ヴァシリー・ペトレンコとロイヤル・フィルによるラフマニノフの「鐘」とエルガーの「ファルスタッフ」

今晩は、ハルモニア・ムンディから11月14日にリリースされた、ヴァシリー・ペトレンコ指揮、ロイヤル・フィルハーモニー管、合唱団によるラフマニノフの「鐘」、エルガーの「ファルスタッフ」を聴きます。
収録曲は以下の通り。
ラフマニノフ:《鐘》 Op.35
(エドガー・アラン・ポーの詩による合唱交響曲/バルモントによるロシア語訳)
銀のそりの鐘
結婚式の鐘
警報の鐘
葬送の鉄の鐘
エルガー:《ファルスタッフ》 Op.68
(シェイクスピアによる「ヘンリー四世」などに基づく交響的習作)
ファルスタッフとヘンリー王子
イーストチープ(酒場街)
ギャドスヒル ― イノシシ亭での一件
どんちゃん騒ぎと眠り
夢の間奏曲
ファルスタッフの行進
グロスターシャーへの帰還
間奏曲:グロスターシャー、シャローの果樹園
新王 ― ロンドンへの急ぎの道程
ヘンリー5世の行進
ファルスタッフの追放と死
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
フィルハーモニア合唱団(ラフマニノフ)
ミリヤム・メサク(ソプラノ)
パーヴェル・ペトロフ(テノール)
アンドリー・キマック(バリトン)
ヴァシリー・ペトレンコ(指揮)
ラフマニノフとエルガー。同じ時代の作曲家でありながら、同列に語られることは少ないかと思います。方やロシアの、方や大英帝国の象徴。この2曲の共通点はどちらも1913年に作曲されていること。この年にはストラヴィンスキーの「春の祭典」、シェーンベルクの「グレの歌」が初演されていますが、この2つの象徴的な作品に対して、ラフマニノフとエルガーの同年の作品は、次の時代を担うというよりは過去の象徴、最先端ではなくてロシアの伝統なものと、ドイツロマン派を引きついでいるように見える作品。
しかし今日二人の作曲家は当時の状況から離れることによって高く評価されていますね。
ラフマニノフの「鐘」については、以前にガードナーとロンドン交響楽団の演奏を取り上げました。
ラフマニノフがエドガー・アラン・ポーの詩に魅了されて作曲されたもの。第1楽章「銀のそりの鐘」は、子供の頃の純粋な世界、ベルが煌めき、若々しく無邪気で、人生に対する懐疑もなく、初々しい愛と生命力に溢れた作品。
ここでペトレンコとロイヤル・フィルと合唱団は、フルートから始まる明るく鮮烈な音色のオーケストラの前奏の後、爆発的な合唱とパーヴェル・ペトロフの明るいテノールで開始します。ちょっとマーラーの「大地の歌」の第1楽章を思い出しました。そりが列をなして鈴を鳴らしながら走ってくる。それは魔法のような喜び、人生の苦難をまだ知らない若い気持ちが高らかに歌われます。後奏の余韻あるオーケストラも美しい。
第2楽章、「結婚の鐘」。ここには甘い魅惑的な“金の鐘”の音が聞こえてきますが、その甘さのなかにふと憂いが漂います。合唱はその柔らかく甘美な至福を優しく語りかけるように歌います。夢見るように美しい中にロシア的な重さも交わり、この先、未来への不安も感じさせる歌。ソプラノはミリヤム・メサクという人で、ドラマチックな歌声。ペトレンコとロイヤル・フィルは不安感よりも甘美な世界を重視して描いていて、暗さは抑えめ、官能的な響き。
第3楽章「警報の鐘」。音楽は明るく始まりつつもやがて打楽器が加わり、合唱が激しく警報の鐘が地獄からの呻き声のようになることを歌います。これは人生の戦い、あるいは戦争、恐怖、破壊・・・警報は今の時代に聞くと空襲警報に聴こえてきます。ここはレクイエムで言えばディエス・イレですね。2楽章の幸福は、その不吉な予感の通り一気に崩壊して人生に強烈な混乱が襲いかかります。
ここでの演奏は合唱が劇的な歌とオーケストラが爆発的な音響を聴かせます。
第4楽章「葬儀の鐘」。コーラングレの暗いけれども素晴らしいソロから始まります。このソロは全曲にわたって哀歌を提示していきます。金管によって鐘のように重々しく死を告げる響きが鳴り響きます。バリトンのアンドリー・キマックが「葬送の鐘が聞こえる!」と劇的に歌います。ロシア的な大地に根が張ったような声。人生が終わったことを告げるのです。そして合唱は、自分たちもいずれそうなることに思いを馳せます。そして絶望的な黒い影を爆発的に表現しつつ、埋葬の行進のようにゆっくりと歩み、救いなき絶望が音楽を支配、そして最後は、死者が静かに横たわり、永遠の眠りにつくのを美しいオーケストラの後奏が感動的に奏で終わります。
このレコーディングは、多分ライブじゃなくてセッションだと思います。以前聴いたガードナー版はライブなので、録音的にはこちらの方が各楽器のバランスや分離がよく、複雑なオーケストレーションもよく捉えられています。各ソリストも素晴らしい。合唱は力に溢れていて、ガードナー盤のハーモニーの美しさを重視した丁寧な演奏に感じましたが、こちらはより劇的でこの曲のもつパワーとか本質をついているように感じました。
この曲は人間の生き様を描いていますね。若くて純真な子供の頃の思い出、そして新婚の頃の甘美な幸せと、ほんのり潜む不安感。そして激しい人生の戦い、それに敗れた絶望と苦悩、そして最後は誰にでも訪れる死を少し客観的な目で描きますが、時にそれが抑えきれない感情となってあふれる・・・。そんな誰もが通る人の生き様を描いているように思います。
もう1曲、エルガーの「ファルスタッフ」。ファルスタッフと言えば普通はヴェルディですよね。それからニコライの「ウィンザーの陽気な女房たち」とか。ヴェルディもシェイクスピアのこちらの戯曲をオペラにしていますが、エルガーは「ウィンザー」ではなくて、「ヘンリー4世」の第一部と第二部をもとにしています。
ファルスタッフというキャラクターは、どうしようもないだらしの無いチャランポランで、飲み助、嘘八百で見栄っ張り、泥棒、ペテン師でおまけに大食漢で異様に太っているというキャラクター。それなのに昔から非常に愛されキャラですね。そこには王侯貴族とは違う庶民の姿が凝縮されているからでしょうか。
エルガーもこのファルスタッフというキャラクターに相当入れ込んでいたようで、この管弦楽曲がその成果。
しかしこの曲は、日本ではあまり知られていないですね。英国ですらこの曲は「尊敬されこそすれ、愛されてはいない」と言われているみたい。
一つにはこの曲はかなりストーリー性があって、それがわからないとなんとなくにぎやかだけどよくわからない曲に聞こえてしまいます。
そう言う私もそう。何かストーリーがあるのだけどよくわからない・・・。かなり調べてみて、英国のエルガーソサエティにある論文なんかも見てみたけれど、ちょっと細かい描写の一つ一つまでは解明できませんでしたが、自分なりに物語と音楽を結びつけてみたいと思います。
原作はシェイクスピアの「ヘンリー4世」。とは言ってもヘンリー4世の息子のヘンリー王子、通称ハルがヘンリー5世になるまでのお話。王子はハルと呼ばれて酒場で飲んだくれたり、ファルスタッフたちと悪ふざけをしながらつるんで遊んでばかりいますが、実はそれは世を偲ぶ借の姿、いよいよ戦が始まると突如の大活躍の末、ヘンリー5世となります。この曲はその中で、王子とファルスタッフのエピソードに焦点を当てています。
「ファルスタッフとヘンリー王子』
まずはファルスタッフ登場。付点のリズムによる冒頭の主題から始まります。この主題はライトモティーフのように全曲に登場し、さまざまな形とテンポで現れます。チェロ、コントラバス、クラリネット群、ファゴット群によって奏されるこの主題は、彼を緑の古い外套をまとい、温厚で陽気、気が大きく、気楽で情け深く、気ままで奢侈的で豪放”な人物として描きます。
その後の細かい木管のパッセージは会話的でもあるし小言とたわいもない掛け合いを音楽で表している感じかな。
そこへ、若々しい輝きを持ってハル王子が現れます。これが王子の主題でエルガーっぽいグランディオーソ的な旋律で、爽やかな中に威厳を感じさせますが、同時に複雑な内面も感じさせるテーマ。二人は酒場へ颯爽と繰り出していきます。
イーストチープ(酒場街)
酒場へ入ると、新しい主題群が次々に登場。酔客たちの嘲笑、怒声、からかいが楽器で描かれます。ハル王子はファルスタッフを出し抜く計画を練り始め、ファルスタッフは金塊輸送隊襲撃を目論む、と言うような話ですが、これは言葉のない音楽で感じるのは難しい。まるで何かの会話的なやり取りがパッセージの応酬という形で繰り広げられます。途中のファゴットの酔っ払ったようなソロはファルスタッフが演説を表しているようです。
ファルスタッフの自慢は度を超え、ついには酩酊し、再びファゴットで歌い、だんだん眠くなってきます・・・
ここで「夢の間奏曲」。ヴァイオリンのソロがファルスタッフの子供の頃の故郷の懐かしい思い出の夢。この部分はこの複雑な曲の中にあって、非常に美しく、また英国的な田園風の懐かしくなるような音楽。
「ファルスタッフの行進」
突然ファルスタッフは目覚め、細かいパッセージ、ファンファーレが鳴り響く中、彼は「各地の反乱に立ち向かう兵士を率いるため」出発、ファゴットの主題で始まる行進曲。そしてテンポが速くなり戦闘の場面では様々なモチーフが入り乱れ、次第に田園的で歌うような音楽へと変わり、シャローの果樹園へと導きます。
「グロスターシャーへの帰還」で場面が変わっていき、「間奏曲:グロスターシャー、シャローの果樹園」では、柔らかい弦楽が忍び寄り、木管がのどかな舞曲が挟まり田園風景描きます。
「新王 ― ロンドンへの急ぎの道程」ではまどろみの中突然はやいパッセージで飲み仲間だったハルがヘンリー5世に即位した知らせが届きます。「小さな子羊が今や王だ。——ハル王子ことヘンリー5世だ!」祝祭的な主題が高らかに響き、夜のロンドンへと急ぎ進みます。
「ヘンリー5世の行進」
軍楽行進が新王ヘンリー5世の武勇を示しながら進みます。ここでも様々な動機が絡み合いつつ雄大なマーチへと収束していきます。そのテーマはもちろんハルのテーマですが、このテーマはよく聞くと長調・短調入り混じっていて単純ではなく、そこに王子の複雑な内面が感じられますね。
「ファルスタッフの追放と死」
王が現れ、ファルスタッフの主題が進み出ますが、しかし、王は彼を厳しく拒絶します。
白髪の老人が道化になるとは——私はお前を知らぬ。
行列は進み、ファルスタッフは打ち砕かれつつも、彼の冗談は続きますが、テンポは遅く静かになっていきます。
そしてファルスタッフの死の場面へと移ります。チェロの短いソロの後、シャローの果樹園の眠気に満ちた音楽で始まります。
女性的な主題が回想され、王子ハルの理想化された記憶が弦楽器で美しく現れます。
ファルスタッフはクラリネット・ソロと金管の弱々しいハ長調和音によって弱りきっている姿が表現されます。葬送の太鼓が鳴り響き、ファルスタッフが最後に一瞬昔の夢を見たかのように王の軍事主題が短くされた後、やわらかな短いハ音でファルスタッフが息絶えてこの作品を終えます・・・。
と、これは私のかなり想像も入ったストーリー。
ここでファルスタッフは昔遊んだ悪友が王になり、再び友情の復活を求めたファルスタッフに対して、王は冷たくお前など知らない、と拒絶する、というのがこの物語の最も大きなポイントでしょう。「ウィンザーの陽気な女房たち」のファルスタッフではなく、もっと人生のアイロニーを感じさせるファルスタッフ。そこにエルガーは共感したのでしょうね。酔い潰れながらも夢見るのは子供の頃過ごした故郷の懐かしい思い出。そしてハル王と戯れた日々。そして最後に王の裏切り・・でも王様にしたら昔の悪友を過去に縛られぬように切った、ということでしょう。しかし切られた方は哀愁しかない。この人生の皮肉な哀しみをエルガーは表現したかったのではないでしょうか。
さて、ストーリーに気を取られがちですが、エルガーの音楽、これ、スコアを見ながら聞くと凄いのです。エルガーはどちらかというとドイツのブラームス系の標題音楽ではない純音楽の継承者のように言われますが、この曲は完全にリヒャルト・シュトラウスのような交響詩。ティル・オイレンシュピーゲルみたいな。そして細かい動機が集積してできています。エルガーはまた調性の崩壊から次の世代へと進む中で取り残された作曲家のようにも言われますが、交響曲第2番、ヴァイオリン協奏曲の後に書かれた最円熟期。この後名作チェロ協奏曲に続きますが、「ファルスタッフ」では、細かい小さな動機・パッセージを積み重ねていき、その一つ一つが曖昧な調性であること、それが集積されて独特の調性感になっていますが、ワーグナーの無限旋律の中で調性が崩れていったのとは逆な方向で、エルガーは調性音楽をとことん突き詰めて行った結果がこの作品に現れているのではないでしょうか。エルガーの研究者の中にはこの「ファルスタッフ」をエルガーの最高傑作という人もいるようで、確かにその面から見るとすごい曲であるなと感じた次第。
おっと今日も熱くなってしまって、適当なことを語りすぎましたが、エルガーの自作自演も含めてこの曲をかなり徹底的に聴き込んで、実は隠れた名作ではないかと思うようになっています。また素晴らしい作品に出会えたことに感謝であります。
そして演奏、録音ともに素晴らしい。多分この曲の決定盤の一つだと思います。ペトレンコは各モチーフを明快に振り分け、ロイヤル・フィルの名手たちが難易度の高いパッセージを細部まで生きいきと演奏し、それを細かい音まで録音が捉えていて、名盤だと思います。
このアルバムは、ラフマニノフとエルガーという、一見全く違う傾向の作曲家を並べたように見えますが、実は両方とも人の一生を描いていますね。ラフマニノフは純粋な若さから愛の目覚め、そして戦いと絶望と死。エルガーは庶民として自由に生き、そして悪友から王になった男に縋ろうとして拒絶され、絶望のうちに死んでいく人生。2つの人間の生き様を示してくれた、素晴らしいアルバムでありました。
過去記事は以下のブログから
