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【残唐五代史演義伝】第二回 唐天子、知勇の士を募る

 とう懿宗いそうの後を継ぎ、僖宗きそうが即位することとなった。
 僖宗きそうの名は李儇りかんといい、懿宗いそうの末子だった。
 彼が即位したとき、まだ十三歳の若さであったため、宦官かんがん劉行深りゅうこうしん韓文約かんぶんやくらの手によって擁立され、彼らが若き皇帝を支えた。
 彼らは都を長安ちょうあんに定め、元号を「乾符けんぷ」と改めた。

 このとき、王朝の繁栄を讃える詩が詠まれた。

絳幘鶏人報暁籌 尚衣方進紫雲裘
(赤い帽子をかぶった鶏人けいじんが暁を告げる鐘を鳴らし、尚衣局しょういきょくの役人が紫雲の衣をささげに来る)
九天閶闔開宮殿 万国衣冠拜冕旒
(天高くそびえる宮殿の門が開き、万国の官吏たちが冠を正して玉座に礼を尽くす)
日色才臨仙掌動 香煙欲傍袞龍福
(朝日が差しこみ仙人の掌のような葉がそよぐと、帝の衣に立ちのぼる香煙がかすかに揺れる)
群臣朝罷帰來処 一派珂声繞鳳楼
(朝議を終えた群臣が退出するころ、鐙の音が鳳凰楼のまわりに澄み渡って響いていた)

 彼らは朝廷にて、この世の春を謳歌していた。
 しかし、この華やかな朝廷の裏では、すでに天下は荒廃し、各地で民衆の反乱が頻発していた。

 あるとき、僖宗きそうは臣下たちに尋ねた。
「天下が乱れ、民が反乱を起こしている。この混乱をどうすれば治められるのか?」

 彼が言葉を終えるや否や、突如前に進み出たのは、奸臣・田令孜でんれいしだった。
 この田令孜でんれいしという人物、宦官かんがんの身でありながら三省六部を総督する最高権力者であり、文官の筆頭であり、武官の総帥でもあり、事実上のとうの支配者だった。

 彼は恭しく帝の前に跪き、このように奏上した。
「臣は存じております。今、天下は乱れ、賊が蜂起し、男子は田畑で鍬の代わりに槍を持ち、女子は鎧をまとって兵糧を運ぶ始末。すべての原因は、文官に清廉な者がおらず、武将に勇気がないからでございます。
 ゆえに、陛下には文武の試験を設け、天下の文士・勇士を募り、官吏と武将を選抜すべきでございます。そうすれば、賊を討ち、民を安んじ、太平の世を取り戻せましょう。」

 僖宗きそうはこの奏上を聞き、「よし!」と即座に同意した。
 翌日には早速、文官と武官の試験を実施する旨の布告を出すことを決めた。

 その知らせが全国に伝わるやいなや、天下の俊才たちは続々と都へと集まることとなった。

 いかなる傑物が現れるのか——それは次回、語っていこう。


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