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ギャグ小説・俳句達人伝 | 第五話



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第五話 松島の絶景と心の声


 白河の関で、小町は初めて「論破」以外の「句の重み」を感じた。心に響く句を詠めた時の、あのじんわりとした喜び。

 それから、旅は少しずつ変わり始めた。道中の景色をただ文句の対象にするだけでなく、じっと見つめ、何かを感じ取ろうとするようになった。

 そして、小町はついに松島へと辿り着いた。芭蕉が「扶桑第一の好風」と絶賛した、まさに絶景の地だ。


松島や ああ松島や 松島や

芭蕉


 大小様々の島々が、翠色の海に点々と浮かび、朝日に照らされて輝いている。松の緑と奇岩の白が織りなすコントラストは、息をのむほどに美しい。
 しかし、小町の第一声は、やはりいつもの調子だった。

「わー!すごい!…って、うわっ!鳥多っ!なんか、磯臭いしぃ~!」

 小町は鼻をつまんで顔をしかめた。確かに絶景ではあるが、観光客でごった返し、鳴き交わすカモメの声がけたたましい。小町はそんな俗っぽい現実に、やや興ざめしていた。

 その時、小町の隣で、スケッチブックを広げていた男が、眉間に皺を寄せながら小町を睨んだ。年の頃は四十代半ば、芸術家然とした風貌で、小ざっぱりとした着物を着こなしている。彼は、小町の言葉に明らかに不快感を示していた。

「おい、小娘。この松島の神聖な美しさを、なんと軽々しく冒涜する言葉だ! お前のような者に、この絶景を語る資格はない!」

 男はスケッチブックを叩きつけるように閉じた。小町はギロッと男をにらみ返す。

「はぁ?何よあんた! 絶景は絶景だけど、磯臭いもんは磯臭いし、カモメはうるさいでしょ! あたしは見たままを言ってるだけじゃないの!」

 男は鼻で笑った。

「ふん、見たままを言うのがすべてか。ならば聞こう。お前は、この松島のどこに心を揺さぶられた? 表面的なものしか見えぬ小娘に、この深淵なる美しさは理解できまい」

 小町の顔にカッと血が上った。

「なによ、この偉そうなオッサン! あんたこそ、そんな四角四面な見方しかできないから、人の心を動かす絵が描けないんじゃないの!? 今から五七五で論破してやるから、覚悟しな!」

 男は「ふん、愚かな」と吐き捨てたが、その目にはどこか挑戦的な光が宿っていた。周囲の観光客も、突如始まった言い争いに興味津々で集まってきた。

 男はスケッチブックを再び開き、松島の風景をじっと見つめながら、静かに詠み上げた。


島巡る 船の波間に 月映える

スケッチブックの男


 句を聞き終えた瞬間、観光客たちから「おお…!」と小さなため息が漏れた。

 波間に月が映る、幻想的な松島の夜景を想像させる、詩情豊かな句だ。小町も一瞬、その美しさに言葉を失った。
 だが、すぐに現実に引き戻された。今は昼間だ。月なんて見えない。

「ちょっと待った! オッサン! 今、真夜中じゃないのよ! 月なんてどこにもないでしょ! 論破!」

 小町は指を突きつけ、得意げに言い放った。観光客たちからは、再び笑い声が漏れた。男は一瞬、眉をひそめたが、すぐに余裕の表情に戻る。

「ふん、愚か者め。句の世界に、時間など関係ない。想像力を働かせぬ者に、真の美しさは見えぬのだ。お前には、この松島の真の姿は捉えられまい」

 男はそう言って、再び絵を描き始めた。小町は悔しさに唇を噛んだ。白河の関で学んだ「句の重み」も、この男には通用しない。彼が言う「想像力」とは、一体何なのだろう。

「くっ…! そういうこと言うなら、あたしだって想像力くらいあるんだから! もう一発、論破してやる!」

 小町は深呼吸し、松島の島々を、そして空を飛ぶカモメたちをじっと見つめた。先日出会った老僧の言葉が、脳裏をよぎった。「句には魂が必要だ」。

 彼女は目を閉じ、遠い潮の香り、カモメの声、そして、何世紀も前から変わらないであろうこの景色に、静かに耳を傾けた。


我もまた 孤舟に乗りて カモメ見む

小町


 辺りが静まり返った。しばらくしてスケッチブックの男が言った。

「お嬢ちゃん、私はあなたの句を聞いて確かに一隻の舟を見た。目の前に、孤舟などないのに。それだよ、私が言いたかったことは…」

 小町は言った。
「あぁあ~、おじさんの色に染まっちゃったのかもね。でも、我ながら悪くなかったと思うよ。じゃ、さよなら。私の旅はまだ、つづくからさ」

 スケッチブックの男は微笑みながら、静かに小町を見送った。


…つづく



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山根あきら | 哲学者 記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします

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