ビブラム(Vibram)の歴史。靴底の王様「黄色い八角形」は、アルプスでの悲痛な遭難事故から生まれた#PR
1. Kedsから続く歴史は、ついに「靴底(ソール)」の専業メーカーへ
我々はこれまで、キャンバスとゴム底から始まった「Keds」の系譜を辿り、レッドウィング、ティンバーランド、UGGなど、過酷な環境から生まれたブランドの創業史を追ってきた。 しかし今回、当連載は「靴そのもの」を作るブランドではなく、「靴底(ソール)」のみを製造し、世界中の名作靴の裏側を支配する巨大アウトソール・メーカーの歴史へと足を踏み入れる。
主役は、イタリア発祥の「ビブラム(Vibram)」。 アメカジの定番ブーツから最新のアウトドアスニーカーに至るまで、靴底にあの「黄色い八角形のロゴ」を見つけると、我々ギア好きの男たちは無条件で「これは良い靴だ」と確信してしまう。だが、あの黄色いマークは、単なる品質保証のデザインではない。それは、1935年のイタリア・アルプスで猛吹雪に散った6人の登山家たちの命と、二度と仲間を死なせないと誓った一人の男の執念から生まれた、鎮魂とサバイバルの象徴なのだ。

2. 1935年、イタリア・アルプスでの悲劇
時計の針を1935年のイタリアに戻そう。 創業者であるヴィターレ・ブラマーニ(Vitale Bramani)は、優れたアルピニスト(登山家)であり、イタリア山岳会のメンバーだった。

その年、彼は仲間たちと共にイタリア・アルプスのプンタ・ラシカ峰への登頂に挑んだ。しかし、天候が急変し猛吹雪に襲われる。彼らは下山を試みたものの、凍傷と疲労により、同行していた仲間のうち6人が命を落とすという凄惨な遭難事故となってしまった。生き残ったブラマーニは、深い絶望と悔恨の中で、急激な天候悪化に加え、「当時の装備の限界、とりわけ靴底の問題が遭難の大きな要因の一つだ」と確信する。
3. 鉄の鋲(釘)とフェルト靴の限界
当時の登山靴は、分厚い革底に「鉄の鋲(釘)」を打ち込んだものが主流だった。これは泥や雪には強いが、重く、硬い岩場ではひどく滑りやすかった。 そのため、当時の登山家たちは岩場を登る際、底がフェルトで作られた軽い靴(あるいは靴下)に履き替えるのが常識だった。フェルトは乾いた岩場では優れたグリップを発揮するが、ひとたび濡れると保温性を失い、吹雪の中で完全に凍りついてしまう。これが彼らの足を奪ったのだ。

「鉄の鋲のように雪を掴み、フェルト靴のように岩場で滑らず、そして絶対に凍りつかない靴底を作らなければならない」 ブラマーニは仲間の死を無駄にしないため、全く新しいマウンテンソールの開発に没頭し始める。
4. 1937年「タンクのキャタピラ」とピレリ社との共闘
彼が目をつけたのは、自動車のタイヤに使われていた「加硫ゴム」だった。 しかし、ただのゴム板では雪山は登れない。彼は自身の名前(Vitale Bramani)から名付けた「Vibram」を立ち上げ、同郷の巨大タイヤメーカー「ピレリ(Pirelli)」社の支援を取り付ける。

ピレリの持つ高度なゴム配合技術により、硬さとグリップ力を最適化した画期的なゴム製ラグソール(凹凸のある靴底)が完成。1937年、ブラマーニは特許を取得する。そのデザインは、泥や雪を排出しながらあらゆる路面を掴むよう設計されており、「Carrarmato(カラルマート=イタリア語で戦車の意)」と名付けられた。 戦車のキャタピラのような圧倒的なグリップ力と、ゴムならではの高い断熱性。これが現在のマウンテンブーツの常識を覆した、初代ビブラムソールの誕生である。

5. 「黄色い八角形」の誕生と、命を守るB2Bビジネス
ビブラムは完成したソールを自社で靴にするのではなく、世界中のメーカーに供給することで、その技術を標準化していった。このB2Bモデルにより、レッドウィングをはじめとする名作ブーツの「ソール交換(リペア)文化」も強固に支えられることになる。
1954年、ビブラムソールを履いたイタリアの登山隊が世界最高峰のK2初登頂を成し遂げたことで、その信頼性は世界中に轟いた。そして1969年、ブランドを象徴する「黄色い八角形(Ottagono Giallo)」のロゴがソールの中心に配置される。「この靴底なら命を預けられる」という圧倒的な安全の証である(※近年では裸足感覚のFiveFingersなど、革新的な挑戦も続けている)。
現在、ビブラムソールは世界中のあらゆる靴に採用されている。 40代の男が休日にビブラムソールの靴を履くとき。それは単に「ハイスペックな靴」を選んでいるのではない。アルプスの猛吹雪の中で失われた命と、タイヤメーカーの技術を借りて「絶対に仲間を死なせない靴底」を生み出した男の痛ましいまでの執念を足元に敷いているのだ。 あの黄色い八角形は、単なるブランドロゴではない。男の歩みを守り抜くための、重厚なサバイバルの宣誓なのである。
