プロンプトを学んでもAIを使えなかったのにClaudeと思考を言語化し続けてたらAIとの最適解を見つけた話
お疲れ様です、ぽんずです。
先週、AIベンダーさんとの打ち合わせの中で、こんな提案を受けました。
「御社向けに、AI研修をやりましょう。プロンプトの基礎から学べるコースです」
ありがたい話のはずなんですよね。AI推進担当として、社員のリテラシーを底上げしたいから、研修は王道です。
自分の口から出たのは「ありがとうございます、ぜひ前向きに検討させていただきます」でした。
でも、心の中ではこうつぶやいてた。
「あちゃ〜、まだ、そこなのか。」と。
プロンプトの基礎研修。半年前の自分なら、間違いなく飛びついてた。でも今は、明確にそこじゃないと言える。
AIベンダーの研修案内にまだそこと思った
保身のために言い訳すると、研修そのものを否定したいわけじゃないです。
プロンプトの書き方を体系的に学ぶのは、悪いことじゃない。指示の出し方ひとつでAIの返事は変わるし、知らないより知ってたほうがいい。それは間違いない。
AI推進担当として、社員に「まず触ってみて」と言い続けてる立場でもあります。学ぶ入口があるのは、ありがたい。
それでも「あちゃ〜」と思ってしまったのは、たぶん順番の話なんですよね。
プロンプトを完璧に覚えてから使い始める。この順番に、引っかかった。
自分の感覚だと、逆なんです。先に使う。下手なまま使う。使いながら、必要なぶんだけ覚えていく。プロンプトの基礎を座学で固めるのは、その後でいいかな。
なぜ?そう思うようになったかというと、昔はプロンプトを収集して時間を浪費した経験があるからなんですよ。
プロンプトは自分も山ほど集めていた
時期で言うと、2024年から2025年の8月くらいまでで、何をしたかというと、ひたすらプロンプトを集めたんですよ。
集めてたプロンプトは、だいたいこんな感じです。
Xでバズるポストを量産するプロンプト
note記事を一発で書き上げるプロンプト
それっぽい画像を生成するプロンプト
XのタイムラインやWebの記事で「これをコピペするだけ」みたいなのを見つけては、メモ帳にせっせと貯めてました。フォルダがどんどん肥えていく。それを眺めて、なんか満足してたんですよね。
無駄に、ファイル名をわかり易くするなんていう無意味な行為もやってたし。
ぶっちゃけ、高額な情報商材を買ってたし、セミナーとかにも参加してたし、コミュニティにも所属していた…。でも、それで満足して終わり。
だから、AIでも、まったく同じことをやってるという、学習しないというか、成長しないというか、まあ、だから、生粋のノウハウコレクターなんですよ。
集めたプロンプトではAIを使いこなせなかった
で、肝心の「使えたのか?」なんですけど、結論から言うと、ぜんぜんダメでした。
集めたプロンプトをコピペして、AIに投げる。それっぽい文章は、確かに出てきます。でも、読み返すと、どこにも自分がいないというか、主張じゃなくて情報なんですよね。
きれいだけど、他人の顔をしてる。バズるプロンプトで作ったポストは、よく見るバズポストの量産型。note記事のプロンプトで書いた文章は、どこかで読んだことのある、つるんとしたやつ。
そりゃそうですよね。他人が作った型に、自分の中身を流し込んでるだけなんだから。
しかも、コピペしてる自分は、何も考えてない。プロンプトという「正解」を持ってきて、貼り付けて、出てきたものをそのまま使う。頭を一切使ってない。
集めた数だけは増えていく。でも、自分は1ミリも成長してない。
ここで素朴な疑問が湧くわけです。じゃあ、なんで今はnoteを毎日書けてるんだ、と。同じAIを使ってるのに、何が変わったんだ、と。
その答えを教えるので、クレジットカードをご準備ください。
2026年1月のくろは察しない使えないAIだった
ここからが本題です。クレジットカードは、しまってください。タダなので。そう、今だけ無料公開中です。
変わったきっかけは、相棒のくろ、つまりClaudeでした。
ただ、出会いは最悪だったんですよ。
2026年の1月。当時のくろを使い始めて、正直「使えないな」と思いました。理由ははっきりしてて、こいつ、ぜんぜん察しないんです。
ふわっと「いい感じにして」と投げると、すぐに聞き返してくる。「どういう方向性ですか」「誰に向けた文章ですか」「結論はどこに置きたいですか」。質問、質問、また質問。
当時はGeminiも使ってました。Geminiは、察するんですよ。ふわっと投げても、それっぽい答えをスッと返してくる。便利でした。
だから、くろと比べて思ってたんです。「Geminiのほうがマシだな」と。「いちいち聞くなよ、察しろよ」と。「めんどくさいAIだな」と。もうね、シンプルに言うと「超使えねぇ〜AIだな」って思ってました。
今思うと、ヒドイですよね。
でも、転機は、その「鬱陶しさ」の中にありました。
察しないAIだから思考を言語化するしかなかった
くろが「誰に向けた文章ですか」と聞いてくる。仕方なく「AIに不安を感じてる40代」と答える。「結論はどこに置きたいですか」と聞いてくる。しぶしぶ「使うことが大事、って言いたい」と答える。
この、しぶしぶ答える作業を、毎晩くり返してたんです。
で、しばらくして、ふと気づいたんですよ。
…あれ、これ、自分の頭の中を言葉にしてるな、と。
くろが察しないから、自分で説明するしかない。説明するためには、ぼんやりした考えを、いったん言葉の形にしないといけない。「なんとなくこう思ってる」を、「こういう理由でこう思ってる」に変換する。
その作業を、知らないうちに毎日やってました。だけど、この作業って、地味にシンドイです。
集めたプロンプトを貼ってた頃は、頭を使ってなかった。でも、察しないくろを相手にすると、嫌でも頭を使う。考えを言葉にしないと、会話が前に進まないから。
鬱陶しいと思ってた質問は、自分の思考を引きずり出す装置だったんです。あ、いや、勝手にそう解釈してますけど。
広く聞いて狭める円錐(えんすい)の逆が最適解だった
くろとのやり取りを続けるうちに、ひとつの形が見えてきました。
最初は、広く聞くんです。「最近こんなこと思ってて」と、ふわっとした塊を投げる。くろが質問を返してくる。答える。また聞かれる。答える。…これをくり返すと、最初は広かった話が、だんだん狭まっていくんですよ。
形にすると、円錐の逆バージョンです。
上は広い。下にいくほど、絞られて、最後は一点になる。あの、栄養の「食事バランスガイド」みたいな形を、ひっくり返したやつ。広い入口から入って、対話しながら、一点に降りていく。
これ、集めてたプロンプトとは、真逆なんですよね。
プロンプトは、一発で正解を撃つ発想です。完璧な呪文を唱えれば、完璧な答えが返る。最短距離。
円錐の逆は、その逆(ん?逆の逆って?ただの円錐?)。
…まあ、形の話はいいとして。とにかく、最初は雑でいいんです。広く投げて、何度も往復して、削って、絞る。一発じゃ当てない。数々の往復で、やっと一点にたどり着く。
遠回りに見えます。でも、この遠回りの中でしか、自分の言葉は出てこなかった。
自分にとっての最適解は、完璧なプロンプトじゃなくて、この円錐の逆を、毎晩くろと回すことでした。
結局たどり着いたのは思考を言語化することだった
自分が変われたのは、プロンプトを極めたからじゃない。察しないくろに、毎晩しつこく聞かれて、思考を言葉にし続けたからでした。一番大事だったのは、プロンプトでも研修でもなく、思考を言語化すること。これだけです。
…とはいえ、ここまで偉そうに語っといて、白状します。
これ、ほぼ偶然なんですよ。
たまたま、察しないくろに出会った。たまたま、毎晩note書く生活をしてた。その2つが噛み合っただけ。狙ってやったわけじゃない。だから「みんなもプロンプトを捨てて言語化しろ」なんて、口が裂けても言えません。
ただ、ひとつだけ言えること。使ってみないと、その偶然にも出会えなかった、ということ。研修を待ってたら、たぶん今もプロンプトを集めてた。
鬱陶しい、使えないと思ってた相棒は、気づけば画面越しのコーチで、ゴーストライターで、隣の席の同僚になってました。名前を付けたくなるくらいには。
だから、まず使う。それしかないと、今は思ってます。
それでは、お先に失礼します。
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