#2 〜ピカある探訪記✧*〜 花車神明社・前編 名古屋市中村区
前回記事
今日は神社⛩散策
「近くに神社があるらしい」——。
そんな噂を耳にして、事業所の近くにある花車(はなぐるま)神明社へ、ふらりと散策に出かけてきました。
名駅にもほど近いこのエリア。ビルと大通りに囲まれた街中に、どんな神社が残されているのでしょうか。
花車神明社への道のり
地下鉄・国際センター駅から江川線を南へ。
頭上の高速道路を見上げながら歩いていくと、やがて花車歩道橋が見えてきます。

歩道橋を東(左)へ曲がり、

突き当たりを右へ、道なりに進むと——

都会の喧騒の中に、ひっそりと鳥居。
社標(しゃひょう)には「村社 神明社」と刻まれています。

神社の入口にこうした像が立つのは、少し珍しい印象を受けました。
地元出身の軍人の無事や勝利、功績を祈り、讃えた思いの名残なのでしょう。
この神社が、時代ごとの人々の祈りを受け止めてきた場所であることが伝わってきます。
神明社とは
「神明社」と名のつく神社の多くは、
天照大神(あまてらすおおみかみ)を主祭神としています。
伊勢神宮・内宮の主祭神と同じ神様ですね。
伊勢の神宮ゆかりの土地や神領地に、
神霊を勧請(かんじょう)して創建された神社が多いとされます。
江戸時代以降は、農業に欠かせない暦がわかる神宮暦の配布と新田開発とともに各地へ広まり、
明治以降は皇祖神を祀る神社として全国に増えていきました。
名駅のすぐそばに、伊勢とつながる神社が静かに息づいている——
そう思うと、この場所が少し違って見えてきます。
樹齢800年の記憶と、裏鬼門の守護
天光龍王弁財天
鳥居をくぐると、蛇の置石が据えられた小さな社が目に入ります。

社に掛けられた幔幕には、植物を模した神紋が見えます。
気になって調べてみると、それは椋木(ムクノキ)を表したものだそうです。
真後ろには、かつて樹齢800年といわれた椋木のご神木がありました。
この社は、その木霊を天光龍王弁財天として祀ったものだと伝えられています。

ご神木が枯れたあとも、竜神や弁財天として祀られる。
地域の人の椋木に降りた神様への思いが感じられました。
坤現不動(大聖不動明王)
境内の左手には、幟の目立つ坤現不動(大聖不動明王)があります。

伊勢由来の神明社というと、神仏分離で仏教色の薄い印象がありますが、
ここでは不動明王が祀られています。
由来は昭和五十四年と比較的新しく、
神様が現れて金縛りにあった、という不思議な伝承が残っています。
「坤現」に使われる坤という文字「乾坤一擲(けんこんいってき)」の坤で、「ひつじさる」とも読みます。
「坤現」という名からは、鬼門「艮(うしとら)」に対する裏鬼門「坤(ひつじさる)」が現れた、
そんな意味合いも読み取れそうです。
「申(さる)」と、大聖不動明王の「聖(ひじり)」——
修験者を象徴する言葉を重ねると、
伊勢ゆかりの猿田彦大神の姿も、ふと重なって見えてきます。
不動明王と化した猿田彦大神が、裏鬼門を守る——
そんな思いが、この社には込められているのかもしれません。
社務所脇のひとコマ
今は使われていない様子の社務所の脇を、
猫が三匹、並んでトコトコと歩いていきました。


張りつめていた気持ちが、ふっと和らぐ瞬間でした。
次回予告
次回の中編では、花車神明社の主祭神が祀られている本殿から散策を再開します。
まだ紹介できていない社々とともに、
この神社の由来を、もう少し深く掘り下げていく予定です。
ほかの記事に興味ある方もどうぞ。
ぴかるまこと編集部 連載マガジン
・ピカある雑記&モノ紹介
・ピカある探訪記 〜近江と名駅、歴史とイマを磨き出す〜
・ピカピカ便り
いいなと思ったら応援しよう!
記事を読んでいただきありがとうございます!頂いたチップは、より良い記事を届けるために大切に活用させていただきます。皆様の応援が、働く仲間たちの輝きと、地域の魅力を磨き上げる大きな力になります。温かいご支援をお願いいたします!