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愛しか感じたくもない〜自問自答ファッション教室に行ってきたよ

行ってきました、自問自答ファッション教室。

時系列で書きかけたらとんでもないボリュームになったので、ガツンと気づかされたことに絞って振り返っていきます(それでも5,000字)。

「コンセプト」の勘違い

思えば長らく「コンセプト」について拗らせていた。「なりたい」私を設定するって、今現在の自分以外の何者かになるってこと? じゃあ、今ここにいる私は一体どう扱ったらいいの? なんてごちゃごちゃ考えて、ファーストコンセプトを掲げる前に大上段に振りかぶって、こんな記事を書いたくらいだ。

教室を終えた今、思う。お前、構えすぎだよwww。なにも人生かけた決断をしようって話じゃないのよ、(誤解を恐れずに言えば)「たかが」コンセプトなんだよ。ファッションを選ぶために何か設定を置いてみようねって話なのよ! それをいちいち重く受け止めすぎなんだっての! …いや、これ、私だけかもしれんけど本当に目から鱗だった。

けれどだからと言って、決して「ごっこ遊び」とか「コスプレ」とかではないのが自問自答ファッションの奥深いところ。これはあくまで私の理解だけど、コンセプトとは「私のことを他の人に伝えようとした時に一番しっくりくる・得意な方法は何かをコンパクトに表現してみましょう」ということ。それはつまり、私の世界との関わり方。そうか、だから職業を置くケースが多いのか、と合点がいった。

そういうことなら話は早い。私にとってそれは、紛れもなく「書くこと」だ。私は私の内面を掘るために書くことが好きだし、それを人に読んでもらうのが好きだ。自分の思いを外側に出す手段として、話したり歌ったり踊ったり奏でたりするより書く方が好きだし、得意。

私はただの会社員だし、これからも趣味で色々なことに手を出してみるつもりだけど、書くことだけはきっとずっとやめない気がする。むしろ、体験した全てを文章に書き起こさないと気が済まないと思う。その状態を一言で表現しようとするなら、「文筆家」でいいんじゃないか? それは別に、今すぐ会社員をやめて文筆家を名乗りましょう、とかそういうことではない。単純に、そのつもりでファッションを考えてみたらどうなるかな? という実験。

コンセプトを持つことでイメージが湧いてきて、楽しく試行錯誤しながらファッションを選んで、それで感じたことを実際に書き起こして。それを続けてみたら、何かちょっと、いや、けっこう面白いことが起きそうじゃない?

こんな感じで、すっとーーーーんと肩の力が抜けた。

それは愛だ

キーワード探しも目から鱗で、「なりたい」「好き」「似合う」って、そうやって仕分けるのね! とめちゃくちゃスッキリした(方法がわかってスッキリしただけですんなり仕分けられたという意味ではない)。

詳しく書くのは控えるけれど、意外と「欄外」があるのがポイントだと思った。自分一人でやろうとすると、そもそも自分の心に引っかかるワードしか目に入らないから「欄外」の言葉を思いつけない。自分で想定できる以上のたくさんの言葉が並べられていたおかげで、自分の心のグラデーションに気づけたと思う。

最終的に私が残したのは「色気(なりたい)」「デザイン(好き)」「洗練(なりたい)」。だけどこの3つをずらずらとコンセプトに書くのは気が進まなかった。もっとガツンとハマる単語が何かあるような気がしたから。特に「色気」と「洗練」は根底で何かが通じ合っている気がする。そう言ったら、あきやさんとみんなに不思議な顔をされた。自分でも何のこっちゃよくわからない。

けれど10分後、噂のあきや神があっさりその単語を炙り出してしまった。

「毎週5億円あげます。才能もあげます。…あっそうだ、それからここは平和な世界です。飢えてる人も泣いてる人もいません」

あきや神がそう言った瞬間、私は内心めちゃくちゃ焦った。

実は教室前、あり余る金と才能で何をしたいかふんわり考えた結果、私は「戦争をなくしたい」に行きついていた。小学生の頃は本気で「どうして大人たちは国が違うからって相手を思いやれないんだろう?」と考えていたし、戦争をなくすために私ができることは「国際機関の職員になる」一択だと思い込んでいた。だけど結局その道を諦めた頃から、私はいつしか子どもの頃の思いを自分でバカにするようになった。何を寝ぼけたこと言ってんだ、この現実世界でわざわざ他国を利するような国があるわけないじゃないか、と。

閑話休題。ここはすでに戦争のない世界。だったら、何をするかな。

結局、あんまりうまく答えられなかった。だけど、「争いのない世界を見たい」とは繰り返し言ったと思う。それと、ライフワークは「書くこと」で、読んだ人には「愛に溢れてほしい」という答えはするりと出てきた。そうしたらあきやさんが私の目をじっと見て一言、確信に満ちた声音で言ったのだ。


「ぽたまる様は、愛ですね」


愛。そうか、「戦争をなくしたい」は、私なりの愛の一形態なのか。

…って。ああーーーーーっ!!!!!


「色気」と「洗練」は、どちらも「愛」だ。


私は「色気」と「セクシー」は全く別物だと思っていて、キーワード探しでも「セクシー」は違和感ボックスに放り込んだくらいだ。待てそこはツッコミどころだ、とあきやさんに理由を聞かれて「色気は生命力だから」と答えたのだけど、それはかなりの糖衣アンサーだったと気がついた。

色気とは私にとって、イコール愛だ。そして洗練とは、愛を持って何かを選び抜くこと。だから、両者に通じているのは愛。


そんなこんなで生まれたコンセプトは、「湘南 愛の文筆家」

…そこはかとなくダサいのは承知の上です。なんかうまいことカッコイイの思いついたらバージョン上げるから、そこは見逃してください。

だって、文筆家と愛をつなげるのは、もう、そうするしかないんだもの。「湘南」は、私がアツく湘南愛を語ったのを受けて、さらりとあきやさんに入れられた。え、それいる? と一瞬思ったけど、「湘南」がないと「愛の文筆家」って何だか概念じみてぼんやりしてしまう。「湘南」を足すと途端に人物のイメージが湧くもんだから、つけた方が何か先に進む気がする。やっぱりあきやさんて、すごい。

イメージが湧いてくるのは、まさに「好き」の力だと思う。生まれも育ちも縁のない移住組だしサーファーでもないのだけれど、私は今住んでいる湘南という土地が本当に好きだ。カラッと開けた土地と人が大好きだし、空と海の青さはいつまでも眺めていられるし、海風のおかげで空気が澱まないところも最高。毎週5億円あってどこでも行けると言われても、私は湘南で暮らしたい。


振り返るとファーストコンセプトの「人生を遊ぶ反逆者」は、私に多くの気づきをもたらしてくれたし、特に「人生を遊ぶ」はこれからも大事にしたい言葉だ。だけどこの記事で書いた通り、このコンセプトは「なりたい」とか「ありたい」ではなくて、「私そのもの」。今の私を収めるのにぴったりな「箱」という感じなのだ。

シン・コンセプトを思い切って「文筆家」にしてみたら、今この場所から未来に向かって少し線が伸びたような気がする。そこに私が一番大切にしたい価値観と、大好きな場所の映像をトッピングしたら…うん、なんかちょっとワクワクしてきた。そう、たぶん、このワクワク感が大事なんだと思う。

他人の靴を履く

おすすめブランド一覧のコーナーでは、あきやさんが「ぽたまる様はびっくり試着しましょう!」と言いながらサクサクとマーカーを引いていった。そのラインナップを見た私は、思わず呻いてしまった。

…こ、巧妙に避けてきたやつばっかり…!

つい先日、お伊勢丹で出会っているにも関わらず圧倒されてスルーしてしまった、ジミーチュウ・セルジオロッシ・クリスチャンルブタン・マノロブラニクがさらさらとマーカーで浮かび上がっていく。

そう。私、比較検討が大事とかトライアンドエラーするしかないとか言っといて、思いっきり試着するブランドやテイストが偏っていた。レディ、苦手。セクシー、無理。ガーリー、縁がない。…痛いところを突かれたな。壮大なブーメラン。

ここでやっぱり、私の思う「色気」って何? 問題が浮かび上がってくる。「色気」はコンセプトに選ぶくらい「なりたい」なのに、どうしてそんなに「モテ」「セクシー」からは距離を置こうとするんだろう。

だからこそのびっくり試着だ、とあきやさんは言う。服を着てみると自分の心が動くから、と。やっぱり無理、違う!ってなるかもしれないし、どこかに忘れていた気持ちを見つけるかもしれない。その結果何かが走り出すかもしれないし、もしかしたら10年後なら着たい・着られる服が見つかるかもしれない。

それを聞いた瞬間、閃いた。

もしかして、あきやさんがあらゆる人に心から優しいのは、何万着という途方もない数の服を着てきたからなんじゃないか。試着なら、自分とは真逆のタイプの人の服だって実際に着てみることができる。その時どんな気持ちになるか、その服を着た自分がどんな風に見えるのか、想像するだけじゃなくて体感できるから、自分と真逆の人のあり方を心の底から実感できるのかもしれない。

試着ってもしかして、文字通り、「他人の靴を履く」ってことなんじゃないか。

だったら私も着てみよう、着てみたいと思った。今まで避けて通ってきた、自分に似合うわけがないと思った服。たとえば、眩く輝く1歩も歩けなそうな12cmヒールの靴。それから、ラブリーでキュートでガーリーな服。…あ、いや、とりあえずまずはピンクのバッグから持ってみる、とかでもいいかな…。

その経験は、お嬢ちゃんがリボンとレースてんこ盛りのお姫様ルックをしたいと言ってきた日にも役に立つ、とも言われて腹を括った。娘のキラキラした瞳に向かって「何それどこがいいの?」って言うより、「ああそれお母さんも着たことあるよ、かーわいいよねー」って言えた方がいいじゃない?

ね、なかまちさん

それに文筆家って、きっと経験値広げるためにいろんな行動するよね。突拍子もないことしてみたり、知らない景色を見に行ったり。だったら知らない服を着てみるってのも、その一環なんじゃない? 後からそう気がついて、おお、これがコンセプトね!となった。

憧れの人、なりたい人問題

ここまでで十分お腹いっぱい、脳がとっくに限界を迎えていたのだけど、最大のミサイルは教室ラストに飛んできた。

キーワードを体現する憧れの人をYAZAWAとして心に住まわせよう、という話。私にとって「色気」「デザイン」「洗練」ときたら、藤井風しかいない。藤井風は色気がヒトの姿をしているとしか思えないし、彼の音楽は洗練そのものだし、チーム風の生み出す作品は私の琴線に触れるデザインだ。

だけど、彼はあくまで推しであって、私は彼のようになりたいとは思っていないし、憧れというのとも違う。だから、推しのやっていることをやってみましょう、と言われるとなぜ? と思ってしまう。

そうあきやさんに言ってみると、驚きの回答があった。

「ぽたまる様はさっき、自分のことを100%好きになるためには、何か新しいことをやる必要があるとおっしゃっていましたね?(教室前半で、今の自分の好き度とそれを上げるためにどうしたらいいと思うかを聞かれ、答えていた)じゃあ、詞を書いてみましょうか。確か藤井風さん、作詞もしてましたよね?」

…へっ?

作詞? 私が? なんで?

鳩が豆鉄砲どころではない。急にミサイルを食らって大混乱に陥りながら会話を進めていくと、少しずつあきやさんの意図が見えてきた。

あきやさんは、推しのコピーになれなんて一言も言っていない。おそらく言いたいのは、それだけ大好きなら彼の人となりだけじゃなくて、やっていることにも心のどこかで共鳴しているんじゃない? ってことだ。私が推しと同じことやるなんて、別にやりたくない or 絶対無理、とか言いながら、それこそが眠っている興味のタネなんじゃない? と。


…そういえば私、韻とか、ちょっと憧れてたんだよね。風くんみたいにぴったりの英訳付けて、しかも英語でも韻を踏むとか、超難しそうだけど興味ある。それに、こうして長い文章はいくらでも書けるけど、バシッと短いのに心に響くフレーズを作るって未知の世界。

…って、あれ? 面白そうって思っちゃってるよ、私。


どうやら、文筆家は作詞も手がける模様です…。

(どうやるかは知らない! ここに書くかも迷ったけど、書いちゃったよ!)

感謝とこれから

ここに書ききれなかった気づきもバカスカあって、やりたいことがめちゃくちゃ出てきた。とりあえずnoteネタになりそうなものだけ忘れないうちに書いておく。

  • びっくり試着、セクシー編

  • びっくり試着、ラブリー&ガーリー編

  • 「色気」の深掘り

  • 「反骨」と「戦い」の深掘り

教室は本当にあたたかくて濃くて濃くて濃い空間でした。脳が途中からぼんやりしていたけど、気づきの量的にはあと3時間くらい話していたかった(無理や)。

あきやさん、本当にありがとうございました。またお会いしましょう!

ご一緒させていただいたガールズお3方は全員、内に秘めた強い強い芯がキラキラと眩しい輝きを放っていました。みなさんのコンセプトが具現化していく過程をこれからずっと見ていたい! いつか同窓会とかできたら嬉しいです。これからもよろしくお願いします!






〜後日談集〜

ここからまずガーリー試着旅に出かけ、

セクシーなお靴を試着して色気について考えて、

コンサバ服を着ては反骨について考え、

そうこうしていたら、ひょんなところから再びかわいいとセクシーに向き合うことに。

良かったら読んでみてくださいね!


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