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INFJらしいけど、だからなんなのか。

「INFJ 」と検索すると色々出てきます。

  • INFJ あるある

  • INFJ 生きづらい

  • INFJ 平和主義

  • INFJ 頭の中

僕もどうやらINFJらしいのですが、これら検索候補の先に出てきたサイトや、それこそnoteを色々見てみました。

そして、「だからなんだ」と思ったというか、当てはめて何になるんだろうと。

INFJでなくても誰もが何かしらの生きづらさを抱えていると思うし、それぞれの悩みをもって日々模索しながら生きていると思います。

結局、自分をそうやってカテゴライズすることで所属感を得て安心したいのでしょうけど、むしろそれが自分の成長を阻害することになるのではないかと。


自ら生きづらくしていないか

「自分はINFJだからこうなんだ」

と、固定観念のようなものを自ら謎に取り付けて、生きづらさを助長しているだけの可能性を考えました。

そもそも「INFJ 生きづらい」といった検索する人は、確かに生きづらいのだと思いますけど、悲劇のヒーロー、ヒロインになっていやしませんかと。

「自分はINFJだから皆んなにわかってもらえなくて当然なんだ」

「自分は理解されなくて可哀想だ」

「分からない周りが悪い」

みたいな態度になっているのだとすれば、そりゃそんな人いたら面倒だから関わりたくないですし、壁を作っていたらどんどん人は離れていきます。

本当にINFJが豊かな世界観や価値観を独自に持っているのであれば、そんな狭い枠組みは撥ねつけて、自分の独自理論を展開したり別のことを始めたりすると思うんですよ。

それこそ自画自賛じゃないけど今まさに僕がこうして提唱したように。

性格の型がどうとか、そんなんいちいち当てはめて考える必要ないと思うし、そもそも人間の価値観というものはたかが16種類で分類できるものなの?と思っています。
そしてそれにどこか無意識のうちに囚われて、自由な発想をする妨げになっていやしないかと。

もちろん、血液型占いのように何の根拠もないけどただのエンタメとして楽しむのなら何も思いません。

じゃあなんでわざわざこんなこと言うか、それはファッション〇〇みたいなのが増え過ぎじゃあないかと感じているわけで。

偽りの安心を得ても何にもならない

まずそもそも、皆それに自分を当てはめたいみたいだけど、誰も他者にそんな興味ないし、見てないよと。

MBTIに限った話じゃないですけど、他にも僕はHSS型HSPらしいです。これは書籍数冊と自己診断によるものです。他にも、最近「実はHSPではなくてただのASDなんじゃないか」ということも考えました。

でも、これも結局ネットの自己診断でその可能性が高いと出たに過ぎないし、そもそもその時の精神状態で結果は変わるだろうし、何よりも自分でそういう診断を受ける時点でそう診断されたがっているというか、そっちの方面に持っていこうとしているだけなんじゃないの、と。

安心して何になるのか。

安心感はとっても大事ですけど、ただ全てを肯定しても、長期的に捉えるとそれは自分のためにならないと思うのですよ。

みんなで仲良くぬるま湯に浸かっていても何にもならないどころか時間の無駄だし、成長はないし、そしてそこに労力を割くと他に回せるリソースが減るので、理想はどんどん叶えられなくなっていきます。

できないものをできると言ったってそりゃただの嘘だから余計悲しくなるだけだし、自分はこれでもいいんだと思い込ませたところでいつか剥がれるし。

自己肯定と自己受容は違うとはよく言ったもので、自己需要が大切だと考えています。

できないものはできないし無理なものは無理。あぁ。
でも人間だからそんなもんだよね、まぁいいか。

そしてそこに個性があるわけで。

変わる必要はないし、変わりたいのなら変われば良いだけです。それができないならそんなに変わりたいと思ってないだけ。

まやかしの言葉はいつだって温かくて魅力的

それこそ上で書いたように、「自分はこうだからこう」と思っていると、同じ狭い価値観を持った人たちだけで集まって、傷の舐め合いをして終わりかねないというか。

まやかしの言葉はいつだって魅力的です。

INFJ、HSP、ASDがどうとか何だとかそんなんどうでも良くて、大抵の物事は

「まぁこんなもんか」

とただこれだけで完結する話だと思っていて。

そうやって自分はただ自分として存在しているというのを受け入れたら、特に悩まなくなった経験からこう書いています。

でも、「自分はこれでいいんだ」とか、調べまくって調べまくって出てきた言葉に縋りたいのはわかります。僕にもそういう時期があったので。

しかしいつかそこから脱すことができたら、生きるのが楽になると思います。

考えるのは楽しい

あれこれ考えて想像するのが僕は好きです。

最近まで絶賛厨二病を拗らせてました。もしかしたら今もまだそうかもしれない。

考えるのが楽しくて仕方がないのでこうして色々書いているわけですが、INFJの人は何かを作ってみるのが良いのではないかと思っています。

1人で完結できるものであれば自分の世界を(技能に依存するけど)好きなように実現、構築できるので。僕の場合は文章と音楽でした。

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想像の世界は既存の価値観の枠組みをいとも簡単に乗り越えて、違うところへと連れて行ってくれます。

そしてそういったことに没頭しているうちにあらゆる悩みは勝手に消え去っていき、作品に共感してくれる人もいたりいなかったりして、新しいところへ進むことができます。

INFJらしいけど、だからなんなのか。

僕はINFJと初めに書きましたけど、ただこの16パーソナリティというサイト

https://www.16personalities.com/ja/性格診断テスト

や他のサイトで出てきただけです。心理学者でもなんでもないしそういった資格は一切持っていません。

信憑性がよくわからないサイト、「〇〇だからINFJは〜なんだ」のような”とりあえずタイトルにINFJと書いときゃ伸びるだろう”みたいな記事が散見されて、たかがそんなものに自分の価値観が固定されそうになるのが嫌なので、当事者としてこんなちょっとしたアンチ記事を書いてみました。

そうは思っていないやつもいるぜ、と。

「信憑性がよくわからないサイト」ってのは僕が今まさに書いているこのnoteだってそうなわけです。いくらでも嘘つけるし、もしかしたら適当にAI生成されたものを何も考えずに貼り付けているだけかもしれない(自分で考えて全て自分で書いてます、書くのが好きなので)。

プロフィールに

HSS型HSPらしい
INFJらしい

と書いていますが、これは書かないよりは書いた方が伝わりやすいかなと思ったのでとりあえず置いといただけです。

確かにそのラベルを貼る、貼られることで得られるものはあるのかもしれないですけど、別にどうでも良くないか、と。

最後に一言。

あなたが本当にINFJなら、たかがINFJという狭い枠に囚われていて良いのですか。

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philosofy (´・ω・)つ旦

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