人を育てるには、期待より先に階段をつくる
店舗のマネージャーをしていた頃、自分の後を任せたいと思っていた店長がいました。
仕事もできるし、責任感もある。本人にも期待していたので、「これからは自分の店舗だけではなく、グループ全体のことを考えて動いてほしい」と伝えていました。
私自身も次のステップに向けて動き始めていたので、それまで自分が担っていた仕事を、少しずつ彼に任せるようになっていきました。
その時の私は、彼を育てているつもりでした。
期待していることも伝えていたし、次に目指してほしい役割も見せていた。任せる仕事が増えることは、本人にとっても成長の機会になると思っていました。
でも、ある時、彼から「しんどいです」と言われました。
私にとっては突然の言葉でしたが、彼にとっては、きっと突然ではなかったのだと思います。
期待しているからこそ、求めすぎていた
話を聞いていくと、彼はかなり無理をしていました。
それまで得意だった仕事や、自分が好きだった仕事だけでなく、苦手な仕事や、うまく進められない仕事も一気に抱えるようになっていた。
特に、苦手なことに時間と精神力を使いすぎてしまい、その負担が少しずつ積み重なっていたようでした。
本人なりに期待に応えようとしていたのだと思います。
ただ、苦手なことに追われるうちに、もともと得意だったメニュー開発にも手が回らなくなり、好きだった仕事まで楽しめなくなっていました。
私は、仕事を任せることが成長につながると思っていました。
でも、実際には、本人の現在地をきちんと見ないまま、次の役割を一気に求めすぎていたのだと思います。
期待していたからこそ、早く次の段階に進んでほしいと思っていた。
ただ、その期待が、本人にとって登れる高さになっているかまでは見られていませんでした。
高い期待が、いつも人を伸ばすとは限らない
期待を伝えることは大切です。
自分のことを見てもらえている、可能性を感じてもらえている、次の役割を任せたいと思ってもらえている。そう感じることが、成長の力になる人もいます。
でも、期待は高ければ高いほどいいわけではありません。
今の自分と、求められている姿を比べた時に、その差が大きすぎると、期待は希望ではなく重荷になります。
「頑張れば届きそう」と思える期待は、人を前に進ませます。
一方で、「どうやっても届かない」と感じる期待は、自信を失わせたり、何から手をつければいいのか分からなくさせたりします。
当時の私は、次の役割を見せることばかりを考えていて、そこまでどう登るかを一緒に作れていませんでした。
ゴールは見せていた。
でも、階段がなかった。
そのことに、彼から「しんどい」と言われて初めて気づきました。
得意なことを、成長の足場にする
この経験以降、人を育てる時には、階段をつくることを意識するようになりました。
まずは、その人が得意なことや好きなことから任せる。
任せたことがうまくいけば、自信になりますし、「自分にもできる」という感覚も持てます。その感覚ができてから、少しずつ次の仕事や役割を加えていく。
弱いところを先に全部直してから次へ進ませるのではなく、強みを足場にして成長してもらうイメージです。
得意なことは、その人にとって単なる長所ではありません。
新しいことに挑戦する時の余裕にもなりますし、苦手なことに向き合う時の支えにもなります。
たとえば、メニュー開発が得意な人なら、そこを起点にして、売上や原価、現場の動き、他店舗への展開まで少しずつ視野を広げてもらう。
いきなり「マネージャーとして全部見てほしい」と求めるのではなく、本人が得意なところから、次の役割につながる経験を増やしていく。
その方が、本人も成長の実感を持ちやすいし、こちらも今どこまで任せられるのかを見ながら進められます。
弱点は、一人で克服させなくてもいい
もちろん、得意なことだけを任せ続ければいいわけではありません。
次の役割に進むためには、苦手なことにも向き合わなければいけない場面があります。
ただ、弱点を克服することと、苦手な仕事を一人で抱えさせることは違います。
以前の私は、「次の役割を担うなら、これくらいはできるようにならなければ」と考えていました。
でも今は、弱いところこそ、一緒に乗り越える必要があると思っています。
何が苦手なのか。
どこで止まっているのか。
知識が足りないのか、経験が足りないのか、それとも考え方の整理が必要なのか。
そこを一緒に見ながら、最初は手伝う、途中で確認する、少しずつ本人に任せる。その繰り返しで、苦手だったことにも少しずつ慣れていく。
任せることは、手を離すことではありません。
本人が一人で考える余地を残しながら、必要な時には支えられる距離にいることだと思います。
本人にとっては、突然ではない
彼から「しんどいです」と言われた時、私は突然のことのように感じました。
でも今振り返ると、本人の中では、ずっと前から小さな負担が積み重なっていたのだと思います。
できないと思われたくない。
期待に応えたい。
次の役割を任せてもらいたい。
そう思っている人ほど、限界まで言わないことがあります。
だから、任せている側は、仕事を渡した後の姿を見なければいけません。
任せた仕事ができているかだけではなく、以前より余裕がなくなっていないか、得意だった仕事まで止まっていないか、表情や会話が変わっていないか。
結果だけを見ていると、本人の中で起きていることに気づけないことがあります。
成長させたいと思うなら、今どこにいるのかを見続ける必要がある。
任せた後にこそ、関わりが必要なのだと思います。
期待は、登れる形にして渡す
期待を伝えることは、今でも大切だと思っています。
期待されていることが分からなければ、本人もどこを目指せばいいのか分かりません。
ただ、期待はゴールだけを見せればいいものではありません。
今いる場所から、どうすればそこに近づけるのか。どの力を先に伸ばすのか、どこは一緒に越えるのか、次に何を任せるのか。
そこまで考えて初めて、期待は成長につながります。
高い場所を示すことより、その人が登れる階段をつくること。
人を育てるとは、引き上げることではなく、本人が自分の足で次の段に進めるようにすることなのだと思います。
