見出し画像

「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を読む(前編:AIエージェントが行政手続きを支援する?)

今回の記事は、前編と後編に分かれています。
まず前編(本記事)では「AIエージェントが行政手続きを支援する?」というテーマでデジタル庁の資料を掘り下げていき、後編では「医療DXの推進」にフォーカスして内容を解説します。


こちらのページには、2026年7月21日に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」に関してまとめられているのですが、この中の「本文」内に気になる記述がありました。

将来的には、これまでのように、個人が必要なサービスを調べた上で、市役所などの行政機関を物理的に往訪し、一つ一つの手続を行うのではなく、AIエージェントが個人の意思に基づき必要な情報を自律的に取得・提案し、必要なデータ連携を自動的に行うことによって、個人・事業者が負担なく手続を完了し最適なサービスを享受できる、いわば「自律型」「提案型」で行政サービスを提供する「AI駆動型国家」の構築を目指す。

デジタル庁「デジタル社会の実現に向けた重点計画」
"https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/5ecac8cc-50f1-4168-b989-2bcaabffe870/208168e8/20260721_policies_priority_outline_03.pdf" より一部引用

今回は、この記述について掘り下げてみようと思います。


現在の状況と今後の構想

画像1:住民・国民への行政サービス提供ロードマップ
出典:デジタル庁「令和8年「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(概要)」
"https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/5ecac8cc-50f1-4168-b989-2bcaabffe870/e57711d5/20260721_policies_priority_outline_01.pdf"

1. 現在の状況

現状、自治体におけるフロントサービスから業務システムへのデータ連携や、業務システム間のデータ連携が自動化・標準化されていないことから、例えば、出生に伴う出生届や児童手当認定請求、子の国民健康保険加入申請、出産育児一時金申請など多数の手続について、住民が個別に対応し、自治体職員の手作業等で各業務システムに入力する必要がある。

デジタル庁「令和8年「デジタル社会の実現に向けた重点計画」_本文」
"https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/5ecac8cc-50f1-4168-b989-2bcaabffe870/208168e8/20260721_policies_priority_outline_03.pdf" より一部引用

現在でも、マイナポータルなどから一部の行政手続をオンラインで完結させることが可能です。しかし、オンラインで入力されたデータが自治体のシステムに自動で反映されるとは限らず、自治体側で申請内容を別のシステムへ入力し直したり、ファイルを取り込んだりする必要があるというのが現状のようです。
また、自治体ごとに異なる事業者と契約していたり、異なるクラウドサービス・ソフトウェアを使用していたりするため、システムの維持費や職員の管理の負担も増えていると報告されています。

2. 今後の構想

先ほどの画像1に示されている通り、まずは今後2年程度で「AI以前の基盤」の整備を進める予定となっており、今後5年程度で基盤整備の上にAIエージェントを搭載することが計画されているようです。

今後2年程度で整備される予定のAI以前の基盤の具体例として、「ライフイベント手続のワンストップ化」が挙げられています。
現在は出生届、児童手当、健康保険、出産育児一時金、死亡届などをそれぞれ別で確認・申請する必要がありますが、このようなライフイベントに伴って必要になる複数の手続きをまとめて処理できるようにするということです。

また、基盤整備の上に搭載されるAIエージェントに関しては、住民側の個人エージェントと自治体側のAIエージェントが用意される予定のようです。
我々に直接関係がありそうな住民側のAIエージェントは、住民の意思に基づいて情報を取得・提案するという前提のもと、以下のような作業を行ってくれるようになるとされています。

  • 利用できる制度を調べる

  • 必要な書類を確認する

  • 申請内容を作成する

  • 本人に確認を求める

  • 行政側のシステムに提出する

  • 結果や追加手続きを通知する

一方自治体側のAIエージェントは、以下のような業務を支援する予定です。

  • 住民からの相談への対応

  • 申請内容の処理の支援

  • 職員の教育

  • 法令・通達・Q&Aの検索

  • 政策の検討

  • システムの運用・保守の支援

また、AIを導入する前提として、行政に関する情報そのものをAIが正確に扱いやすい形式に変える方針も示されています。

実現すると手続きはどう変わる?

これはあくまで私の想像ですが、出生手続を例にすると、将来的には次のような流れになると予想されます。

  1. 子どもの出生情報が公的な証明情報として登録される

  2. 本人のAIエージェントが、利用できる制度を提示する

  3. 児童手当、健康保険、医療費助成などに必要な手続をまとめる

  4. 本人が内容とデータの利用範囲を確認する

  5. AIエージェントがマイナポータルなどを通じて申請する

  6. 出生というイベントをきっかけに、関係する自治体のシステムに情報が連携される

  7. 通常案件は自動処理され、例外案件のみ職員が確認する

  8. 結果が住民に通知される

住民にとっては、制度を自分で調べて申請先を探したり同じ情報を何度も入力したりする必要がなくなりますし、制度を知らなかったために給付や支援を受けられなかったという「取りこぼし」も減らせる可能性があります。
一方自治体にとっては、様々な事務作業の負担の軽減により、複雑な相談、例外の判断、住民との対話といった業務に職員を積極的に配置できるようになるかもしれません。

便利そうな一方で、注意点も山ほどあって…

今回の構想でAIエージェントを活用するにあたっては、個人情報を含むセンシティブな情報を大量にやり取りすることが予想されるため、以下のようなリスクは無視できません。

  • ハルシネーション
    利用できない制度を提案したり、利用可能な制度を見落としたりする可能性があります。

  • 本人が望まない推測
    所得、健康状態、家族関係などを組み合わせることで、個人が開示していない情報をAIエージェントが推測してしまう可能性があります。制度の取りこぼしを防ぐという意味では有用かもしれませんが、あくまで個人の意思に基づいて実施されるべきでしょう。

  • 過剰なデータ連携
    手続きを便利にするためのデータ連携が、必要以上の個人情報の共有につながる可能性があります。ゆえに、どの目的で、どの情報を、どの機関に提供したのかを本人が確認できる状態にしておかなければなりません。

  • AIエージェントの判断による不利益
    AIエージェントの判断の結果によって、給付が停止されたり申請が却下されたりする場合は、その理由が説明できなければなりません。

  • デジタル・ディバイド
    スマートフォンやAIを使えない人(使いたくない人)も含め、誰一人取り残さないという原則を守るには、対面申請、電話申請、代理申請などの経路を残しておく必要があります。

最低限必要なガバナンスは

これも私の想像になりますが、今回の構想を実現するのであれば、以下のような仕組みが必要になると考えます。

  1. 本人による権限の管理
    AIエージェントが閲覧・利用できる情報と実行できる手続を、本人が設定できる状態にする。

  2. 実行前の確認
    給付申請、届出、契約としての効果を持つ手続きなどは、実行内容を本人に示し、確認を求めるようにする。

  3. 監査ログの保管
    AIエージェントが、いつ、どの情報を参照し、どの制度を適用し、何を提出したかを記録する。

  4. 理由の説明
    申請の却下、不利益な処分、給付額の決定に関して、適用されたルールと根拠を説明できるようにする。

  5. 訂正・取消し
    AIエージェントの誤入力や誤申請を、住民が訂正・撤回できるようにする。

  6. 人間への切替え
    AIエージェントで解決できない案件を、自治体の職員に円滑に引き継げるようにする。

  7. 異議申し立て
    AIエージェントが関与した決定であっても、通常の手段で異議申し立てができるようにする。

  8. 利益相反の管理
    特定の民間企業が開発したAIエージェントが、特定の有料サービスや事業者を優先的に提案しないように設計する。

前編のまとめ

今回の計画が目指しているのは、住民が制度を自分で探し、同じ情報を何度も入力し、複数の窓口へ申請するという仕組みそのものを変えることです。そのために、まず今後2年程度でAI以前の基盤を整備し、その後5年程度をかけて住民側と自治体側の双方にAIエージェントを導入する構想が示されています。

もしこの仕組みが実現すれば、AIエージェントが利用可能な制度や必要な手続きを提示し、本人の確認を得た上で申請まで支援できるようになると考えられ、住民にとっては手続きの負担や制度の取りこぼしが減るというメリットが、自治体にとっては職員が複雑な相談や例外的な判断などの人が担うべき業務に集中しやすくなるというメリットが生まれる可能性があります。

一方で、AIエージェントを活用した各種手続きでは、個人情報を含むセンシティブな情報が大量にやり取りされたり、生活に直結する重要な判断についてAIエージェントが提案するようになると思われるため、多くのリスクが存在します。
したがって、今後は利便性の確保だけでなく、住民の意思と権利を守る仕組みを整えられるかどうかが重要になってくるでしょう。


参考資料

[1] デジタル庁「令和8年「デジタル社会の実現に向けた重点計画」_本文」https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/5ecac8cc-50f1-4168-b989-2bcaabffe870/208168e8/20260721_policies_priority_outline_03.pdf

[2] デジタル庁「令和8年「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(概要)」
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/5ecac8cc-50f1-4168-b989-2bcaabffe870/e57711d5/20260721_policies_priority_outline_01.pdf


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Webサイト「薬剤師のためのAIノート」も、是非ご覧ください。

記事に関する内容以外のお問い合わせは、以下のフォームよりお願いいたします。

また、書籍「超知能時代の調剤薬局」発売中です。
Kindle Unlimited会員の方は無料で読むことができます。


いいなと思ったら応援しよう!