【気付き】"好き"は優しい世界でした
"好き"とは?
"好き"について書く、と決めてnoteを始めたのは良いものの、まだ自分の中で"好き"を定義出来ていない。
"あ、これ綺麗"
"あ、これ可愛い"
"あ、これ欲しい"
何か見つけた時に、こんな言葉が直ぐ心の中に浮かんだりする。
惹かれた時に、確かに何か要素はあるのだけれど、よくよく思い起こしてみると、
"あ、これ、昔プラネタリウムに行った時に見た星雲に似ていて綺麗"
"あ、これ、小さい頃流行ったペンの色合いに似ていて、手触りもふわふわ、大きさも手に収まって可愛い"
"あ、これ、小さい頃にお気に入りだったけれど、割れてしまったコップに似ているから欲しい"
こんな風に私は思っていない。
手に取ってみたりして、買うか悩んだ時に"何故"かを思い出したりする。
"直感"なのだろうか?
普段は脳の奥深いところに大事にしまわれている記憶達は、詳細に思い出す前に、何かをきっかけに強く私に働きかけている。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚
五感は記憶に深く関係しており、つい最近も就寝前の嗅覚刺激は記憶力の定着を深める、という研究結果が出ただなんて読んだ気がするけれど、何だか不思議である。
思考するよりも先に、結びついて、欲求に訴えかけてくるのだから。
(その点は、脳科学を勉強したら解決するのかもしれませんが、ここでは今自分が感じている範囲で進めてみます)
そう考えると"漫画"は不思議な表現を見掛けるな、と感じる。
"あ、これ、〇〇に似ている…"
というような台詞はよく見掛けるように思う。
"あ、これ…"
と言ってから、思い悩む、という描写は敢えて過去を回想するような時等、少し特別な時にしか使わないのかもしれない。
とは言ったものの、読んだ母数が少ないか、ジャンルに偏りがあるかもしれないので、大きな偏見かもしれないが…
記憶の奥底
必ずしも、理由が分からずに欲求が先に出る、とは思っておらず、
"今日は暑いから冷たいジュースが飲みたい"、と思ってお店に入れば冷たいジュースを買うと思っている。
でも、何故"お茶"じゃなくて、"ジュース"なのかは"直感"が決めているのではないだろうか。
過去の暑い日に飲んだ、とあるジュースの感動が忘れられない
もしかしたら本人は忘れているかもしれない記憶の奥底がそうさせているのかもしれない。
ジュースだということは思い出せるけれど、"とある"止まりになってしまうかもしれない。
でも、"ジュース"だったことは何処かに記憶されている…
ここまで自分の考えを思うままに書いてきましたが、少し調べてみました。
この中に将棋の羽生名人の言葉が引用されていました。
羽生名人にとっての直感は「瞬間のひらめきでも、後から説明できるもの」という見解です。
"羽生名人"と"直感"検索すると、他にも沢山気になる言葉が…
これは長くなりそうなので、又別の機会に触れていくことにします。
今の自分を形作るもの
過去の記憶が、私達を形作っている。
言い換えれば、過去の経験が、私達を作っている。
記憶、経験。
似ていて、少し違う気がする。
経験して記憶が作られる。
"好き"と直感的に思ったということ。
それは、直ぐには思い出せない、正確には思い出せない、
でも、確実に自分の中で心地好い何かの記憶があったから。
"好き"があるのは、何かを経験したから。
そう考えた時、何かすとん、と心の中で落ちた。
"好き"なんて、そこら辺に溢れていて、見渡せば幾らでも転がっているものだと思っていた。
でも違う。
何処かに何かが転がっていても、それを自分で拾わなければ少なくとも"好き"にはならない。
その"好き"には1つ1つ理由があって、もう忘れてしまった記憶かもしれないけれど、それは確実に自分の中にある温かい何か、優しい何か。
そう思った時、涙が出そうになった。
"好き"は過去の自分が作ってきた。
沢山あればあるほど、それだけ多くの経験と心地好い何かの記憶が関わっている。
"好き"があるということは。
心地好い何かの記憶があるということは。
自分の"好き"は全て肯定される。
そんな気持ちになった。
そして、その自分の過去が作り出した"好き"を、もし他の誰かが見て"直感"で"好き"だと思ったのなら。
それは奇跡なのではないだろうか。
この世に自分と全く同じ経験、記憶を持った人はいない。
でも、全く別の人の温かい何か、優しい何か、に触れることが出来たのであれば、それは本当に奇跡だと思う。
勿論、"好き"の強さのようなものは違うかもしれない。
でも、温かい、優しい世界には違いない。
noteの"スキ"
そう考えると、noteの"スキ"の機能は何て優しい世界を創り出すのだろう。
"イイネ"ではなく"スキ"
"イイネ"は共感ではあるけれど、
何だか私の中では引っ掛かるものがあった。
"Like"で良いのに、と。
完全に感覚的で、まだ深堀り出来ていませんが、私の中での"イイネ"は、少し言った人優位のような印象があります。
"スキ"は、あくまでお互い平等。
まだ、感覚的、ですが。
様々なSNSで、それぞれの機能が用意されていると思いますが、"好き"を伝える"スキ"は偶然とは言え、noteで"好き"について書こうと思ったのは、"直感"だったのか、はたまた新しい経験だったのか…?
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