仕事ができる人ほど、人を育てる時につまずくことがある
幹部になる人は、多くの場合、仕事ができる人です。
現場で結果を出してきた。
責任ある役割を任されてきた。
自分で考え、自分で動き、成果を出してきた。
だからこそ、幹部になります。
でも私は、幹部を見ていて感じていたことがあります。
仕事ができることと、人を育てられることは別の力なのではないか。
仕事ができる人ほど、自分ができるようになるまでの途中の階段を、無意識に飛ばしてしまうことがあります。
自分にとっては当たり前にできる
少し考えれば分かる
やっていれば身につく
そう思ってしまう。
でも、部下にとっては、その当たり前が見えていないことがあります。
何を見ればいいのか
どこから考えればいいのか
なぜその判断になるのか
何を優先すればいいのか
そこが分からないまま、
「もっと考えろ」
「ちゃんと見ろ」
と言われても、部下は動きにくい。
幹部に必要なのは、自分ができることだけではありません。
部下がどこでつまずいているのかを見つけ、
次の一歩を登れるようにすること。
そこに、幹部育成の難しさがあると思っています。
魚を渡すのは上手でも、釣り方を教えるのは難しい
人を育てる話で、よく魚のたとえがあります。
お腹が空いている人に魚を渡せば、その日は助かる。
でも、本当に大切なのは魚の釣り方を教えること。
さらに言えば、魚がいる場所を自分で見つけられるようにすること。
幹部育成も、これに近いと思っています。
部下が困っている時に、答えを渡す。
これは、魚を渡すことに近い。
もちろん、必要な時もあります。
現場を止められない時は、具体的な指示が必要です。
でも、いつも答えを渡していると、部下は答えを待つようになります。
では、釣り方を教えるとは何か。
それは、
なぜその判断をしたのか
どこを見ていたのか
何を優先したのか
どんな順番で考えたのか
そういう自分の経験則を、相手が使える形にすることです。
さらに、魚がいる場所を教えるとは何か。
それは、部下自身が課題に気づけるようにすること。
現場の変化を見つけられるようにすること。
自分で考え、自分で問いを立てられるようにすること。
ここまでできるようになると、人は自分で育ち始めます。
経験則を言葉にしないと、育成は再現できない
仕事ができる幹部ほど、自分の中にたくさんの経験則を持っています。
この数字がこう動いたら、現場で何か起きている。
この表情の時は、部下が少し無理をしている。
この仕事は、先にここを押さえないと後で崩れる。
そういう感覚を持っています。
でも、それが本人の中だけにあると、部下には伝わりません。
「ちゃんと見ろ」
「もっと考えろ」
「視野を広げろ」
「先を読め」
そう言われても、部下は何をすればいいか分からないことがあります。
だから、幹部には自分の経験則を言語化する力が必要です。
何を見ているのか
なぜそう判断したのか
どこで違和感を持ったのか
どんな状態なら良いと判断するのか
感覚でやっていることを、部下が再現できる形にする。
これができると、育成は少しずつ仕組みになります。
逆に、これができないと、育成はその人の感覚頼みになります。
「あの人の下では育つけど、別の人の下では育たない」
「幹部本人はできるけど、部下がなかなか育たない」
そういう状態になりやすくなります。
期待が高すぎると、人は育つ前に疲れてしまう
幹部が人を育てる時、気をつけたいことがあります。
それは、期待している人ほど、高いハードルを課してしまうことです。
この人ならできるはず
もっと伸びるはず
早く任せたい
そう思う相手ほど、つい求めるものが高くなります。
期待すること自体は悪いことではありません。
人は期待されることで伸びることもあります。
でも、その人の成長段階に合っていない課題は、成長ではなく疲弊を生みます。
まだ階段の途中にいる人に、いきなり高いところへ飛べと言っても難しい。
本人は頑張ろうとします。
期待に応えたいと思います。
でも、何をどうすればいいか分からないまま高いハードルだけが置かれると、苦しくなります。
育成で大切なのは、ただ高い課題を出すことではありません。
今のその人にとって、少し背伸びすれば届く課題を出すこと。
今どの階段にいるのかを見て、次の一段を用意すること。
これが大切なのだと思います。
幹部自身が高いハードルを越えてきた人だからこそ、部下にも同じ高さを求めてしまうことがあります。
でも、それを組織全体に広げると、できる人だけが残り、苦しい人は声を出せなくなる。
それでは、人が育つ組織にはなりにくいと思います。
幹部は、経営者の言葉を意訳する人
幹部には、経営者の方針を現場に届ける役割があります。
ただし、それは言葉をそのまま伝えることではありません。
経営者の言葉を直訳しても、現場には届かないことがあります。
現場には現場の忙しさがあります
不安があります
疑問があります
納得できないこともあります
だから幹部には、直訳ではなく意訳が必要です。
経営者が何を大切にしているのか。
なぜその方針を出したのか。
現場にとってそれはどういう意味があるのか。
自分の部署では、何から始めればいいのか。
そこまで噛み砕いて、自分の言葉で伝える。
これは、単なる伝達ではありません。
経営者の意図と、現場の現実をつなぐ仕事です。
幹部がここを担えるようになると、組織は強くなります。
逆にここができないと、方針は現場に届いているようで届きません。
言葉は伝わっている。
でも意味が伝わっていない。
やることは分かっている。
でも、なぜやるのかが分からない。
そういう状態になってしまいます。
だから、幹部にこそ丁寧に伝える必要があるのだと思います。
幹部が自分の言葉で語り始めた時
幹部が変わってきたと感じた瞬間があります。
それは、幹部の方針発表を聞いた時でした。
私の方針を踏まえながら、
幹部たちが、自分の言葉で、自分のやり方で表現していました。
私が言った言葉を、そのまま繰り返しているわけではない。
自分なりに理解して、
自分の部署に当てはめて、
自分の役割として受け止めて、
自分の言葉で伝えている。
それを聞いた時、とても嬉しかったのを覚えています。
幹部育成のゴールは、経営者の言葉をきれいに復唱することではありません。
経営者の考えを理解したうえで、
自分の役割でどう表現するかを考え、
現場に届く形に意訳できるようになること。
そこまでいくと、組織は少しずつ自走し始めます。
経営者一人の言葉ではなく、幹部それぞれの言葉で会社の方向が語られるようになる。
それは、幹部がただ仕事をこなす人ではなく、組織を育てる人に変わり始めた瞬間だったのだと思います。
幹部育成は、人が育つ状態をつくれる人を育てること
幹部育成というと、優秀な人をさらに強くすることのように思われるかもしれません。
もちろん、幹部本人の能力を高めることは大切です。
数字を見る力
判断する力
部下と向き合う力
方針を伝える力
現場を動かす力
どれも必要です。
でも、それだけでは足りません。
本当に必要なのは、幹部が人を育てられるようになることです。
自分ができるだけではなく、部下ができるようになる状態をつくれること。
答えを渡すだけではなく、考え方を伝えられること。
高いハードルを置くだけではなく、成長段階に合った課題を渡せること。
経営者の言葉をそのまま伝えるだけではなく、現場に届く言葉に意訳できること。
そういう幹部が増えると、組織は強くなります。
仕事ができる人を増やすだけでは、組織は広がりません。
人が育つ状態をつくれる人が増えた時、組織は本当に強くなっていくのだと思います。
