「傷は癒すものではなく、塞ぐもの。」~吉本ユータヌキ先生の自伝エッセイ漫画で感じた、傷つきながら生きる教訓~
「漫画家やめたい」と追い込まれた心が雑談で救われていく1年間
吉本ユータヌキ著
「明日死のうと思ってたのに」「まるねこププと」などの話題書を次々と刊行する注目の作家、吉本ユータヌキ先生の新作を購入した。
noteさんの読書感想文コンテストが開催されるより前に読了済みであったが、今回の機会のために、改めて本書「漫画家やめたいと追い込まれた心が雑談で救われていく1年間」を再読した。
本書は、漫画家の吉本先生が辿ってきた、幼少期から成人になるまでの半生を内省的につづった日記ブログのような文章と、漫画で描かれる「コーチングのプロと出会ってからの、自分を取り戻す1年間」の活動記録が同軸となって展開されていく。
吉本先生が、自らの過去を肯定できるまでには至らなくとも、やり過ごしていくメンタルコントロールを身につけられた背景には、相手の心理を的確にキャッチしてくれる『コーチング』の手法によるものが大きいと感じた。
これは一般的なカウンセリングとは違うものであり、前者が医学的に相手の心の傷やトラウマを治癒する目的で取り組むのに対し、コーチングはあくまで「気軽に、楽しくお話ししましょう」というスタンスである。
世間話でもいいし、愚痴も聞いてくれるし、楽しい話題があったらいくらでも話し相手になってくれる。よりフレンドリーな会話方法を取ったのがコーチングなのだろう。
もちろん、その上で最終的に「相手が何を望んでいるのか」「相手は、この先どんなことをやりたいと思っているのか」を聞き出して、軌道修正をしていく。
言うなれば、話術のプロだろうか?
コーチングという職は、実は物書き業を行う職種の方々にとって、かなり必要とされる存在だと、近年、私は実感する。
「物作り」「物書き」は、基本的に孤独だ。
そして、血反吐を吐く思いで作り上げた作品を「このままでは世に出せない」などの指摘を食らい、果てには「つまらない」「どこがいいのかわからない」などと、第三者に酷評されたりする。
物書きである以上、物を作り上げることには、想像を絶する試行錯誤と苦しみ、そして痛みが伴う。
言うなれば苦行だ。
そんな思いをしてまで、物作りに携わる方々の「作らなければいけなかった業」を、物を作らない側の人たちは、理解することができない。
必然的に、創作家は世の中に一人きりで立っているような感覚が芽生えてしまう。
吉本先生の独白シーンで、もっとも刺さったフレーズがある。
「自作品を人に見せるのが怖い。酷評されたら立ち直れない」
この堂々巡りの感情に支配されていたのは、私だけではなかったのだと、少し心が慰められた言葉だった。
『評価が怖い』――いったんそのループに入ってしまうと、先に見えるのは地獄の底なし沼である。
見せるのが怖いから書けなくなる。書けないから作品は生まれることがなく、貯金と時間は消える一方……。
悪循環を断ち切ってくれたのは、人から勧められた「コーチング」だった。
吉本先生に「コーチング」が最適だった理由は、医療機関のような、心の傷を深く思い出させるような深刻さではなく、「雑談」というフレンドリーさで先生との距離を縮めていってくれた、その間合いの取り方が互いにマッチしたからだと思う。
相性のいいパートナーに巡り会えるかどうかは、大事だ。
吉本先生が育った環境は、家庭の状況的にアットホームとは言い難く、学校でもつらい思いをされた方で、それでも先生ご自身が見つけ出した「過去をどう思うかは、今からでも変えられる」という気づきは、現状況に苦しんでいる方々にもヒントとなり得そうな格言だった。
人を失う哀しみ。人とわかりあえない哀しみ。報われない哀しみ。
人生に哀しみが常につきまとう、私たちの一生。
けれど、そういったことも誰かとの他愛のない話――すなわち「雑談」によって、ほんの一部だけでも共有できたら、心は軽くなるのかもしれない。
生きる上で、誰もが経験する「傷」や「痛み」を、無理に癒すことなく、そのままで生き抜いていくことを肯定する。
その一助になると思わせてくれた漫画エッセイ本でした。
この本を読んでよかった。
吉本先生、ありがとうございます。
作 彩野リン
令和七年十月五日日曜日。
