戦後81年、本当に今は「戦後」ですか?―被爆3世の私が終戦の日に思うこと―
いつも私とはっぴーお嬢のnoteを読んでくださりありがとうございます。
ナツコ@視覚障害の相談支援専門員です。
今日は、8月15日。
81年前の今日、日本では戦争が終わりました。
「戦後81年」
今年も、ニュースや新聞でこの言葉を何度も耳にします。
でも私は、この「戦後」という言葉を聞くたびに、ずっと心の中に引っかかっていることがあります。
今は、本当に「戦後」なのでしょうか。
もちろん、日本であの戦争が終わってから81年が経ったという意味では、間違いなく戦後です。
でも、世界を見渡せば、今この瞬間にも戦争があります。
爆弾が落ちています。
銃弾が飛び交っています。
昨日まで当たり前に暮らしていた人たちの日常が、一瞬にして壊されています。
だから私は、「戦後81年」という言葉を聞きながら、どうしても思い出してしまう言葉があります。
大好きなおばあちゃんが、何年か前にぽつりと言った言葉です。
「今は“戦後”って言うけど、まるで“戦前”じゃないか。」
私は、この言葉がいつまでも忘れられません。
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🕊️「戦後」ではなく「戦前」なのかもしれない
私は被爆三世です。
私の大切なおばあちゃん2人は、それぞれ広島と長崎で被爆しました。
子どもの頃から、おばあちゃんたちに戦争の話を何度も聞いて育ちました。
食べるものがなかったこと。
勉強したくても働かなければならなかったこと。
いつ空襲警報が鳴るかわからなかったこと。
安心して眠ることさえできなかったこと。
そして、自分や大切な人の命が、明日もあるのかわからない中で生きていたこと。
そんな話を聞きながら育った私にとっても、戦争はどこか遠い昔の出来事でした。
教科書の中にあるもの。
おばあちゃんたちが経験した過去の出来事。
そんな感覚が、心のどこかにはあったのだと思います。
でも、今はどうでしょうか。
ウクライナで続いている戦争。
中東で繰り返される争い。
ニュースをつければ、爆撃された街や、逃げ惑う人たち、家族を失った人たちの姿が流れてきます。
「戦争」は、決して過去のものではありません。
そして、それを見ているうちに、私はおばあちゃんのあの言葉の意味を、以前よりずっと重く感じるようになりました。
「まるで“戦前”じゃないか。」
戦争は、ある朝突然、何もないところから始まるわけではないのかもしれません。
少しずつ社会の空気が変わっていく。
対立が深くなっていく。
誰かを敵だと思うようになっていく。
仕方がない。
自分たちを守るためだから。
向こうが悪いのだから。
そんな言葉が少しずつ積み重なって、その先に戦争があるのだとしたら。
私たちは今、本当に「戦後」を生きているのでしょうか。
それとも、いつか未来の人たちが振り返ったとき、
「あの頃は、もう戦前だったんだ」
と言われる時代を生きているのでしょうか。
そんなことを考えると、私は怖くなります。
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🕊️本当なら、奪われなくてもよかった命
先日、ニュースを見ていて、本当に胸が苦しくなる出来事を知りました。
戦闘の中で、小さな子どもを抱いていたお母さんと、その腕の中にいた子どもが攻撃に巻き込まれたというニュースでした。
私は、その話を聞きながら、どうしても思ってしまいました。
この親子は、いったい何をしたのだろう。
ただ、お母さんが子どもを抱いていただけです。
守りたかっただけだと思うんです。
いつものように抱っこしていたのかもしれない。
泣いている子を安心させようとしていたのかもしれない。
そんな何でもない親子の時間に、戦争が入り込んでくる。
世界のどこかで起きている出来事。
そう言ってしまえば、それまでなのかもしれません。
でも、そこで傷ついているのは、私たちと同じように誰かを大切に思い、誰かに大切にされながら生きている一人の人間です。
本当なら、奪われなくてもよかった命があります。
本当なら、負わなくてもよかった傷があります。
本当なら、失わなくてもよかった家族がいます。
そう思うと、私は悲しい。
そして、悔しいです。
どうして人間は、同じことを何度も繰り返してしまうのでしょう。
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🕊️戦争は、本当に「遠い国の出来事」なのか
でも私は、ただ「かわいそう」「悲しい」と言って終わりたくないとも思っています。
なぜなら、戦争をどこか遠い国で起きている誰かの問題として眺めているだけでは、きっと足りないからです。
今は、日本では戦争が起きていません。
今日も私は家族と話すことができます。
友人と笑うことができます。
おいしいものを食べて、お嬢と一緒に過ごして、明日の予定を考えることができます。
でも、この日常が永遠に約束されているわけではありません。
私たちだって、いつ争いに巻き込まれるかわからない。
そしてもっと考えなければいけないのは、巻き込まれることだけではなく、知らないうちに私たち自身が争いに加担する側になる可能性だと思うのです。
だからこそ、
「私は戦争なんてしたくない」
それだけで終わらせてはいけないのかもしれません。
自分たちが暮らしている社会がどこへ向かっているのか。
誰かを敵として扱う空気が生まれていないか。
「仕方がない」という言葉で、誰かの命が軽く扱われていないか。
一人ひとりが考え続けること。
それも平和を守ることの一つなのではないかと、私は思っています。
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🕊️97歳のおばあちゃんに会って思ったこと
先日、お盆で実家に帰り、今年97歳になるおばあちゃんに会ってきました。
おばあちゃんの顔を見るたびに思います。
こうして会えることって、本当にすごいことなんだな、と。
戦争を生き抜いてくれたおばあちゃん。
被爆して、それでも生きて、命をつないでくれたおばあちゃん。
その命の先に、今の私がいます。
私自身も、この人生の中でいろいろなことがありました。
見えなくなりました。
それまで当たり前にできていたことができなくなって、これからどうやって生きていけばいいのだろうと思ったこともありました。
今だって、決して何もかも順調なわけではありません。
「健康に生きています」と胸を張って言えるかというと、そこにはちょっと疑問符もつきます(笑)。
それでも、私は今日ここにいます。
家族がいます。
大切な友人たちがいます。
一緒に笑える人がいます。
そして、大好きなお嬢がそばにいてくれます。
一緒にご飯を食べたり。
くだらないことで笑ったり。
お嬢と散歩したり。
次の旅行はどこへ行こうかとワクワクしたり。
そんな毎日は、あまりにも普通で、普段はそのありがたさを忘れてしまいます。
でも、戦争が奪うものって、きっとこういうものなんですよね。
特別な何かだけではない。
「行ってきます」と家を出て、「ただいま」と帰ってくること。
大切な人とご飯を食べること。
好きなことを楽しむこと。
明日の予定を立てること。
大好きな人の隣で安心して眠ること。
そんな、名前もつかないような普通の日常です。
おばあちゃんの顔を見ながら、私は改めて思いました。
平和だからこそ、私は今、この当たり前の日常を生きることができているんだな、と。
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🕊️戦後81年。私たちは今、どこにいるのでしょう
81年前。
たくさんの命が奪われ、たくさんの人が傷つき、ようやく日本の戦争は終わりました。
その日から81年。
「戦後81年」という言葉を、私はただ過去を振り返るための言葉にはしたくありません。
81年前に戦争が終わったことと、これからも戦争をしないことは、同じではないからです。
平和は、一度手に入れたらずっとそこにあるものではないのだと思います。
だからこそ、おばあちゃんの言葉を私は忘れたくありません。
「今は“戦後”って言うけど、まるで“戦前”じゃないか。」
あの言葉を聞いたときよりも、今の私は、その言葉をずっと怖く感じています。
そして同時に、だからこそ考え続けたいと思っています。
命は、奪い合うものじゃない。
どこの国に生まれた命でも。
どんな考えを持つ人の命でも。
一つしかない、大切な命です。
戦後81年。
私たちは今、本当に「戦後」を生きているのでしょうか。
それとも、いつか歴史を振り返ったときに、
「あの時は、すでに戦前だった」
と言われる時代を生きているのでしょうか。
その答えは、まだ誰にもわかりません。
だからこそ今日、8月15日に。
過去の戦争を振り返るだけではなく、これから先の未来についても考えてみませんか。
大切な人と笑えること。
安心して眠れること。
明日が来ると信じられること。
そんな当たり前の日常を、これから先も当たり前に守っていくために。
そして81年後の未来を生きる人たちも、
「あの時から、ずっと戦後だったね」
と言える世界であるために。

🌸今日のおすすめ記事
今日ご紹介するのは、Taku|視覚障害者の日々に彩を飾るさんの「視覚障害者が一番困っているのは、実は『人の目』かもしれない」という記事です。
視覚障害がある人が外出するときの困りごとというと、段差や点字ブロック、音の鳴らない信号など、どうしても目に見える「物理的なバリア」が思い浮かびやすいと思います。
でも、この記事で取り上げられているのは、それだけではありません。
じろじろ見られること。
困っているのに声をかけてもらえないこと。
反対に、必要以上に「できない人」として扱われてしまうこと。
そして、「周りに迷惑をかけているんじゃないか」と自分自身が感じてしまうこと。
そんな、目には見えにくい「気持ちのバリア」について、同行援護に携わるTakuさんが、利用者さんたちの言葉を交えながら丁寧に書かれています。
私自身も視覚障害当事者なので、読んでいて「わかるなぁ」と思うところがたくさんありました。
特に共感したのは、私たちが求めているのは、何でもやってもらうことでも、特別扱いしてもらうことでもなく、必要なときに必要なサポートをしてもらうことだというところです。
白杖を持っているから。
盲導犬と歩いているから。
目が見えないから。
それだけで「何もできない人」になるわけではありません。
できることもあれば、できないこともある。
困っているときもあれば、一人で大丈夫なときもある。
それって、障害があるかどうかにかかわらず、みんな同じなんじゃないかなと思います。
そして、この記事の中にある「普通に話しかけてほしい」という思いも、とてもよくわかります。
どう声をかけたらいいんだろう。
間違ったらどうしよう。
余計なお世話かもしれない。
そんなふうに難しく考えすぎず、まずは一人の人として普通に接してもらえたら、それだけでずいぶん違います。
設備や制度を整えることと同じくらい、人と人との間にあるバリアを少しずつなくしていくことも大切なのだと、改めて考えさせられる記事でした。
視覚障害のある人が街の中でどんなことを感じているのか、ぜひたくさんの方に読んでいただきたい記事です☺️
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
今日は、8月15日。終戦の日です。
戦争を経験していない私たちにとって、戦争はどうしても遠い昔の出来事に感じてしまうことがあります。
でも、世界では今も戦争が続いています。
そして、私のおばあちゃんが言った、
「今は“戦後”って言うけど、まるで“戦前”じゃないか。」
という言葉を思い出すたびに、平和は決して当たり前に続いていくものではないのだと思わされます。
私にできることは、とても小さいのかもしれません。
それでも、おばあちゃんたちから聞いてきたことを忘れないこと。
命が奪われることを「仕方がない」と思わないこと。
世界で起きていることを、自分には関係のないことだと目をそらさないこと。
そして、大切な人と笑って過ごせる今日という一日を、当たり前だと思わないこと。
そんな小さなことを、これからも大切にしていきたいと思います。
戦争を知らない世代が増えていくことは、本当はとても幸せなことです。
できることなら、この先もずっと、戦争を知らない子どもたちが増え続けてほしい。
戦争の恐ろしさを、教科書や誰かから聞いた話でしか知らない。
そんな世界であってほしいと心から願います。
そしていつか、「戦後100年」という言葉を聞く日が来たときにも、その先の150年、200年という未来にも、変わらず「戦後」と呼び続けられる日本であってほしい。
世界中のどこに生まれた子どもたちも、爆弾の音に怯えるのではなく、大切な人の腕の中で安心して眠れる世界であってほしい。
戦後81年。
今日だけでも少し、大切な人のこと、命のこと、そして平和について考えてみませんか。
私も、おばあちゃんから受け取った言葉と記憶を、これからも大切につないでいきたいと思います。
そして来年も、そのまた次の年も、
「今年も平和な8月15日を迎えることができました」
と書けることを、心から願っています。

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