ギャグ小説・俳句達人伝 | 第四話

第四話 白河の関と句の重み
白河の関に差し掛かった小町は、目の前の古びた関所の跡に立ち尽くした。風がそよぐ中、松の木々がざわめき、遠くで鳥のさえずりが聞こえる。
芭蕉が「奥の細道」でこの地を訪れ、歴史の重みに感じ入った場所だ。だが、小町の頭にはそんな雅な感慨はなく、ただただ不満が渦巻いていた。
「え、なにこれ! ただの古い門跡じゃん! 白河の関って、もっとこう、ドーンと立派な関所で、武士とかがカッコよく刀持って立ってるイメージだったのに!」
小町は風呂敷包みをドサリと地面に下ろし、小枝の杖を振り回しながら文句を垂れる。彼女の声は静かな山間に響き、近くで休んでいた旅人たちがチラチラと視線を投げてきた。
そこへ、ゆったりとした足取りで近づいてきたのは、白髪交じりの老僧だった。袈裟をまとい、杖をついたその姿は、まるで芭蕉の時代から抜け出してきたかのようだ。老僧は穏やかな笑みを浮かべ、小町に話しかけた。
「おや、娘さん。ずいぶんと騒がしいな。この白河の関は、ただの門跡ではない。古来、都と奥州を分ける心の関所だ。芭蕉もここで一句詠んだほどの場所だよ」
小町はフンと鼻を鳴らし、老僧をチラリと見た。
「へー、芭蕉ね。あたしも芭蕉のマネして旅してるんだから、知ってるわよ! でもさ、こんな寂れた場所で何を詠めってのよ? 門跡がボロボロなこと?」
老僧はクスリと笑い、杖をトンと地面についた。
「ふむ、娘さんのその勢い、嫌いではないな。ならば、この老僧と一句競ってみるか? 白河の関をテーマに、五七五で勝負だ」
小町の目がキラリと光った。
「おっ、じいさん、なかなか面白いこと言うじゃん! いいよ、受けて立つ! あたしの論破の句、味わいな!」
周囲の旅人たちが「おや、こりゃ面白くなりそうだ」と集まり始めた。老僧は静かに目を閉じ、しばし考え込んだ。そして、ゆっくりと口を開いた。
白河の 関にそよぐよ 松の風
老僧
句を聞き終えた瞬間、旅人たちから「ほぉ」と感嘆の声が漏れた。静かながらも、この地の風情を見事に捉えた一句だ。小町は一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直し、小枝を握りしめて叫んだ。
「ふん、悪くないけど、じいさんの句はちょっと大人しすぎ! あたしの句で、もっとビシッと決めてやるわ!」
彼女は風呂敷から石ころを一つ取り出し、握りながら頭をフル回転させる。そして、ドヤ顔で一句を詠み上げた。
白河の 関はボロボロ ただの跡
小町
詠み終えた小町は、得意げに胸を張った。
「どうだ! 現実をズバッと鋭く突いた一句でしょ! 論破!」
だが、老僧は動じず、穏やかな笑みを崩さなかった。
「ふむ、娘さんの句は率直で面白い。だがな、白河の関の真髄は、目に見える形ではない。この関を越えた者たちが背負った思い、歴史の重みを詠むのが、句の心だ」
小町はムッとした。
「なにそれ、じいさん、負け惜しみ? ただ古いだけでしょ? あたしの句、ちゃんとこのボロボロな関所のリアルを表現してるじゃん!」
老僧は静かに首を振った。
「リアルも大事だが、句には魂が必要なのだ。娘さんの句には勢いがあるが、心の関を越えていない。もう一句、詠んでみてはどうかな?」
小町は「くっ」と唇を噛んだ。老僧の言葉に、なぜか胸の奥がチクリと痛んだ。千住での薬売りの論破は、確かに勝ったはずなのに、どこか空虚だった。あの時の寂しさが、ふとよみがえった。
「…よし、じいさんの言う通り、もう一発詠んでやる! 今度は魂ってやつ、入れてみせるわ!」
小町は目を閉じ、白河の関の風を感じた。松のざわめき、旅人たちの足音、芭蕉がこの地で感じたであろう遠い歴史の響き。彼女はゆっくりと息を吐き、新たな一句を詠んだ。
白河の 関に響くは 夢の跡
小町
詠み終えた瞬間、旅人たちから拍手が沸き起こった。老僧も目を細め、満足げに頷いた。
「うむ、娘さん。今の句には、心の関を越えた響きがある。非常に良い句だ」
小町は照れくさそうに頭をかいた。「ふ、ふん! まぁ、じいさんがそう言うなら、悪くないのかな…」
だが、小町の内心では小さな達成感が芽生えていた。論破することだけが目的だった旅で、初めて「何か」を掴んだ瞬間だった。小町は風呂敷を背負い直し、老僧に軽く会釈した。
「じゃ、じいさん。またどこかで会ったら、句で勝負してね!」
老僧は笑みを浮かべ、静かに見送った。小町の背中が、白河の関を越えて奥州の道へと消えていく。彼女の旅は、まだまだ続く。そして、彼女が求める「真の論破」とは何か。それを追い求める旅は、ますます熱を帯びていくのだった。
…つづく
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