イタリアンをまとう「アルファロメオ 155 Q4」 スピードマスターと細長い腕を絡めて。
俺は今、首都高環状線をひと回りしてから、汐留のイタリア街へと降り立った。助手席に高松から来た初見のレディを乗せて。焼けたブレーキの匂いと、吹き抜けの空間に反響する野太い排気音に酔いしれるも、石畳の不規則な突き上げをいなしながらの徐行で、強化クラッチに手こずりエンストしかける。鼻歌で誤魔化した。チラリと目をやった腕元のオメガ・スピードマスターが、レストランの予約時間へ余裕を指し示す。
今回の相棒は、アルファロメオ155 Q4。 セダンでありながらイタリアンスポーツを体現したウエッジシェイプのプロポーションには惚れ惚れする。
どうりで。そのラインを引いたのは、エルコーレ・スパーダ。ジウジアーロやガンディーニと比肩するが、表舞台を好まず、ザガートの工房で造形美を生み出してきた、知る人ぞ知る名匠だ。
このマシンを手に入れたのは、あるレーサーの活躍に感化された面が大きい。
アレッサンドロ・ナニーニ。
ラリードライバーでも通用するとF1に乗り込み、面白いほどに活躍を見せた異才だ。それだけでも魅力的だが、F1で活躍中にヘリの事故で右腕切断の危機に瀕しながら、不屈の精神でレース復帰を果たした生き様には惚れ込む。
事故直後の救急車で「俺が運転しようか」と冗談を飛ばしたという強靭なユーモア。
特にF1を退いた後、欧州のツーリングカー選手権におけるアルファロメオ155での勇姿は圧巻だった。

ナニーニへのオマージュとして、信頼するメカニックに心臓部を預け、徹底的なオーバーホールを施した。右足に伝わる出力の粒立ちは、ランチア・デルタ譲りのレーシーさを取り戻している。普段はオリジナルを尊重する俺だが、この相棒は格別だ。併せて強化クラッチとブレーキも入れた。四駆ながらクイックなハンドリングはQ4の醍醐味だが、乗り心地は硬めだ。
時計は、ナニーニの不屈の系譜にモデル名からしてふさわしい「スピードマスター・レーシング」を。マニュアルのみで構成された155の無骨なインパネと、スピマス特有の緻密なクロノグラフの配列が、車内に伊達な空気を作り出す。

今回のレディとは、例のモンテカルロの風を吹かせた愛媛の彼女からの紹介だった。出張先の東京における俺とのランデブーを幼馴染に話したところ、余程興味を持たれたらしい。広告代理店の彼女から俺を男性ファッション誌から飛び出した様な男とでも喧伝されたのかも知れない。レディの写真も見ずに飛行機を手配し、東京まで来てもらった。
夕方の羽田空港。彼女は地方では目立つであろう長身だ。女性が女友達を紹介する時は、自分の引き立て役を連れてくるのが相場だが、例外もあるものだ。彼女も期待に叶ったのだろうか、なにやら俺の自信に満ちた佇まいに納得した表情で俺を見つめてから、慣れないスポーツシートに身を沈めた。
「まずは、夕暮れの東京を見物しよう」 離着陸のGを身体が覚えている内に、俺の「スピードマスター」ペースに慣らそうと、早々に首都高へ滑り込ませた。助手席の彼女は少し吐息をつきながら、「容赦のない、情熱って彼女(幼馴染)が言っていたのが、少し分かった気がするわ」と、その言葉に、黙って微笑みを返した。
ナニーニは引退後、家業を継いで世界にカフェを展開した。その一つ、汐留のイタリア街にある彼の名を冠したリストランテが今夜の舞台に選んだ。 「実は、さっき話したレーサーの店なんだ」 短く告げ、店内の柔らかな光の中へ彼女を案内した。
テーブルを挟み、彼女は東京が初めてであることや、田舎特有の保守的な空気について語り始めた。 「だから、今夜のこの非日常が嬉しいわ」 緊張が解けたのか、彼女の顔がわずかに近づく。
俺が用意した気障なイタリアンパッケージを、彼女は自らの意志で楽しんでいるようだった。
アルファレッドのワインと料理を堪能し、席を立つ。上気した顔の彼女が、自然に俺の腕に手を添えた。 同じ街区に取っておいたホテルへ向かい、夜の静寂を二人で歩き出した。

