ピアノの発表会は「命綱の無いバンジージャンプ」か?--- その②「大ネタを決死で演奏するのはピアノ素人」
👆noteで使用可能な画像を使わせていただきました。ありがとうございます。
前回の記事[その①]👇
の続きです。
私が、
ちまたのピアノの発表会は「命綱の付いていないバンジージャンプ」みたいだ!
と感じるようになったキッカケは、
中高年になってピアノを再開した時に、
①ピアノ好きさん主催のピアノ会 と、
②著名ピアニスト(が先生)主催のピアノ発表会
に参加した時に、
①・②ともに、トリを演奏したのがプロのピアニストで、
彼らが、あっけないほどの「前座ネタ」をサクっと弾いただけだったことに、ちょっと驚いてしまった!
という経験です。
①・②ともに、参加したピアノ好きの素人さんたちは、
「〇〇ソナタ第〇番!全楽章奏破!」とか、
いったいいつになったら演奏が終わるのか聴くほう(私)が途方に暮れた
「〇〇の〇歌!」とか、
大ネタを決死の形相で演奏するのですが、
ところが!ですよ、
トリに弾いた、唯一のプロ演奏家が弾いたのが、
①のプロは、ラフマニノフの短い曲をあっ!という間に弾き終えた後はシューマンの『子供の情景』から数曲!
②のプロは、ドビュッシーの2ページの曲を、あっ!という間に弾き終えた後は、「オリジナルの曲をお届けしま~す!」って、正直言ってどこにでも転がっているような自作曲をサクっと弾いてオシマイ!
私は思ったね。
プロは違う!と。
プロ演奏家に限って、
ふだんは大ネタなんかやらないんだ!と。
私たちシロートはさ、
サントリーホールだのなんだので、スポットライトを浴びて演奏する、クラシックピアノ界のトップアイドルたちのイメージしか持っていないけど、
その他大勢のプロ演奏家は、
もっと子地味(こじみ)な曲を弾くことの方が多いんじゃないかと思ったのですよ。
①のピアニストさんは、「子どものためのコンサートで良く弾きます」って言ってたから、『子供の情景』は良く弾くレパートリーなんだよ。それを何曲か弾いただけ。
②のピアニストさんは、ピアノ発表会を主宰した著名ピアニスト先生のお弟子さん。師匠に「自分の素人生徒たち(ピアノ教師を含む)の発表会をやるから、お前も何か弾きなさい」って言われたから、ちょっと顔を出して軽めの曲を2曲弾いただけなんだよ。
その後に、師匠である、発表会を主宰した著名なピアニストさんも、大トリで何曲か弾いてくれたんだけど、こちらも軽めの曲を何曲かサクっと流しただけだったの、さいしょは!
ところが、発表会の会場に「サクラ」として動員された、「私が愛する著名ピアニストさんに頼まれたから来たのよ!じゃなかったら、こんなシロートの発表会なんかに来るもんですか!」な、ピアニストさんの「追っかけマダム隊」が、客席から不満そうな顔をしたらしいんだよね、
そりゃそうだよね、誰が好き好んで、見ず知らずのシロートばかりが弾く発表会を、手弁当で観に行くかね? だから、本命の著名ピアニストさん本人からそれなりの「お土産」をもらわない限りは帰れない!というか「あなたのファン(=パトロン)をやめるわよ!」にもなりかねない。
そんで急遽、そのピアニストさんが、自分のテッパンの大ネタを弾いてくれちゃって、参加した私ら生徒たちは生で聴けてラッキーだったね!「追っかけマダム隊」に感謝でした。
とはいってもね、
そのピアノ発表会に払った参加費を考えるとね、
そのくらいサービスしてくれてもいいんじゃないかな?
と私は思ったよ。
まあとにかくラッキーでした!
👆以上が、今回の記事の主旨です。
👇ここから先は、余談です。
私も、子どもの頃にピアノを習わせてもらっていたので、
ピアノの発表会に何度か出ました。
私が子ども時代に経験したピアノの発表会は、
①いきなり大ネタをやらされる!:
いつもはブルグミュラーとかバッハインベンションとか『子供の情景』とか、長くても2ページの曲しかやっていなのに、いきなり6ページの曲をやらされる!いきなり3倍のボリュームですよ!
もちろん、昭和のピアノ教室だから、先生が指定した曲に「えー!そんなに長くて、つまらなそうな曲は、イヤです」なんて言えるはずがない! 今で言うところの「無茶ぶり」! しかも「ノー」と言えない時代!
②その「無茶ぶり」ネタを、発表会当日まで、延々と何か月も練習させられる!:
あのね、自分が好きな曲でもですね、3~4か月もそればっかし弾いてたら、飽きるよ!
しかも、先生が有無を言わさず一方的に指定した曲。家ではテレビばかり見て(テレビの音楽を聴いて)ばかりの、庶民の家の子ども(私)が聞いたこともない曲!
聞いても、好きでも何でもない曲!
興味すらないものを自宅で練習!=精神的な苦行!=お釈迦様やイエス・キリストが悟りを開くためにやったレベルの精神修業を、子どもが行う!
というわけで、
③ その「無茶ぶり」ネタに当然のごとく苦戦 ⇨ レッスンでダメ出しとハッパがけの嵐が数か月続く!
レッスンに行くのが苦痛以外なにものでもない。
だいたい、興味もヘッタクレもない曲の自宅練習に身が入るはずもなく、レッスンの前日には「サザエさん症候群」と同じ心理状態に。もうピアノなんて嫌いだー!!!
④ そして発表会の当日は、魔女に呪いをかけられ続けた結果、石人形のようになってステージに登壇!
だって4か月も呪われてたんだよ! 石にならないほうがおかしいだろーが!!!
そして、予想どおり、緊張しすぎて「後ろ向きのチキン過ぎる演奏」に終始したあげく、生気の全く無い「死人の演奏」に…。
ま、石人形が演奏するんですから、生気の全く無い演奏にはなりますね。
そして、
弾き終わって、うなだれてステージから降りた石人形を迎えてくれるのは、
先生の冷たーーーーーーーーーーーーーい上から視線。
まるで氷河期!
そして凍死!
でしたね。
今でも、思い出すだけでゲロ吐きそうになります。
今から思えば、
私は完璧に、
「ピアノ教師」という名のプレデター(捕食者)の獲物でしたね。
しかも、
小学校の高学年になったら、
私より学年が1年下の「優等生」の子と、
発表会の演奏の順番を入れ替えられましたからね。
ほかの子たちは、年齢が下↗上の順番に演奏するのに、
私と「優等生」さんの順番だけが逆!
発表会で、ほかの生徒さんや親御さんたちの前で、
晒し者でしたね。
たぶん、「あなたは下手だから、もうお教室を辞めていいのよ!」
という魔女の無言のメッセージだったのだろうと思います。
(魔女本人は、どこかの時点で、私のほうが1学年下だと思い込んじゃったみたいですね。 彼女の願望だったんでしょうが、間違った思い込みをして、自分の願望を現実化するゴリ押し力は、ある意味スゴイと思う。 ピアノ教育業界で出世するためには、これくらいのゴリ押し力が必要なんだな~。)
でもね、
子どもの頃に、あまり「優等生」で先生に持ち上げられると、寿命を縮めるかもしれませんからね。
その「優等生」さんは、今から20年ほど前に、亡くなられたそうです。
かたや「劣等生」だった私?死ぬ気配が全く無いんですけど。はっはっは!
以前、はてなブログに書いたんですけど、
魔女は、発表会の演奏の順番を入れ替てしまった時に、
私と「優等生」さんのロウソクも入れ替えてしまったかもしれませんね。
落語の「死神」のように。
そして短命に終わったのは「優等生」さんだった。
この記事の続きは👇
以下は、前回の記事[その①]の文章です。
そのまま貼り付けておきます👇
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ピアノの先生方、
「マッチポンプ」っていう言葉、知ってますか?
もともと、政治の国会答弁かなんかで使われるようになったようですが(私の記憶。くわしくはAIにでも聞いてみて!)、
ビジネスの世界でも、この言葉を使う年配の人がいますね。
「マッチポンプ」というのは、
「自作自演」のことですね。言うなれば、
「火の無い所に、マッチで火をつけて、その場を立ち去ってから、
火事になった時に、初めてその場に駆けつけた体(てい)で出て来て、
ポンプで水をかけて消しにかかって、人々に恩を売る」
という行為のことです。
あらかじめトラブルの種を蒔いておいて、
トラブルが顕在化したときに、解決に駆けつけて感謝されようとする。
そんな自作自演。
それが、「マッチポンプ」です。
私は、
世の中のピアノ発表会は「マッチポンプ」が巧妙に仕組まれたイベントなのではないか?
と、常日頃から、いぶかしく思っています。
つまり、
参加者を不安にさせるような
①無理な選曲
②「追い込み練習」の強要
③ピアノ教師によるハッパがけ
によって、
あらじめ、発表会の参加者の不安と恐怖を煽れるだけ煽っておいて、
彼らを、恐怖による極度の緊張状態に陥れておきながら、
発表会の当日になると、
ピアノ教師は、とつぜん聖母マリアみたいなものに変身したかのごとく、
参加者の緊張をほぐすような「優しい声掛け」をやたら強調して、
「私は、生徒の緊張をほぐすような、優しい声掛けをしている、
とても良いピアノ教師なのです!」
と、宣伝する。
そんな「’マッチポンプ’ ピアノ教師」が、けっこういませんかね?
けっこういるんじゃないですかね。
だから、私は、
ピアノの発表会に出たくないピアノ好きさんの気持ちがわかります。
私も、
ピアノを再開した当初に、
「人前で演奏しないピアノは意味が無いぞ!」なんていう、
誰が書いたかもわからない、いい加減な脅し文句に煽られたクチですから。
👆
でも、そんなこと、いったいぜんたい、誰が決めたんですか?
誰も決めてないでしょ?
家で絵を描いて、とくに発表しないで、部屋に飾っておくのとおなじでしょ?
自分がお金を払って行う楽しみなんだから、
人前で公表せずに、自分の心のままに楽しんで、幸せを感じることの、一体、何が悪いんですか!?
そんな内閣府令も、刑事罰も、無いはずだよ、日本国には!
にもかかわらず、
世の中のピアノ文化は、
「ピアノの発表会」というメカニズムによって、
参加者に無理を強要し、特訓(しごき)で叱咤しハッパをかけて、
参加者を理不尽な恐怖に陥れ、脳内をパニックさせて、
参加者の自由な思考回路を遮断し、
発表会当日に、恐怖による極度の緊張状態におちいった参加者に、
ピアノ教師は、
突然「聖母マリア」のような慈愛の仮面を被って、優しい言葉をかけるのだが、
実はその内心は、
極度の緊張状態で「まな板」の上にのぼった参加者が、
当人にはもともと無理なレベルの曲芸を、
賭けなくてもいい生死を、なぜか賭けているかのように決死の覚悟で行うのを、
慈愛に満ちた「聖母の仮面」の裏で、舌なめずりして味わい尽くしている、
人喰い魔女の姿なのではないか?
と、ゾッと悪寒が走ることがあります。
「恐怖によるマインドコントロール」という、
悪徳宗教の洗脳手法を思わせるからです。
そして、
本来は楽しいはずの「趣味道楽」なのに、
どうして、
恐怖に飲み込まれながら、破れかぶれの捨て身で飛び込む、
「命綱の無いバンジージャンプ」のようなことになってしまうのか?
👆
人前で演奏する人が、それを眺める残虐な誰かの生贄(いけにえ)になるのは、日本に限ったことではありません。
アメリカでも、「他人の演奏ミスをエンジョイする」という、
胸クソ悪くなるような心理が、ピアノ教育の世界に存在することを、
私は或る米国人の音大教授の動画を視て知っています。
グレン・グールドがピアノリサイタル活動を辞めた理由も、同じだと記憶しています。
だから、
家で一人でピアノを楽しむ行為が、
その人にとって最も純粋で、清らかな、
本当の神聖な行いだと、
私は思います。
ピアノ方丈記
