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noteを5年続けてわかった、わたしが嫌われる理由。




「noteを5年続けてわかった、わたしが嫌われる理由」。

このタイトルはchatGPTが提案したもの。まぁ、たしかに、一部の人には、相当嫌われていそうだから、とりあえず書いてみます。


まず、最初に言っておくべきことは、そもそも私には、人に好かれようとする気持ちがほとんどないこと。

ウソやお世辞を言うことは、note内に限らず、実生活でもほとんどありません。もちろん、「こいつバカだなぁ」と思っても「バカだなぁ」とは言いません。

「私、バカですよね?」と聞かれたら、「そうかもしれませんね。」と言うことはあるかもしれませんが、聞かれてもいないのに、何か返すことはありません。バカだろうが、天才だろうが、私に何ら実害がないなら放っておきます。


とくに、noteが日常会話と異なるのは、お互いに記事を書いていますから、記事を媒介として繋がっていることです。

基本的にコメント欄には、記事を読んだ上で、その記事に関連する感想や疑問などを書きます。

記事の中身に関係ない個人的な質問を書かれることがありますが、そのようなコメントは嬉しくありません。

もちろん、コメント欄には何を書いてもいいわけですが、その記事を書いた人が「記事を書いてよかったなぁ。また、次も書こう!」という意欲をかきたてる言葉を残したいと、私は思っています。だから、たとえば私が英語や数学の記事を書いたときに、「わかりません」とか「関心がありません」とか「こういう記事ではなく、小説を書いて!」などと書かれたら、非常に嫌な思いをします。

一度や二度なら、放っておきますが、毎日のように、そのようなことを書かれたときには、抗議の記事を書いたことがあります。

おそらく、記事の内容に関わらず、コメントを書き合う「交流系noter」の方には、「せっかくコメントを残したのにヒドい」と思われているのでしょうね。それだけにとどまらず、集団で「サイコパス」だの「捨て垢を作って嫌がらせしている」という根も葉もない誹謗中傷を受けたことも度々ありました。

どういうスタンスでnoteするのかは、個人の自由です。だから、交流したい人はすればいい。他人のnote運用に関して、私が「こうすべき」ということはありません。ただ、私は記事に関連のない「交流」はしたくないというだけのことです。


noteのルールにしたがっている以上、お互いに好きなように運用すればいいわけですよね?

「noteは無料公開すべき」「ブロックはすべきではない」「コメントには必ず返事を書くべき」ということは、個人の意見として持つことは何も問題ありませんが、他人に強いるものではありませんね。そのようなことを理解できない人にはとくに、私は嫌われているのだと思っています。


あと、私を批判(中傷?)する人が言うのは、「フォロワーが多いから」とか「影響が大きいから」ということ。

フォロワーが多いのは、それなりに幅広い話題の記事を書いていること、たくさん記事を書いていること、みんフォトを使っていただいたらマガジン登録していること、が理由でしょう。

それと、数字が大きいと言っても、この5年間で8600本以上の記事を書いていますからね。1つ記事を書いても、フォロワーが一人増えてるわけでもありませんしね。


数学の記事を書いたとき読みに来てくれる方、小説を書いたときに読みにきてくれる方、というように、テーマ別に読みに来てくれる方は変わります。だから、合計すれば大きい数字に見えますが、私の記事を、「私が書いているから」という理由で読みに来てくれる方は少ない。100人もいないでしょうね。

別にインフルエンサーになりたいとも思いませんし、目指すところはまったく違う。というか、目指すものはなく、書きたいことを書きたいときに書いてるだけなんですけどね。

あえて目標を言うなら、体系だったものを書きたい、ということかな?
たとえば、英文法なら個別にたくさん記事を書いていますが、一冊の本のようにまとめてみたいという気持ちはあります。




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山根あきら | 哲学者 記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします