クララの映画考察⑯ 「関心領域」 【ヘス一家と、わたしたち現代人】
今さらながら「関心領域」。内容はもう知っていて、観た人の感想もいくらか聞いた上です。「淡々と最後まで壁のこっち側の暮らしだけが映って終わった」とか「アウシュビッツ収容所の悲惨さを音だけで表現しているのが逆に怖いらしい」というような感想。
ナチスによるユダヤ人迫害を題材にした映画は「シンドラーのリスト」「ライフイズビューティフル」、子どもの頃観たアニメ映画で「アンネの日記」を見たくらい。映画には現実逃避と笑い(ホラー含)を求めるわたしは、普段あまり実話を元にしたものや歴史物は見ないので、この種の映画を語れるほどではありません。
数少ない過去鑑賞作品と、さらに表現が幼くてなんだか申し訳ないのですが、ホロコーストを題材にした過去の有名作品に共通しているのは、「ユダヤ人視点に立っていること」で、彼らが受けた迫害がいかに残酷なものだったかが焦点。「ライフイズビューティフル」はその悲惨さの中にも愛とユーモアも持ち続けた人間の姿が描かれていたように思いますけども(随分前に見たので違ったらごめんね)。
「関心領域」は、今までの視点とは全く逆方向。
★「ナチス側」の、さらに軍人たちではなく「その家族」の、さらにさらに「日々の暮らし」を描いてみせるというチョーー新しい視点!!
であることに気づいてある意味感動した。逆に残虐シーンは1ミリもないの。音だけ。
映画で描かれるのは、淡々と進む、彼らの暮らし。
収容所の所長をしているヘスと、裕福な暮らしをするその家族。夫人こだわりの庭、DIYペイント壁、ご近所さんの話、実はうまくいってない夫婦関係など、壁の向こう側で起きていることより、日々の暮らし(と問題ごと)の方が、この人たちにとっては大ごとなんですよね。
-------------------
注目したいのは、ラストシーンです。
急に繋がる「現代」。
博物館となった現代のアウシュビッツ収容所の様子が急に映されます。迫害を受けたユダヤ人のボロボロの大量の靴、服などが展示され、その館内を職員さんたちが掃除する映像です。箒ではき、掃除機をかけ、ガラスの壁を拭きます。
このラストシーンで思ったんですよ。
ヘス一家って、この館内を掃除してる人たちと同じなんですよ。館内を掃除している人って、🟰現代に生きている、わたしたちのことであります。
わたしたちは今、保存や記録に頼れば、博物館記念館を訪れれば、過去の残酷な事実に触れることができる。何が起きたか知ってて見てる。でもそれって、いくら知っても、どれだけ胸を痛めても、どこまで行ってもガラス一枚隔てたものなのだと思う。その本当の痛み、叫びを実感することはできないんですよね。当たり前だけど想像するしかない。(だからといって、知ること考えることを放棄してもいいと言いたいわけではないです。)
これはある意味で、ヘス一家も同じことだと思うんです。
壁の向こうでとんでもないことが起こっているのですが、壁一枚挟んで全然リアリティがないんですよ。ドイツ人の一般家庭に、こういう人もたくさんいたのではないかと思うわけです。※逆にこの状況にちゃんとおかしいと感じる人もいて。例えば映画の中のりんごの少女一家、それから、ヘス邸からすぐに出ていってしまう夫人の母親などです。
ユダヤ人に対する嫌悪を時々口にするんだけど、それも実感は伴ってないんですよ多分。「そうだから、そうなんだ」っていう、出所の分からない憎しみの伝播、みたいな。
これって「進撃の巨人」のマーレ人によるエルディア人への迫害と全くおんなじですよ。
ここまで考えて再び映画を見ると、このヘス一家とかヘス夫人を、ひどいとか、残酷だとか、思えなくなってくるんですよ。
戦争って、なんで起こっちゃうんだろう。
--------------------
ラストシーンのヘスの「オエっ」(吐きそうになる)ですが。あれ、アウシュビッツの家に帰ることになった後のことじゃないですか。
「アウシュビッツ収容所が潜在意識下では辛かったからじゃない?」
って、うちの母は言ってたんですけど、そうじゃなかったら逆におもしろいなって思う。
わたしが思うに
ヘスは単に家に帰るのが嫌になっちゃってるっていう予想。
だって、実は夫人とうまくいってないじゃないですか…夫人は電話もスーパー塩対応じゃないですか。愛はないんですよ。
ヘスは家に帰りたくないサラリーマンのオヤジなんっすよ。
わかんないけどね。笑
※こちらも読まれています↓
ありがとうございました🥰

いいなと思ったら応援しよう!
応援よろしくお願いします!!
