ギリギリAriくんに嫉妬しない人生になってよかった。まじでギリギリだった
いやまじでギリギリでした。
夏にAriくんが那須に引っ越して来たのですが、
— Ari (@itsukiari) October 24, 2024
Ariくんは学生でありながら世界を飛び回って写真を撮っていて、カメラも林でも驚くようなものをたくさん持っていて、頭脳明晰で人当たりも良く就職もきっと良いところにいくし、事業を始めてもきっと成功するような素晴らしい人物です。
そしてなにより若い。林より15歳も若い。
いやこれ、15年前に出会っていたらAriくんに嫉妬していたと思います。
本当に危ない。

Ariくん以外にも世の中にはすごい人がたくさんいます。
SNSを一日見ていたら1000人は自分よりすごい人がいて、自分よりいい暮らしをしている人がいて、自分よりイケメンで高身長の人がいて、自分では一生手に入らない車に乗っている人がいます(林は車が大好きです)。
いやこれ、15年前だったら毎日1000人に嫉妬しているところでした。
いや、実際当時はしていました。
でもギリギリ、今は人に嫉妬しない人生になりました。
Ariくんがどんなに素晴らしい人物でも、なんとか一ミリも嫉妬せず家に招くことが出来ています。

昔の自分は劣等感の塊で、色んな人に嫉妬していました。
でも若いときの嫉妬は行動力などに変換してしまえばなんとか人に迷惑かけないんですよね。
問題はおじさんになってからの嫉妬です。
これはシンプルに醜いだけだなと思っていて、人に嫉妬するおじさんにならないというのは人生でマストの目標でした。
結果的にギリギリ人に嫉妬しないおじさんになれました。
まじで危ない!!!!
本当に危なかったので、現在進行中で他人に嫉妬してしまっている方向けに、どうやって自分が人に嫉妬しない人生になったかを書いていきます。
①自分は頭が良くないと認めた
嫉妬は基本的にコンプレックスから生まれるものだと思います。
20代前半くらいの自分には3つの大きなコンプレックスがありました。
・頭脳、身体、コミュニケーションなどあらゆる能力が低い
・自分の好きなことで大きな挑戦をしていない
・自分が思う幸せにたどり着いていない(こちらはすごく漠然としている)
の3つです。
自分はお世辞にも頭が良い方ではないのですが(大学は青山学院大学という良くも悪くもないところに行き、普通に学内でも落ちこぼれでした)、なんとなく「頭の良さで勝負しないといけない」という勘違いをしていました。
なぜなら身体能力でもコミュニケーション能力でも勝負出来なかったからです。
人よりも身体が弱く体力もなくコミュ障。
となると消去法で頭の良さで勝負するしかありません。
という勘違いをしていました。
大学院を出てRICOHに入り、そこで今でも尊敬している人ベスト3に入る信じられないほど仕事が出来る先輩の下についたのですが、ある日
「林くんは地頭が良くないからそこで勝負しない方がいいね。」
と言われたんです。
これは自分にとってかなり衝撃的でした。
自分の頭が良くない自覚があるとはいえ、面と向かって「君は頭が良くないね。」と言われる機会はかなりレアだからです。
ただその先輩のすごいところはそれだけにとどまらず、
「でも代わりに林くんは自分の立ち位置を把握する能力が高いから、そこで勝負すると良いと思うよ。」
と言ってくれたところです。
当時はメタ認知という言葉が普及していませんでしたが、今だったらメタ認知力が高いと言われたと思います。
これも衝撃的でした。
当時そんなところに自分の強みがあるなんて全く考えていなかったためです。
それ以来、林は地頭の良さで勝負することを辞めました。
いや、そこで勝負しているつもりもなかったのですが、結果的に仕事をやる中で気づかないうちに地頭勝負に巻き込まれていたのです。
代わりに「立ち位置を把握する=自分の能力を正確に把握して"空気を読む"ことで上手く立ち回る」ということを意識するようになりました。
そうすると急に楽になったんです。
地頭勝負だと世の中の優秀な人を見る度に「あの人は自分より頭がいい…」としょんぼりせざるを得ませんでしたが、立ち位置を把握する能力は「あの人は自分よりメタ認知力がある」と思ったとしても頭の良さよりも比べにくくてしょんぼりしないんですよね。
「なんか別に比べるような指標でもないな」という感じがするというか。
その日先輩に言われた言葉で、林は「能力競争」から降りることが出来たんです。
②自分の好きなことで事業を立ち上げた
能力競争から降りることに成功した林ですが、まだ大きなコンプレックスがあります。
・自分の好きなことで大きな挑戦をしていない
・自分が思う幸せにたどり着いていない(こちらはすごく漠然としている)
という2つです。
色々あってその後RICOHを辞め、bird and insectを立ち上げました。
2014年に始めて、2023年まで9年間籍を置くことになります。
birdの話は話しきれる分量ではないので割愛しますが、自分が「もしこれで食べていけたら幸せだろうな」と思った写真と映像という分野で会社をつくり、食べていけるようになったことは大きな自信になりました。
これによって「人生一度は挑戦すればよかったな…」みたいな後悔を無くすことが出来たのが一番大きかったと思います。
それによって「挑戦している人へのコンプレックス」が無くなりました。
結果的に鬱になったりして退職することになるのですが、今でもbird時代の思い出は輝いていて、挑戦して本当に良かったなと感じています。
写真・映像のスキルを獲得できたことも非常に大きく、これは今後も一生涯林を支え続けると思います。

渋谷の松濤にある小さなアパートの一室からスタート。
背伸びして既にDaVinci Resolveを使っているのが面白い。
③自分が思う幸せに辿り着くために、自ら人生設計をした
残るコンプレックスは「自分が思う幸せにたどり着いていない(こちらはすごく漠然としている)」だけです。
bird and insectで映像を撮る日々は充実していたのですが、次第に鬱になり会社を休職するようになってしまいました。
妻(当時はまだ結婚していない)も一緒に鬱になってしまい、二人で会社を休職して病院に通う生活はお世辞にも幸せとは言えませんでした。
「このままじゃ結婚とか無理だね」という話はずっとしていたのですが、ある日いよいよ別れ話になったときに大号泣してしまいました。
自分でもそこまで号泣したのは人生初めてだったのでびっくりしました。
そこで「自分はそんなにこの人と一緒にいたかったのか」と気付き、翌日からもう一度人生を立て直そうと決意します。
「結婚して幸せに暮らす」「いつかは子供も(これはあらゆる条件が許せば)」というふたつを目標に置き、そこから逆算して人生を再設計することにしました。
ずっと「bird and insectは絶対に辞めたくない」と言っていたのですが、正直「妻をとるか、仕事をとるか」という状況だったのは否めませんでした。
なので思い切って辞める決意をし、目標だけを見据えて再設計していきます。
もちろん平坦な道のりではなく、結果的に3年間かかって
会社を辞める→フリーランスとして食べていけるようになる→受注の仕事を手放して全てをストック収入(鬱でも減らない形)に変える→結婚する→東京にいる必要がなくなり那須に家を買って引っ越す→実質的にFIREして子育てだけに集中出来るようにする→妻が妊娠し、安定期を迎える
まで来ることが出来ました。
詳しくはこちらの記事に書きました↓
長かった…本当に長かった…けど、3年前と比べると確実に「幸せに暮らす」のど真ん中にいる感覚があります。
いつの間にか「自分が思う幸せにたどり着いていない(こちらはすごく漠然としている)」というコンプレックスは無くなっていました。
そしていつの間にか、あれだけ強かった他人への嫉妬も無くなっていました。
今書いていて気付いたのですが、そうなると人生はとても楽です。
ただ自分が好きなことをやれば、その結果がどうあれ少なくとも他人に嫉妬することはない。
まずは無事に子供が産まれるまで緊張がありますが、その後の人生は他人を気にせず自分が良いと思ったことをやり続ける人生にすることができそうです。
いやー危なかった。。
なんとかコンプレックス=嫉妬を手放せましたが、改めて振り返ってみると危なかったなと感じます。
もしRICOHに先輩がいなければ、もしbirdを始めていなければ、あのとき号泣して自分の気持ちに気付いていなければ、そしてその後自分だけの人生設計をすると決められていなければ、今でも嫉妬の中にいたかもしれません。
ギリギリAriくんに嫉妬しない人生になってよかった。まじでギリギリだった

追記:記事を書き終わってTwitter見たらAriくんにめちゃくちゃ嫉妬してる人いて那須牛乳吹いた
ぴっちゃんがAriくんを見つめる目に大嫉妬しそう。 https://t.co/U1QbUgIgff
— モロイ ユウダイ/ Moroi Yudai (@__moroi) December 14, 2025

