ギャグ小説・俳句達人伝 | 第六話

第六話 仙台の石と句の火花
松島の絶景を後にした小町は、仙台の街へと足を踏み入れた。芭蕉が「奥の細道」で訪れたこの地は、七夕の飾りが揺れる活気ある宿場町だ。街角には色とりどりの短冊が風にそよぎ、商人や旅人たちが行き交う賑わいが小町の心を軽く弾ませた。だが、彼女の旅の目的は変わらない。「論破」の相手を見つけ、句でバシッと決めることだ。
「ふん、仙台か。なんか賑やかでいい感じじゃん! でも、こんなとこでどんな変な奴に出会うかな?」
小町は小枝の杖をくるくると回しながら、風呂敷包みを背負って歩き出す。彼女の手には、松島で詠みかけた句の断片がまだ心に残っていた。あの芸術家の男に「想像力」を突きつけられ、悔しさと共に何か新しい感覚が芽生えつつあったのだ。
通りを進むと、広場の中央で奇妙な光景が目に入った。石碑の前に、若い男が立っている。二十歳そこそこ、垢抜けない麻の着物に、頭には乱雑に結んだ手ぬぐい。だが、その目は異様なまでに鋭く、まるで石碑と対話しているかのようにじっと見つめていた。石碑には、芭蕉の句が刻まれている。
五月雨を あつめて早し 最上川
芭蕉
小町は興味をそそられ、近づいて男に声をかけた。
「ねえ、なに? その石碑、そんなに面白い?」
男はビクッと肩を震わせ、振り返った。少し気弱そうな顔立ちだが、目にはどこか頑固な光がある。
「…面白いとか、そういうんじゃない。この句、芭蕉の魂が宿ってる。仙台に来たら、これを見ずにはいられないんだ」
小町はニヤリと笑った。
「ほぉ、芭蕉の魂ね。いいじゃん、なんかカッコいいこと言うね! でもさ、魂だなんだって言うなら、あたしと一句で勝負しない? 仙台のこの石碑をテーマに、五七五でバトル! あたし、論破してやるよ!」
男は一瞬たじろいだが、すぐに目を細めて応じた。
「…ふん、面白い。いいだろう。だが、俺の句は芭蕉の精神を受け継いでる。軽々しく論破できると思うなよ」
広場にいた旅人や地元民が「おや、句の勝負か!」とざわつき始め、たちまち人だかりができた。小町は小枝を地面にトンと突き、気合いを入れる。男は石碑をもう一度見つめ、静かに一句を詠んだ。
石の碑に 芭蕉の息吹 夏の風
仙台の男
句を聞き終えた瞬間、観衆から「ほぉ」と感嘆の声が上がった。芭蕉の句が刻まれた石碑と、仙台の夏の風が織りなす情景が、短い句に見事に凝縮されている。小町は一瞬、その句の重みに圧倒された。だが、すぐに我に返り、ムキになって叫んだ。
「ふん、悪くないけどさ! 芭蕉のマネばっかしてちゃ、魂も何もあったもんじゃないよ! あたしの句で、もっとガツンとやったるわ!」
彼女は風呂敷から石ころを取り出し、握りながら仙台の空を見上げた。七夕の短冊が揺れる音、行き交う人々のざわめき、そして石碑に刻まれた芭蕉の句の響き。松島で感じた「想像力」と、白河で学んだ「句の魂」を思い出しながら、小町は一句をひねり出した。
石の碑は 過去を刻みて 花が咲く
小町
詠み終えた瞬間、観衆から拍手が沸き起こった。芭蕉の過去の句を敬いつつ、仙台の今を生きる人々の活気を捉えた一句だ。男は目を丸くし、しばし言葉を失った。
「…お前、なかなかやるな。芭蕉の句に敬意を払いつつ、現代の息吹を詠んだ。悪くないぞ!」
小町はドヤ顔で腕を組んだ。
「でしょ! 論破ってわけじゃないけど、あたしの句、結構イケてるよね?」
だが、男はニヤリと笑い、すぐに反撃に出た。
「ふん、確かに悪くないが、俺もまだ負けんぞ。もう一句、仙台の魂を詠んでやる!」
彼は深呼吸し、石碑を背に堂々と詠んだ。
七夕の 星に祈るや 石の声
仙台の男
観衆が再びどよめいた。七夕の祭りと石碑の歴史が交錯する、幻想的な一句だ。小町は「うっ」と言葉に詰まった。松島での芸術家の言葉が頭をよぎった。
想像力とは、きっとこういうことなのだろうか? 彼女は悔しさを噛み締めつつも、どこか男の句に心を動かされていた。
「くそっ、負けたくない! もう一発、魂込めて詠んでやる!」
小町は目を閉じ、仙台の風を感じた。七夕の短冊が揺れる音、芭蕉の句が刻む石碑の静かな存在感、そして、旅を続ける自分の心のざわめき。彼女はゆっくりと息を吐き、新たな一句を高らかに詠んだ。
苔むした 石をも照らす 花火かな
小町
拍手が鳴り響き、男も小さく頷いた。「…いい句だ。お前、ただの論破好きじゃないな。旅の中で、何かを見つけ始めてる」
小町は照れくさそうに頭をかいた。
「ふ、ふん! まぁ、ちょっとだけ成長したかなって感じ? でも、次もバッチリ論破…いや、いい句で勝負してやるから!」
男は笑い、軽く手を振った。
「ああ、またどこかで会ったら、句で勝負だな」
小町は風呂敷を背負い直し、仙台の街を後にした。論破の旅は、いつしか「魂の句」を求める旅へと変わりつつあった。彼女の次の舞台はどこか。そして、どんな相手とどんな句で火花を散らすのか。小町の旅は、ますまく熱を帯びていくのであった。
…つづく
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