(書評)第75回「死と生きる: 獄中哲学対話」(池田晶子、陸田真志)☆死刑囚と本物の哲学者との「死」をめぐるガチの往復書簡。言葉同士の真剣勝負☆
1995年に発生した「SMクラブ下克上殺人事件」で二人を殺し、一審で死刑判決を受けた陸田真志が、哲学者の池田晶子の著書を読んで、著者に手紙を書いたことで始まる、死刑囚と本物の哲学者との「死」をめぐるガチの往復書簡の全貌です(当初、陸田真志は未決囚)。「新潮45」に掲載されたものと未発表書簡をまとめたものです。
1999年発刊。単行本227ページで、陸田真志からは十三通、池田晶子からは十通の手紙が収録されています。単なる「獄中告白記」を期待すると見事に裏切られます。そこで展開されているのは、哲学の神髄を理解し得た者同士の「言葉=命」をかけた応酬です。

池田さんは、陸田真志の最初の手紙に「やっと同士を得た」と感じ(彼女は世間の人の無理解に絶望しかかっていた)、往復書簡を引き受けます。当初は彼の思索の深さと直観力の鋭さ、哲学に対する理解力と正しさ、そして文章構成力の見事さに感銘を受けます。しかし書簡を交わすうちに、彼の最初に見られた素直さが、徐々に乱れていきます(雑誌に掲載されると言うことの自意識みたいなものが出てきます)。そのたびに池田さんは「喝」を入れます。二人の「ソウルメイト?」同士の言葉の真剣勝負(駆け引き)は、やがて女王様と奴隷の様相を見せ始め、または添削者(プロの書き手)と文章ビギナーの様相に変わっていきます。
特に陸田が池田に「求婚」した頃からその激しさを増していきます。陸田が控訴をしない意向を示すと、池田さんは強く執拗に「慰留」します(控訴をしないと別の施設に移され、一切のやりとりが出来なくなるのも一因か)。あなたにはまだ生きてなし得なければならない仕事が残っている、それは多くの人に「死に際してもなお善く生きる」姿と、あなたにしか語れない言葉を残すことだと諭します。
それにしても、死刑囚がこれほどの「哲学」を語ることに驚きました。また同時に池田さんの愛の深さ(懐の深さ)というか、狂気じみた覚悟というか肝の座り方に深い感銘を受けました。哲学は「思想(他人の借り物)」と違い「自分の頭で」死と生、私、存在の不思議さを探求するものというのが、池田さんの一貫したスタンスのようです。
睦田は逮捕され拘禁されて、死刑判決を受けて、初めて罪の重さに気づきます。そして獄中の孤独の中で「知的に」著しい成長を遂げます。また睦田は「死刑はとても人道的な制度」だといいます。「死」が極刑だという根拠を揺さぶられる発言です。
宗教にすがる死刑囚は多いと思いますが、哲学に傾倒する死刑囚は珍しいのではないでしょうか。

圧倒的に睦田の文章量と言葉の力が勝っていて、読んでいて文字通り「圧倒」されました。すごい本を読んたと実感しました。
2005年に睦田は、最高裁の上告審で死刑が確定し、2008年に死刑が執行されます。いっぽうの池田さんも、2007年に病魔に倒れ、46歳という若さで他界しました。二人の残した奇跡的な「哲学対話」は後の世に長く読み継がれていくでしょう☆

