【連載 Vol.1】旅の始まり:カタルシスという「入口」と、「目的地」は別
── noteマガジンの連載記事です。
○ はじめに
「話を聴いてもらって、スッキリした…」
その心地よさは、心の回復への大切な第一歩ですね。
ですが…
「それだけでは、なぜか現実が変わらない…」と感じた体験はありませんか?
「話した直後は楽になるのに…」
「結局さ、いつも同じようなことで悩んで、同じ場所を彷徨っている…」

… もし、そのように感じているとしたら、それは傾聴者の関わりが「その場しのぎの安心感」に留まり、持続的な「生きやすさ」に繋がっていないサインなのかもしれません。
この連載マガジンでは、その素朴な疑問から始めます。
傾聴が本当に目指す「持続的な生きやすさ」とは、何なのか?
その本質的な旅路へ、近づくための試みです。
(「本質的」とは、大体が分かりづらいものも多いように思えるので「試み」と書きました。)
○ カタルシスという「入口の扉」
まず、私たちが「スッキリした」と感じる感覚、専門的にはカタルシス(こころの自浄作用・感情の解放)と呼ばれるものについて、その役割を正しく理解する必要があります。
このカタルシスは、溜め込んだ感情が解放される非常に重要な体験です。
しかし、傾聴、来談者中心療法の開祖であるカール・ロジャーズは、それが最終目的ではないと明確に述べています。
「我々の経験によれば、セラピーとは感情のカタルシスではない。
その瞬間において、そうしたカタルシスがいかに重要であろうとも、である。
感情の表出は、治療的な動きの全体的な流れの一部なのである。」
また、同書の中で、この考えを補強する、以下の記述もあります。
「この感情の解放はカウンセリングの目的ではないが、自己への洞察を得る過程において、しばしば起こる重要な付随現象である。」
この言葉が意味するのは、ロジャーズにとって傾聴(来談者中心療法)の目的は、単に話し手が溜め込んだ感情を吐き出してスッキリする状態そのものではない、という点ですね。
この関係性を旅にたとえるなら、以下のように考えられるでしょうか。
カタルシス:
霧が晴れて、一時的に視界が開ける瞬間に似ています。
それは非常に重要で、解放感をもたらします。真の目的:
しかし、旅の目的は霧が晴れる現象自体ではなく、その道を歩き続けて、自分自身の足で山頂(自己の成長や自己実現)にたどり着く歩みです。
つまり、カタルシスは本質的な探求の旅へ向かうための「通過点」であり、「入口の扉」に過ぎないのです。
もし、根本的な悩みや苦しみがくり返されるのであれば、私たちは関わりの焦点を、その扉の先へと移す必要があるのではないでしょうか?

◯ 傾聴(来談者中心療法)が目指す「本当の回復」という目的地
では、扉の先にある「目的地」、ロジャーズが指し示した「成長」や「自己の洞察」の先にある「本当の回復」とは、どのような状態を指すのでしょうか。
傾聴(来談者中心療法)を通じて目指す「回復」とは、単にその場で気分が楽になる状態や、症状が一時的に和らぐ様子ではありません。
それは、苦しさの根本原因が理解され、生き辛さを生み出す思考や行動のパターンそのものが変容し、自分自身の力で人生を歩んでいけるようになる、持続的で本質的な変化です。
そのために必要となってくるのが「自己探究」の歩みであり、傾聴の目的とはこれであるとも言えます。
セッションの場での安心感を、現実における本質的な回復へと広げていき、心から「日々が生き易くなっている」と実感できるリアルライフに向けていくのが、本来の傾聴セラピーが目指すところなのです。

この本質的な回復は、具体的に3つの状態をもたらすのではないか、とも思いました。
根本原因の理解:
自分の苦しみの根っこに何があるのかに気づいて、漠然とした不安や苦しさに輪郭を見出していけるプロセスを歩みます。
(傾聴者に恣意的に誘導されて「気が付かされる」というものではなく、内発的に感じ取れていくようになる、暖かい歩みです。)行動・思考パターンの変容:
悩みや苦しみ、辛さなどの要因となる問題を繰り返し生み出していた考え方や行動のクセが、より建設的で自分らしいものへと変わっていくために、優しく慈しむような自己受容へのプロセスも重要となってきます。
(その時点で、受けとめられないものは未消化の感情として残ります。消化してから昇華していけます。)内的なコンパスの獲得:
他者からの良し悪しの評価や一時的な安心感に依存するのではなく、自分の中に判断の軸や心の安定感を創り出していき、たとえ、人生に迷うときはあったとしても、大きく自分を見失うほど「彷徨わなく」なっていきます。
(これは表面的な「傾聴っぽい」何かをしているうちは、ぶり返しも多くなるなど、遠ざかりやすくもなってしまいます。)
○ 次回の予告
今回は、なぜ「話して、スッキリするだけ」では変われないのか、その理由が「カタルシス」という入口で立ち止まってしまっている可能性にあること、
傾聴(来談者中心療法)が目指す、本当の目的地が「本質的な回復」のための「自己探究」であるところに、少し触れました。
次回は、この「本当の回復」に至るための中心的なプロセスである『自己探究』とは、具体的にどのようなプロセスなのかを、「固い土を耕す」というメタファーを使いながら、もう少し深く掘り下げてみます。
【Vol.2】「本当の回復」とは、"固い土"を耕す作業 に続きます。
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