威逼鑾輿避遠方
(かつて逆賊が咸陽を襲い、帝の車駕を遠くへと追いやった)
天使朱温追駕急 鑾英勸化幸無傷
(だが天は朱温を遣わして帝を追わせたが、鑾英の諫めにより帝は難を逃れた)
僖宗の車駕は数日間、西の祁州へ向かって進んでいた。
だが突如、遠方に無数の旗が翻り、土煙が天を覆った。
「追っ手か!?」
群臣たちは震え上がり、僖宗自身も顔を青ざめさせた。
このとき、宦官の田令孜が馬を進め、叫んだ。
「何者だ!?誰が、帝の行く手を阻むか!」
翻る旗の影から、一人の猛将が現れた。
金甲玉帯をまとい、紫黒の名馬を駆り、宣花斧を手にした勇ましい武者だった。
そして一喝した。
「天子様はどこにおわしますか?」
僖宗は震え上がり、声も出なかった。
群臣も誰一人動くことができなかった。
このとき、皇子が進み出て叱った。
「汝は何者だ!」
猛将は答えた。
「臣は西祁州節度使、鄭畋!天子様をお迎えに参った!」
皇子はさらに尋ねた。
「ならば、なぜすぐに下馬しないのか?天子様の御前であるぞ!」
鄭畋は急いで馬を降り、道端に跪いて拝礼した。
僖宗は問う。
「追手が迫っている。汝は迎え撃つことができるか?」
鄭畋は力強く答えた。
「陛下、ご安心を。臣が鉄騎兵を率い、必ずや賊を破りましょう!」
言い終わるか否か、大地が揺れ、塵埃が舞い、軍鼓の音が天地を揺るがした。
朱温軍が猛然と迫ってきた。
鄭畋は即座に布陣を整え、自ら月斧を握り、馬を駆った。
敵軍の最前に立つ朱温の姿が見えた。
その威容は、まさに鬼神のようだった。
身の丈は異常に高く、肩幅は尋常ならざる広さ。
顔は血を浴びたように赤黒く、歯は鋭く狼の牙のよう。
耳は羽のように張り出し、髪は黒く、髭は紅く燃え立つようだった。
その姿は、まるで八臂哪吒が天宮を破り、地獄から蘇った鬼神のようであった。
明代の学者・李卓吾は語る。
賊が二京(長安・洛陽)を制圧し、天子が逃げ惑う。
まさにこのときこそ、忠臣たる者が命を賭して奮起すべき時だった。
鄭畋はこの戦乱の中、大義を掲げて奮い立った。
勝利を手にすることはできなかったが、その忠義の心は称賛に値する。
