デザインに国境はあるか。限界デザイナーがカナダで見つけた、働くこと、生きること、AIのこと。【4】


【4】AI大好きマネージャーとの仁義なき戦い
〜ラーメンとヴァン・ゴッホ〜


*前回までのあらすじ
10年勤めた会社を辞め、極貧生活を経てカナダで現地採用されたグラフィックデザイナー。出社初日から前任不在のカオスをくぐり抜け、2週間後には直属ディレクターが電話一本で即日解雇される洗礼を受けた。3週間のカオスを経て、新しいマネージャーがやってきた。



その新しいマーケティングマネージャーは、ある日突然やってきた。

筋骨隆々でガタイがよく、目がキラキラしているメキシコ人、マルコスである。だいたいピチッとした白いTシャツを着ており、甘いものが好きなようだ。この会社の事情を知って、この純真無垢な瞳はいつ曇り出すのだろうか、と思うとちょっと胸が痛んだのはここだけの話である。

優先順位がわからないまま、とにかく目の前の仕事を鬼のように捌いていた私にとって、待ちに待ったマネージャーの登場だった。これでようやく、全ての判断と責任を一人で背負わずに済む。

マーケティングチーム全員にとってもそうだった。マネージャーがいない間、毎週一回、社長とチームのウェブ会議が開かれていたからだ。あの、電話一本で人の仕事を終わらせることができる社長と、である。

話を振られたらどうしようとドキドキしながら過ごす、地獄の30分。怒鳴ったりはしないのだが、変なことを言うと静かに質問攻めにされる。じわじわと首を絞められるような感覚だった。

幸い、デザインは社長の専門外かつ専門職的な扱いだったため、やっていることを述べるだけで必要以上の接触は免れていた。
ただ、話しかけられると異常にオドオドしていたので、「なんだコイツ」、と思われていたとは思う。だが、デザインさえできていれば多くは語らなくていいのだ。デザインって素晴らしい。

余談だが、社長はバリエーションを好むので、色違いや大きさ違いも含めてよく出していた。どれがいいと思うか意見を求められるのだが、大概私が選んだものとは違うものを選ぶ。理由を説明しても不服そうだった。社員投票を提案され、私の案が選ばれてもやはり違うものを選んでいた。私の説明が悪いのか、単に嫌われていたのかはよくわからない。

しかしそんなことは、10年地を這いつくばってクライアント地獄を見てきた私にとって、クビに比べたら屁でもないことだった。
デザイナーが一番あかんと思っていた案をクライアントが選んでしまうのは、往々にしてあることである。クライアントが満足すればそれが正解なのだ。私にできるのは、一生懸命いいデザインを提案することだけである。
今の私の問題は、いかに目の前のタスクをこなしていくか。それだけである。

話がそれた。今日はマルコスの初日である。
彼は出勤するやいなや、チームを会議室に招集した。

開口一番、「君たちはChat GPTを知っているか」と聞かれた。
知っている。使っている。チャッピーでしょ、と思ったが、とりあえずフンフンという顔で続きを聞いた。

「これからはAIの時代だ。人の仕事をAIでリプレイスしていく。この職場でもそうしていくつもりだ。」

目がキラッキラしていた。ここに来るまでに少し走ってきたようで、ピチッとしたシャツが若干汗ばんでいる。

「AIはなんでも作れる。最初は抵抗があるかもしれないが、学んでいかなければならない。」

とても好戦的な顔でニヤニヤしながら、私の方を見ている。
ちょうどその頃、AI画像の著作権問題や、クリック一つで高クオリティな画像が生成される話題が盛んになり始めた頃だった。AI vs. アーティストの議論があちこちで起きていた。

……ちょっと変な人が来たぞ、と背中にひんやりしたものを感じた。

実のところ、私はすでにAIを毎日使っていた。
Adobe PhotoshopのAI機能、特に生成塗りつぶしに、完全に命を救われていたのである。これがなかった頃は、何時間も写真ストックサイトを行き来しながら、商品の角度や方向性に合う奇跡の一枚を探し続け、さらに本物の写真に見せるために影や色を何時間もかけて合成していた。いまやクリック一つでPhotoshopが提案してくれる。しかも月額以外はライセンス費用もない。Adobe様には完全に平伏していた。
(月額がそもそも高いのだが、そこはAdobe様の後光に紛れて見えていない)
すでに残業にまみれているのに、写真まで探していたらオフィスに住み着くことになる。欧米に来てまでそれをするなんて、ドMにも程がある。

AIの素晴らしさをひとしきり語ったあと、マルコスは満足そうにしていた。内容はだいたいみんなが知っているものだった。終わる頃には、ソーシャルメディアマネージャーは白目をむいていた。

「ということで、隔週月曜日にAIを使った課題を出そうと思う。まずはデザイナーからいってみよう。」

私は咄嗟に目を逸らしたが、非常に悲しいことに、この会社にデザイナーは私しかいない。

「できますが、他の優先タスクが詰まっていてかなり時間がかかってしまうと思います。」

なんとかこの窮状をわかってもらおうと食い下がった。

「大丈夫だ。他の業務はわたしが調整する。これは重要だから優先する必要がある。心配するな。」

マルコスには通じなかった。
こんなに不安な「心配するな」は久しぶりに聞いた。

「さて、課題だが…ヴァンゴッホとラーメンを使ったビデオを作ってくれ。」

私はデザインに関しては、大抵のことはなんとかなると信じている。
10年間、なんとかしてきた。普段から自己肯定感が地を張っている私でも、それだけは自信があった。

しかしあまりにもツッコミどころが多すぎて、関西人の私の脳は止まっていた。なんでやねん。

助けを求めて周りを見渡すと、ソーシャルメディア担当の目は相変わらず白目で、マーケティング担当は碇ゲンドウのように肘をついたまま一点を見つめていた。

ヴァンゴッホと、ラーメン。

ヴァンゴッホと、ラーメン。

もう一度繰り返してみたが、やはりどう組み合わせても意味がわからなかった。何よりも、たまりに溜まった他のタスクはどうなるのだ。

これがオーバークックのゲームなら、キッチン全てのコンロが火を吹いていて、橋は焼き落とされ、メンバーは全員オロオロと食材を投げ合っている状態である。

だが、わからないなりになんとかするのが私の仕事である。
10年がそう言っている。

さて、どうしたものか。
続きは、次の記事で。

→ 【5】へ続く
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