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なんでうちの子、手をひらひらさせるんだろう?

手の動きと、見え方の楽しさ


子どもが、手をひらひらさせている。

顔の前で、指を動かす。
光のほうを見ながら、手をちらちら動かす。
うれしそうに、何度も同じ動きをする。

大人から見ると、少し不思議に見えることがあります。

「何をしているんだろう」
「どうしてこの動きが好きなんだろう」
「このまま見ていていいのかな」

そんなふうに迷う場面もあるかもしれません。

でも、手をひらひらさせる動きには、
本人にとっての楽しさや、見えている世界のおもしろさが入っていることがあります。

大人には意味の分からない動きに見えても、
本人の中には、ちゃんと感じているものがあるのかもしれません。

手を動かす感じが楽しいことがある


手をひらひらさせるとき、
本人は「手の動きそのもの」を楽しんでいることがあります。

指が動く感じ。
手首がゆれる感じ。
同じリズムで体に入ってくる感じ。

それが気持ちよくて、何度もくり返していることがあります。

大人から見ると、ただ手を動かしているだけに見える。

でも本人にとっては、
体の中に入ってくる感覚が心地よかったり、
気持ちが高まったときの表し方になっていたりすることがあります。

「落ち着きがない」というより、
体で感じている楽しさが、手の動きとして出ている。

そう見てみると、少し受け取り方が変わります。

見え方の変化がおもしろいことがある



手そのものではなく、
手が動くことで見える景色を楽しんでいることもあります。

指のすき間から見える光。
手が動くことで変わる影。
ちらちら動く景色。

目の前の世界が、手の動きで少し変わる。

その変化が、おもしろいことがあります。

たとえば、明るい窓の前。
テレビや照明の近く。
光が入る部屋。

そういう場所で手をひらひらさせているときは、
手の動きだけでなく、見え方の変化を楽しんでいるのかもしれません。

大人には「同じことをしている」ように見えても、
本人の目には、毎回少し違う景色が入っていることがあります。

気持ちが高まったときに出ることもある


手をひらひらさせる動きは、
楽しいときに出ることがあります。

うれしい。
おもしろい。
わくわくしている。

そういう気持ちが、言葉より先に手の動きとして出ることがあります。

一方で、落ち着きたいときや、
気持ちが大きくなりすぎたときに出ることもあります。

体に入ってくる感覚で、
気持ちを少し整えている姿として見られることがあります。

大切なのは、専門用語を覚えることではありません。

「この動きには、本人なりの感じ方があるのかもしれない」

そう見られることの方が、ずっと大切です。

やりとりの入口になることもある


手をひらひらさせる動きは、
一人だけの世界で楽しんでいるとは限りません。

大人が目の前で同じように手をひらひらさせると、
ぱっと笑う子が
います。

もう一度やってほしそうに見る。
自分もまた手を動かす。
大人の手と、自分の手を見比べる。

そんな場面では、
手の動きが、やりとりの入口になっていることがあります。

言葉で「一緒に遊ぼう」と言わなくても、
同じ動きを見せ合うことで、気持ちがつながったとかんじることがあります。

大人がその動きをまねしたとき、
子どもがうれしそうにするなら、

それはただのくせではなく、
「見て」
「一緒に」
「もう一回」

に近いものを含んでいるのかもしれません。

少し見てみたい手がかり


もちろん、手が顔や目に当たりそうなときや、
歩いている途中で周りが見えにくくなるとき、
人や物にぶつかりそうなときは、安全を先に見ます。

そのうえで、危なくない場面で出ている手の動きは、
本人にとっての楽しさや、感覚を整える手がかりになっていることがあります。

手をひらひらさせる姿を見たとき、
すぐに意味を決めなくても大丈夫です。

まずは、少しだけ場面を見てみる。

目安として、こんなところが手がかりになります。

どんなときに出やすいか。
楽しいとき、待っているとき、疲れているとき、気持ちが高まったとき。

どこで出やすいか。
明るい場所、光や影が見える場所、人の近く、一人でいるとき。

どんな表情をしているか。
笑っているか、集中しているか、少し不安そうか、大人を見ることがあるか。

こうして見ていくと、
「ただ手を動かしている」だけでは見えなかったものが、少し見えてくることがあります。

手を動かす感覚が好きなのかもしれない。
見え方の変化が楽しいのかもしれない。
気持ちが大きくなったときの表し方なのかもしれない。
大人とのやりとりの入口になっているのかもしれない。

どれか一つに決めなくても大丈夫です。

その子によって、日によって、場面によって、
意味が少しずつ違うこともあります。

不思議に見える動きの中にも


手をひらひらさせる姿は、
大人には、少し不思議な動きに見えることがあります。

でも、その動きの中には、
本人にとっての楽しさや、安心や、見え方のおもしろさが入っていることがあります。

大人には分からない動きに見えても、
本人の中には、その子なりの意味があるのかもしれません。

そう見てみるだけでも、
目の前の姿の受け取り方は少し変わります。

「何をしているんだろう」と戸惑ったとき、
すぐに答えを出さなくてもいい。

まずは、

何を感じているのかな。
何が見えているのかな。
どんなときに出るのかな。

そんなふうに見てみる。

それだけでも、
子どもの世界に少し近づく手がかりになることがあります。

少し先の安心につなげるなら

同じように、体の動きや感覚の楽しさを別の角度から見てみたいときは、


の記事も手がかりになります。

回る、ゆれる、手を動かす。

大人には不思議に見える動きの中にも、
本人なりの感じ方や、世界との付き合い方が表れていることがあります。

必要なときに、戻ってこられる見方として置いておきます。

今の気持ちに合うところから、少し先の安心につながっていけたらうれしいです。

この記事は、以下を参考にしています。

繰り返しの動きと感覚の受け取り方に関する発達支援の知見、当事者の方が語る stimming(刺激・感覚を通した自己調整)の経験。

ただし、こうした動きは特定の診断と一対一で結びつくものではありません。この記事では診断の話はしません。動きの奥にあるかもしれない感覚や安心の手がかりとして受け取れるよう整理しました。