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子どもに強く言ってしまったあとで、自分を責めすぎないために

子どもに、強く言ってしまった。
本当は、やさしく声をかけたかった。
でも、何度言っても動かない。

時間は迫っている。
やることは残っている。
こちらの余裕も、少しずつ減っていく。
そして気づいたら、声が強くなっていた。

そんな日があるかもしれません。
あとから、ふっと思い出してしまうことがあります。

「また言ってしまった」
「もっと違う言い方ができたかもしれない」
「この子を不安にさせたかもしれない」

子どもが寝たあと。
少し静かになった部屋で。

昼間の自分の声だけが、心の中で何度も響くことがあります。
でも、その一場面だけで、
自分の関わりを全部否定しなくてもいいのだと思います。

心は、小さな池に少し似ています。



穏やかな日もあります。
同じ出来事が起きても、
「そうだったんだね」と受け止められる日。
でも、ちょっとしたことで水面が揺れる日もあります。

時間がない。
予定がずれる。
声が重なる。
やることが多い。
疲れが残っている。
子どもも、どこか落ち着かない。

ひとつひとつは小さなことでも、
重なると、心の水面は波立ちます。
そして子育ての日常では、
その波が静かになる前に、次のことが起きます。
片づけの途中で、また声がかかる。
ごはんの準備中に、別の困りが起きる。
朝の支度の最中に、予定がずれる。
だから大切なのは、
完全に落ち着く時間を待つことだけではありません。
「今、心の池が波立っている」
そう気づくことです。

怒りや焦りは、気づかないままだと、
そのまま声の強さになって出てしまうことがあります。
でも、

「今、怒っている」
「今、焦っている」
「今、かなり余裕がない」

と名前をつけるだけで、感情との間に少し距離ができます。
これは、ただの気休めではありません。
感情を言葉にすることには、
強い感情の反応をやわらげる働きがあるとされています。
だから、心の池が波立っていると気づくことは、
自分を責めるためではなく、
次の一言を少し選びやすくするための手がかりになります。

イライラを感じたとき、
すぐに正しい言葉を探さなくてもいいのだと思います。

まず、水を一口飲む。
それは、怒りを消すためではありません。
完璧に落ち着くためでもありません。
水を飲むことは、
心を静かにする魔法ではなく、
今の水面を見るための合図です。



コップを持って、口に含んで、飲み込む。
その短い間に、

「今、かなり波が立っている」
「今のまま話すと、声が強くなりそう」
と気づけることがあります。

その数秒だけでも、
怒りの中に飲み込まれていた自分が、
ほんの少しだけ、池のふちに立てることがあります。

「イライラしたら、水を一口」
「水を飲んだら、今の水面を見る」

そんな小さな順番を作っておくと、
怒りのまま言葉が出る前に、
ほんの少しだけ自分に戻る時間ができます。

発達特性のある子の子育てでは、
家庭の中で必要になる調整が多くなりやすいです。

見通しの立てにくさ。
切り替えの難しさ。
予定変更への戸惑い。
感覚の負荷。

その一つひとつに向き合う日々は、
知らないうちに大人の余裕を削っていくことがあります。

実際に、発達特性のある子どもの子育てでは、
保護者の負担が大きくなりやすいことも報告されています。

それは、子どもが悪いという話ではありません。
大人の力不足という話でもありません。
家庭の中で、見えない調整を重ねている時間が多いということです。

子どもが動けなかったのは、
やる気がなかったからではなく、
次に何をすればいいかが見えにくかったのかもしれません。

何度言っても伝わらなかったのは、
聞いていなかったのではなく、
頭の中が別のことでいっぱいだったのかもしれません。

そして、大人の声が強くなったのも、
子どもを大切に思っていなかったからではなく、
時間や疲れや余裕のなさが重なっていたのかもしれません。

誰か一人が悪かった、という話にしなくてもいい。
その日の環境が、少し難しかった。
その日の心の水面が、少し波立ちやすかった。

そう見直すだけで、
自分を責め続けるところから、少しだけ離れやすくなります。

長く説明しなくてもいい。
完璧な言葉にしなくてもいい。

たとえば、あとで短く、
「さっき、声が大きくなったね」
「びっくりしたかもしれないね」
「明日は、先に順番を見えるようにしてみようか」

子どもにとって大事なのは、
いつも波立たない大人がいることだけではなく、
波が立ったあとも、安心できる時間がまたあることなのだと思います。

大人も同じです。
うまくできなかった一場面があっても、
これまで子どもを見てきた時間まで消えるわけではありません。

強い声になった一瞬だけで、
子どもを大切に思っている気持ちまで、
なかったことにはなりません。

ただ、家の中だけでは抱えきれないほど苦しいときは、
一人で何とかしようとしなくていいです。
家族、園や学校、相談先、地域の支援。
誰かと一緒に見てもらうことも、
子どもと自分を守るための大切な手がかりです。

そこまでではない日常の中でも、
ふと自分の声を思い出して苦しくなる日があるなら。

その日を、
「私はだめだった」だけで終わらせなくていいと思います。

今日は、波が立ちやすい条件が重なっていた。
子どもにも、大人にも、見えにくい困りがあった。
だから次は、気合いではなく、環境を少し変えてみる。
朝の声かけを一つ減らす。
やることを先に紙に書く。
できたことを一つだけ見つける。

そんな小さな手がかりで、
次の一言が少し選びやすくなることがあります。

子どもに強く言ってしまった日にも、
その中に残っているものがあります。
どうにかしたいと思っていた気持ち。
子どもを見ようとしていた時間。
次は少し変えたいと願っている自分。
その気持ちまで、なかったことにしなくていい。
明日を完璧に変えなくても大丈夫です。

まずは今日を、
「波が立つくらい、いろいろ重なっていた日」として置いてみる。

そこから見える手がかりが、
次の朝の空気を、少しだけやわらかくしてくれることがあります。

少し先の安心につなげるなら

強く言ってしまった日のあと、
「この子の小さな変化を、どう受け取ればいいんだろう」
と思うことがあれば、こちらの記事も置いておきます。


参考にした研究
感情を言葉にすることには、否定的な感情反応をやわらげる働きがあるとされています。
怒りへの対処では、深呼吸・マインドフルネス・瞑想など、身体の覚醒を下げる活動が怒りなどを下げることが報告されています。
ASDのある子どもの保護者では、育児ストレスが高くなりやすいことを示すメタ分析があります。