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ウィーンと仲直り|35年の時を超え印象が逆転した夕暮れ【ヨーロッパひとり旅】

*本記事にはプロモーションが含まれます。

「We’re looking for you!(あなたを探していたのよ)」

そう言って、彼女はホッとしたように笑った。私とウィーンが仲直りした瞬間だった。

とはいえその時、私の方は、血の気が引くような狼狽と困惑を感じながらまだ状況を飲み込めずにいた。
オーストリアの首都ウィーンにあるベルヴェデーレ宮殿で、クリムトのまばゆい絵画『接吻』を鑑賞した後だった。

あろうことか私は、オーディオガイドのレンタル料金を支払ったクレジットカードを、決済端末から抜き忘れ、置き去りにしてしまったのだ。しかもその後、呑気に展示を鑑賞し、音声ガイド機を返しに行くまでそのことに気づかなかった。受付の女性に「あなた、今カード持ってる?」と尋ねられるまで。

実は私は、この街ウィーンに良い印象を持っていなかった。
1990年に、この街で経験したある出来事のせいだ。
※その出来事については、「ウィーン駅前で「J※p」と呼ばれた夜|1990年ひとり旅」に書いています。


ベルヴェデーレ宮殿には上宮と下宮があり、少し離れてベルヴェデーレ21がある。私がここを訪れた一番の目的は、上宮に展示されている絵画『接吻』だった。私は上宮から見ていくことにした。

ベルヴェデーレ宮殿のオーディオガイドには、さいわい日本語もあった。
機器レンタル料金の5ユーロをカードで支払い、私は館内を見学し始めた(カードを置き去りにしたことには気づかずに…)。

クリムト『接吻』

『接吻』は、印刷物など他の媒体で見るのとは比べものにならない輝きを放っていた。
自撮りをする人々の背後で、男が女性の顔を両手で支えその頬に口づけしている。
女性は目を閉じ、肩をすくめるようにして左手を男の右手に添えている。その頬は上気したようなピンクに染まっている。

なるほど。官能的だ…。

想像より大きな絵画だった。

1990年にはここを訪れなかったので、この作品をじかに見るのは初めてだ。
実物をじっくり鑑賞できたことに、私は満足していた。


その日は、ベルヴェデーレ宮殿の前に、シェーンブルン宮殿も見学したため、上宮を見学し終えるともう午後5時頃だった。
傾き始めた陽射しは、明度を落としオレンジ色を帯びてきている。
下宮を見る時間はないかもしれない。
オーディオガイドは、館ごとに違うのだろうか。もう一度、下宮で借りなければいけないなら、今回は諦めようか…。

そんなことを考えながら、私は音声ガイド機を返却しに行った。

受付の女の子に尋ねてみる。
「オーディオガイドは、上宮と下宮とで別々に借りるの?」
彼女が答える。
「ええ、それはここで返して。下宮に行くなら、あちらでまた借りて」
そう言った後、彼女は私の顔をじっと見た。
スキャンするようなまなざしだった。
そして再び口を開く。

「ねえ、あなた、クレジットカード持ってる?」

何を言うのだろうといぶかしく思いながら、私は答えた。
「クレジットカード?もちろんあるよ、ここに…」
言いながら、カードをしまってあるセキュリティポーチを探った(女性ひとり旅ということもあり、貴重品は用心のため服の下に隠すタイプのセイフティベルトに入れていた)。

が…ない!いつもの場所にカードがない。

見る間にうろたえだす私と対照的に、女の子は安堵したように笑って、少しいたずらっぽく私を指さして言った。

「でしょう?やっぱり。We’re looking for you.」

その表情は心なしか誇らしげだった。
そしてどこかに電話をかけて切った後、私の方を見て言った。
「あなたのクレジットカードは、私たちが預かっています。今、セキュリティ(警備員)が来るから、ちょっと待ってて」

一方、私の方はパニック寸前だった。さっきまで、呑気にクリムトを眺めていたというのに(「官能的だ」とか思いながら)。

足早に現れた警備員は、にこやかに私に話しかけた。日本語だった。

「あれはあなたのクレジットカードですか?大丈夫です。心配ないです。こっちに来てください」

そして私は、セキュリティオフィスへ連れて行かれた。

クレジットカードが手元にないという初めての緊急事態に、日本語を話す笑顔の警備員と、薄暗く観光客のいない通路を進んでいく。
状況に頭がついていかない。
不安と困惑で頭が真っ白になりそうになりながらも、日本語を久しぶりに聞いたためか、私は思わず彼に尋ねた。
「どうしてそんなに日本語を話せるんですか?」
私の方へ体を向けて歩いているせいで、半ば横歩きのようになりながら、彼は日本語で続ける。
「私の妻も日本人です」
そう言って、彼は人懐っこい笑顔を見せた。つられてこちらも微笑んでしまうような笑顔だった。

前述のとおり、私はこの旅に出るまでウィーンに良い印象を持っていなかった。
1990年に初めて訪れた時のできごとにショックを受け、その記憶が強烈だったからだ。

シェーンブルン宮殿(1990年撮影)

35年前も、私はヨーロッパをバックパックでひとり旅した。
ウィーンには3月の始めにたどり着いたのだが、駅舎を出ると外はもう真っ暗だった。
その時、駅前にいたティーンエイジャーの集団の少女に、
「J※p!J※p!」
と呼ばれた。

ただそれだけのことである。
でもその夜、私は、ベッドに横になってからも、彼女の声と表情を思い出さずにいられなかった。

翌日に訪れたシェーンブルン宮殿は広々として、女帝を思わせる風格があった。
内部の豪華さに圧倒され、敷地の広大さに半ば呆れ、庭園でリスが近くに寄ってきた写真なども撮っている。

しかし私の記憶の中で、ウィーンは「美しいが、重い雲が立ち込めた冷たくよそよそしい街」という印象ができ上がってしまっていた。「自分はここでは歓迎されない存在である」というような感覚とともに。
シェーンブルン宮殿の(今見ると柔らかな)マリア・テレジア・イエローさえ、その印象を明るいものにはできなかった。

その記憶と印象ゆえに、35年ぶりの今回のバックパック旅では、目的地から外そうかとさえ考えたほどである。この旅のそもそもの目的が、「1990年と同じ場所を訪れたい」だったにもかかわらず。
また嫌な思いをするかもしれない。せっかくの旅を台無しにしたくはないと恐れたのだ。

数日間の滞在であっても、街の雰囲気は感じ取れる。いや、短時間であるからこそ、ちょっとした体験がその街全体の印象を左右する象徴的なものになり得る。
人は案外、そうしたひとつの出来事で世界を“決めて”しまうのかもしれない。
でも同じように、ひとつの出来事で上書きすることもできる。
今回の旅で、私はそれを体感した。

警備員に連れて行かれた先でパスポートを提示し、彼の笑顔に見守られながら署名をして、私は無事にクレジットカードを取り戻した。
しかし取り戻したのはカードだけではなかったのかもしれない。

「今回もウィーンを目的地に入れてよかった」
心からそう思った。

シェーンブルン宮殿(2025年撮影)


後日、DMM英会話の講師たちにこの話をすると、みな驚く。全員が、英語を母語とする欧米の出身だ。

「ウィーンで?!クレジットカードが戻ってきたの?」
「何の被害もなく?本当に?信じられない…」

確かに私もしばらくは、利用明細を確認するなど半信半疑だったが、これは私が実際に体験したできごとだ。

日本は世界でもトップクラスに治安の良い国だし、お財布を落としてもほぼ無事に手元に戻る(と思う)。
だがヨーロッパでは、そうはいかないという。

今の私にとって、ウィーンはもう「冷たくよそよそしい街」ではない。

私が今「ウィーン」と聞いて思い浮かべる街は、やはり美しく、そして明るい。

雲一つない空の青、シェーンブルン宮殿の温かみのある黄色と、庭園に咲いていたスミレ。
ベルヴェデーレ宮殿の整えられた庭園、傾きかけた日差し。
金色に輝く『接吻』。
そしてハリウッドの映画に人の好い脇役として出てきそうな警備員の笑顔。

35年越しに、ようやく私はウィーンと仲直りできたのだ。

次にヨーロッパを訪問する際も、私はきっとウィーンを目的地に加えるだろう。

第一印象は最悪だった人物が実は素敵な魅力を持っていると知り、仲良くなれたときのように、私は今、ウィーンという街をとてもあたたかな気持ちで思い起こすことができる。

ベルヴェデーレ宮殿のみなさん、本当にありがとう。また行きますね。


※1990年と2025年のヨーロッパひとり旅については、それぞれマガジンにまとめています。



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