ほんとうは、「助けて」って言いたかった。
何度やってもうまくいかず、うまくいかない理由もわからず、毛嫌いしていたビジネスをまたやってみようと思って、改めて、新しくアカウントを立ち上げて始めたのがこのnoteです。
なんでまた”やってみよう”と思ったかのきっかけは、以前書きましたので、よかったらそちらも読んでみてください。初めてチップをいただけた渾身の記事です!
さて、またやってみようと思ったものの、なんのためにビシネスするのか?
実は、ものすごく曖昧です。
不特定多数と関わることに興味はないし、稼ぐこともさして興味がありません。というか、稼ごうとすると、自分からズレます。
ぜんぜん楽しくない。
強いていうなら、「世界を愛のまなざしで眺めたいから」かもしれません。
え?
どういうこと?
そうなんです。
実は、ビジネスをまたやってみようと思ったものの、まだビジネスする気配はありません。
え?
そうなの?
そうなんです。
最初は、noteを収入の窓口にできたらいいなと思っていました。けど、そのつもりで取り組んでみると、これまで、まともに発信してこなかった人間がすぐにどうこうできるものではないなということはすぐにわかりました。
それと、同時にこれまでうまくいかなかったのは、取ってる情報の筋が悪かったからかもしれないということもみえてきました。
外の世界はみんな競合で敵だらけ、勝たなきゃ意味がない世界だと思っていました。戦場です。
そして、まさに、無職さんのこの記事の冒頭にあるままでした。
大雑把な目標を立てて、自分でもどこに行きたいのかよく分からないまま荒野に踏み出している。
「でもその道は修羅の道だよ」と言いたいです。
大雑把な目標すらなかったです。
ないまま踏み出してました。
もちろん、自分でもどこへ行きたいのか分からないです。まさに修羅の道でしたよ。
それで、毛嫌いしてしまったわけですけど、フラットな視点で捉えてみると、勝とうと思うなら勝つやり方があって、ただそれをやればいいだけだということもみえてきました。
ただ、それがやりたいか?と問うてみると、ぜんぜんやりたくない。
わたしはぜんぜん面白くないんですよ。
それこそ、まったく興味が湧きません。
どうせなら、面白いことをして生きたいです。
なので、時間はかかりそうだけど、今は、面白い道を選んでいるという感じです。
「助けて」と言えない
ぜんぜん言えませんでした。
「助けて」って。
長女でしっかり者。
基本、自分でなんとかする。
それが当たり前。
だから、借金まみれになっちゃったんだろうなぁ。
”だから”っていうこともないですね。
単純にお金の使い方が間違っていたということもあります。
というか、そっちの方が大きい。
(しっかりしてたら、気づくだろ!)
ほぼ無収入で、7万円のシェアハウスで暮らすことを決めたりしてましたから。のちに、給付金で月10万円入ってくるようにはなりましたけど。
(働いたんじゃないんかい!)
それにしたってねぇ、月10万じゃ足りないでしょ。
って聞こえてきそうです。
一般的には、家賃は収入の三分の一までとかよく聞きますけど、そういうのも全然気にしていませんでした。
完全無視です。
というか、ここに辿り着くまでに、生活コストを抑えることはやってきていたのと、あとは、親にお金を貸していたので、その返済分もあって、収入の三分の一以上家賃を払っても、やりくりできる自信がありました。
これ、読んでる方が不安になるのでは?
自分で書いてても、頭おかしいなと思う。
おかしいとは思うけど、そんな自分は好きだったりするんだよな。
友達がコーチングのコーチをやっていて、月1でコーチングが受けられる特典付きのシェアハウスでした。当時のわたしは、自分の人生をなんとかしたくて、どうしてもそこで暮らしたかったんです。なので、最初から金銭的に無理なのを承知で、大丈夫な感じを装って無茶をしました。成長できる環境に身を置きたかったんですよね。
その頃、わたしの周りでは、メンターとシェアハウスで暮らすというのが流行っていました。仲間と気づきをシェアしあったり、メンターと密に時間を共有することで意識が共鳴して、成長速度が早まるという効果を謳っていました。
今よりももっと、“好きなことを仕事にしよう!“みたいな風潮があったと思います。
わたしも御多分に洩れず、好きなことを仕事にすることに憧れていました。
でも、その道をすでに生きている人と暮らしをともにすると、勝手に意識が引き上がって、変化が早いというのは本当で、それを身をもって体験しました。
そこでのシェア暮らしがあったからこそ、間違いなく人生が豊かになったと胸を張って言えます。
自分の当たり前が誰かにとっては当たり前ではないことを知ったし、ホコリひとつとっても気になる度合いは人によって違うことを知りました。
そして、そのシェアハウスで暮らしたことがきっかけで一年後には、自分でシェアハウスを運営することにもなりました。
なので、結果的には、無茶してよかったと思っています。そこで過ごした時間は、これまで受けたどんなセミナーよりも貴重で、払った金額より得たものの方が格段に大きかったと思っています。
やっと言えた「助けてほしい」
話を戻します。
もうだいぶ前から破綻していたのに、まわりには大丈夫なふりをして、ごまかしていました。
実際に大丈夫なように見えていたのかはわかりませんが、わたしが本当は、”助けてほしい”状況であるとは、誰も思っていなかったように思います。”真面目でしっかり者”がにじみでていた自覚はありますから。
でも、本当は、無理でした。
「誰か助けてくれないかなあ」
心の中では、ずっとそう思っていました。
でも言えないので、状況は悪くなっていくばかりでした。
もう破産するしかないところまでいって、一度は、破産しようと腹を括ったものの、どうしてもできない理由が見つかって、寸前で踏みとどまったとき、とどまったものの、すぐに対処する必要はあったので、そこでやっと、ひとりにだけ「助けてほしい」と言えました。
ものすごく勇気のいることでした。
これで嫌われたらどうしよう。
もう2度と会えなくなったらどうしよう。
関係性が変わってしまったらどうしよう。
不安なことはいくらでも浮かんできました。
でも、もうほかに道は思い浮かばなかったので、意を決して、電話しました。
忙しい方なので、普段はぜんぜん電話が繋がらないんですけど、その時だけは、すぐに電話が繋がって、何も聞かず、わたしが言った金額をすぐに振り込んでくれました。
本当にありがたくて、感謝とほっとした安堵感で涙が止まりませんでした。
不安から行動しても、”安心”にはならない
そんなどん底になるまで、ずっと、「この状況をなんとかしなくちゃ」と思っていました。
できないことを頑張ってやろうとして、頑張ればなんとかなる!と思っていました。
それこそ旧時代の幻想です。
我々は「しんどい」を悪とする。
苦行による成長は、旧時代の幻想である。
無職教は、無職さんのメンバーシップです
とはいえ、「苦しくても我慢する」が染み込み過ぎてますから、感覚が麻痺しているので、多少のことでは、”しんどい”とまではいきません。
”それほどでもない”と思ってしまいます。
ちょっと頑張ってうまくいった経験があるのがまた厄介です。
ある程度は、自分でなんとかしようとすることも大事だと思います。
でも、生きていくのに支障が出てしまうくらいまでは、やらなくていいと思います。
ずっと、なんとかしなくちゃ。と思って、セミナー行ってみたり、講座受けてみたりしました。でも、それ全部、不安から行動してました。
不安から行動しても、”安心”にはならないんですよ。
というか、今、ようやくビジネスに対しての抵抗が解けてきて、今なら、努力の方向が間違っていたんだなということがわかります。
しっかり者を降りる
Xを発信ツールとして使ったこともなかったので、コンセプトを考えたこともなかったんですけど、コンセプトを考えている中で、ほんと、わたしには出せるものが何もないなって思いました。
何者でもないわたしが発信しても信ぴょう性のあることなんてないし、だったらもういっその事、学ぶ姿勢でいこうと思いました。
またビジネスやってみようと思ったきっかけは、冒頭で紹介した記事にもありますけど、無職さんと出会ったからです。
でも、実は、無職さんと出会う前に、わたしのいる世界が変わっていたことも大きかったりします。
それは、”外の世界は警戒してないとわたしに危害を加えてくる”という信念から解放されたこと。
それまでは、完全に受け身でした。なんてったって危険ですから、外の世界は。
まずは、様子を見る必要がありました。新しい環境に入った時は、とにかく、この人はどういう人なのか、観察をして、わたしにとって安全かそうでないか、安全な存在として関わるにはどんな風にコミュニケーションを取るのが最善か、そういうことにエネルギーを注いでようやく、快適にやりとりができる状況になります。
おかげで、人間関係のトラブルはほとんどないことは救いです。
それがです、“外の世界は安全な世界“になったんです。そこから、自分から飛び込んでも大丈夫になりました。まだ、ちょっとドキドキすることもありますけどね。
だから、もうしっかり者は降りて、助けてもらおう。って思えたんです。
おそらくみんなわたしより若いだろうけど、助けてもらおう。って思いました。
なので、助けてください。
もちろん、もし、わたしにできることであなたのお役に立てるなら、喜んで力になります。
って、何ができるか分からないと頼みようもないですよね。
【今のところ思い浮かぶできること】
・瞑想
・話を聞いて寄り添う
・問いを立てる
・感じたことを伝える
・感情を客観的にみる
・動画の切り抜き編集
・お花の写真を撮る
・写真に文字をのせる
・短歌を詠む
・梅干し作る
・梅の甘露煮作る
・味噌を作る
・一般的な事務仕事
・家庭料理
・そば粉でお菓子を作る
・愛を送る
・応援する
ということで、成果が出るのはいつになるかわからないけど、今は、わたしはわたしのペースでコツコツ積み上げてみて、その先にどんな世界が広がるのかをみてみたいという感じでいます。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
これも助けてもらうひとつなのですが、もし、ちょっとでもなにかしらの心が動いたところがあったなら、スキいただけたら嬉しいです!もちろん、コメントも嬉しいです!
あなたの応援がとっても励みになります。
遅くはなってしまうかもしれませんが、いただいたコメントには、必ずお返事しますし、記事も見にいかせていただきます。
先日、わたしの記事にコメントをいただいて、そのコメントに返信したら、「そのコメントに愛がこもっていてほかの記事も読みたくなって」とほかの記事も読んでくださった方がいらっしゃいました。しかも、その記事にチップもいただいた上に、紹介もしてくださいました。こたらさんです。
こういうあったかいやり取りができることが嬉しいです。
こたらさん、ありがとうございます。
ちょっと時間かかっちゃうかもしれませんが、このことも記事にしたいと思っています。
もし、あなたの心に響く何かがあったなら、これからも応援していただけると嬉しいです🙇
追伸:
なんで、外の世界が”安全な世界”になったのかは、また別の機会にしますね。
