特別でない一日の中に見つけた、特別な幸せ
「私には、もう何の取り柄もないかもしれない」 「若い頃のように、何かに夢中になる情熱なんてどこかに置いてきてしまった」
キャリアを重ね、子育てもひと段落。ふと立ち止まったとき、ぽっかりと空いた時間と心に、そんな風に感じてしまうことはありませんか?
実は私もそうでした。
でも、最近気づいたんです。幸せは、大きな成功や特別なイベントの中にだけあるわけじゃない。むしろ、私たちの日常にそっと隠れている「かけら」のようなものなのかもしれない、と。
昨日私が体験した、ささやかだけれど、とても心満たされた一日のお話をさせてください。
煮詰まった午後に始まった小さな冒険
昨日の午後、作業ばかりで頭が煮詰まってしまいました。
暑い日でしたが
「よし、外に出よう」と思い立って、一人で自転車に乗って出かけることにしたのです。
50代になってから気づいたことの一つは、自分の「好き」がとてもシンプルになったということ。
迷わず近くのハーブ園を目指しました。
花や植物を見ているだけで、なぜかほっとする。
そんな自分を受け入れられるようになったのは、いつからだったでしょうか。
地図を見ると、ハーブ園の近くに前から気になっていたカフェがあることを発見。
「下見をしておこう」と、住宅街をぐるっと回って探してみました。
お店は休みでしたが「こんなところにあるんだ」と分かっただけで、なぜか満足感でいっぱいに。
一個のオリーブの実が教えてくれたこと
ハーブ園では、広いお庭を歩きながら、陽の当たるところと木陰を行ったり来たり。少し汗ばんできた首をハンカチで吹きながらも風に揺れる葉っぱを眺めていると、ふと目に留まったのがオリーブの木。よく見ると、小さな実が一個だけついているじゃありませんか。

「もうオリーブの実がなっている!」
その瞬間、心がぱあっと明るくなりました。こんな小さな発見が、こんなにも嬉しいなんて。20代や30代の頃の私だったら、きっと気づかずに通り過ぎていたかも。
家に持ち帰りたい植物も一つ見つけて、それを購入。何か宝物を見つけたような気分でした。

肉厚のサンマが運んでくれた秋の気配
帰りは相方と待ち合わせをして、一緒にスーパーへ。いつも「高いな」と思って諦めていたサンマが、昨日は安くなっていました。しかも見るからに肉厚で美味しそう。迷わずカゴに入れました。
家で焼いて食べてみると、本当にホクホクで美味しくて。「ああ、もうすぐ秋なんだな」としみじみ感じる瞬間。

幸せは「気づく」もの
振り返ってみると、この日の私は特別なことは何もしていません。自転車でちょっと出かけて、植物を見て、買い物をしただけ。でも、その一つひとつの瞬間に、確かに幸せを感じていたのです。
私にとって幸せとは、あらかじめ「これが幸せ」と決めているものではなく、ふとした瞬間に「あ、今、幸せだな」と気づくもののようです。
40代、50代だからこそ気づける幸せ
「私なんて何の取り柄もない」と思ってしまうこと、ありませんか?私も時々そう思います。でも昨日の出来事を通して改めて思ったのは、取り柄なんて関係ないということ。
オリーブの実一個に感動できる心。肉厚のサンマで季節を感じられる感性。こんな何でもないことに幸せを見つけられるのは、人生を重ねてきたこの年代の私たちだからこそなのかもしれないなあと。
若い頃は、もっと大きな幸せ、分かりやすい成功を求めていました。でも今は違います。日常の中に散りばめられた小さな幸せを、まるで宝探しをするように見つけていく。そんな幸せの感じ方があることに、気づけるようになった。
あなたにとって、昨日の小さな幸せは何でしたか?きっと、何か一つはあるはずです。それに気づけるあなたは、もう十分に豊かな人生を歩んでいるのではないでしょうか。

日々のちょっとした出来事から、人生の豊かさについて考えています。同じような想いを抱く方と、そんな時間を共有できたら嬉しいです。
