小説|怪獣のいない春休み①
【プロローグ 終業式の教室で】
明日から春休み——
終業式が終わって大掃除の時間、学校内はバタバタとしていた。
教室は忙しなく人が出入りしている。
開け放たれた窓からは、まだ寒々しい空気と、別の教室から子どもたちの声が入り込んでくる。
壁際の棚には、生徒たちがつくった様々な粘土細工が、無言で整列していた。
その中に、ひときわ大きく、鋭い角と尾を持つ怪獣がいた。赤と青の絵の具で彩られ、まるで今にも吠えそうだ。
ひとつの影が、静かに近づいた。
ざわめきの中、彼の行動に目を留めるものなどいない。
そして——ためらうように伸びた手が、怪獣の腹に触れる。
その手はよく見ると震えていたが、しっかりと腕の中に抱えると、棚に収まった自分のランドセルに素早く隠す。
怪獣のいたスペースは、ぽっかりと穴のような空白だけが残されていた。
【第一章 怪獣がいた日】
「おおっ、すげぇの作ったなショウタ!」
「怪獣?ショウタが考えたの?うますぎじゃん!」
図工の授業が終わる頃、ショウタに近づいてきた担任のタカナシ先生が、
「ほお、これは力作だね。キミがこんなに器用だったなんて」
そう感心した声をあげると、クラスメイトが一斉に近寄ってきたのだった。
周囲から褒めちぎられて、ショウタは照れくさそうに、でも得意げに笑った。
目の前の粘土細工は、赤と青のまだ乾ききらない絵の具で彩られた、オリジナルの怪獣だ。
角の生えた頭、がっしりとした前脚、ひねるように伸びた尾。
2週間前の図工の時間から今日まで、授業3回分をかけて作り込んだ自信作だ。
「これ、なんか名前つけるの?」
同じ社宅に住む、幼なじみでもあるナツキが首をかしげながら覗き込む。
怪獣を見るその瞳は、キラキラと輝いていた。
「んー…ショウタ2号…?」
ショウタが適当に答える。
「ええ〜、名前が強くなさそうなんだけど」
ナツキが顔をしかめる。
「なんだよっ。俺が弱いみたいじゃん!」
ショウタが笑いながら口を尖らせた。
「——ていうか、ナツキはどんなのができたんだ?」
ショウタが体をひねって、ななめ後ろにあるナツキの席を覗き込もうとする。
「ちょっと!僕のはいいの!見ないでっ」
ナツキが慌ててショウタの視界を遮ろうとするが、時すでに遅し。
ナツキの作業机の上には、粘土でできた“なにか”が乗っていた。
脚のようなものが4本ぐらいあって、腕のようなものが何本か上を向いたり横に伸びたりしている。
頭のようなものもふたつある。
ショウタの怪獣とはまた違った趣向の怪獣なのかもしれないが、ナツキは明言しない。
「おっ、おお…?」
ショウタが言葉を失っていると、タカナシ先生もナツキの作品を覗き込んだ。
「……ある意味、アートだな、うん」
と言ったとき、ナツキは恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまった。
「どうせ僕は、不器用だもん」
ショウタはナツキに、気にすんなよ!と言うと、自分の作品の最後の仕上げに取り掛かった。
放課後の喧騒が静まる頃、ショウタは教室の後ろに飾った怪獣をそっとなでた。
3学期最後の図工の授業で、なんとか仕上げることができた。これは傑作だった。
「俺の人生でいっちばん最高な怪獣だな」
ショウタは満足げにうなずいた。
あれは3週間ほど前、2月の終わりごろだっただろうか。
「——ねえ、ショウタくん、知ってる?」
放課後の廊下、揃って日直の仕事を終わらせたマコトが、ランドセルを肩にかけながら言った言葉を思い返す。
マコトはナツキと同じく、社宅仲間のクラスの女子だ。
どこで仕入れてくるのか、情報通でいろんな噂を知っている。
マコトから聞いた話が、ショウタの心にのしかかっている。
それから数日、ショウタは悶々と考えていた。
俺にできることってなんだろうなあ……。
そして迎えたのが、ある日の図工の時間。
学期も終わりに差し掛かってきたので、タカナシ先生は「粘土で自由に学年最後の作品を作ってごらん」と言った。
体育の次に図工が好きなショウタは思いついた。
立派な怪獣を作ろう。
「せっかくなら、傑作にしないと」
限られた授業の時間を目いっぱいにつかって、ショウタは渾身の作品に取り組んだのだった。
ショウタが教室を出て数分後、ひとりの影が入り口に現れた。
野々村サヤ。ショウタたちのクラスメイトで、読書が好きな目立たない女子生徒。
今日も放課後を図書館で過ごして、再び教室に戻ってきた。
すでに傾き始めた太陽の光が窓から差し込み、ふっくらと白い頬を赤く染めている。
教室にはもう誰もいない。
掃除の終わった床にはまだほこりの匂いが漂っていた。
彼女は、そっと教室の後ろへと歩み寄る。
壁際の棚、並べられた粘土細工たちの前で足を止めた。
「ほんと、すてきな作品……いいなあ」
彼女の視線は、ひとつの作品にじっと向けられていた。
その作品に手を伸ばそうとした瞬間、廊下から人の声が聞こえた。
ハッとして手を引っ込めると、サヤは慌てて教室から出ていった。
→②【第二章 消えた怪獣】へつづく。
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