Spring Court(スプリングコート)の歴史。ジョン・レノンが愛したとされる名靴は、フランスの「ゴム工場」とペパーミントから生まれた#PR
1. Kedsから続く歴史は、ついに「ビートルズの足元」へ
我々はこれまで、キャンバスとゴム底から始まったKeds(第90弾)の系譜を辿り、ダナーの防水技術、ウルヴァリンの重工業ブーツ、G.H. Bassの農民靴と、過酷な環境から生まれた機能美の歴史を追ってきた。アメリカン・スニーカーの歴史において、Kedsが「シンプルさ」を極め、コンバースが「バスケットボール」で覇権を握ったとするならば、今回当連載が焦点を当てるのは「通気性への特化」という独自の進化を遂げたフレンチ・キャンバススニーカーである。
主役は、フランスを代表する老舗シューズブランド「Spring Court(スプリングコート)」。 我々40代にとって、この靴はビートルズの名盤『アビイ・ロード』のジャケットでジョン・レノンが真っ白なスーツに合わせて履いていた「あの伝説の白スニーカー(モデル名:G2)」として広く知られている。(※完全な公式記録はないものの、着用していたとする説が極めて有力である)。 しかし、この知的で洗練されたスニーカーは、パリのアパレルデザイナーが描いたものではない。そのルーツは、工業用部品などを作る無骨な「ゴム工場」にあり、のちに“ペパーミントの香り”を仕込むことで完成した、フランス特有の実用主義と感性が詰まった発明品なのである。
2. 1936年パリ。ゴム工場の技術と「クレーコート」への情熱
時計の針を1936年のフランス・パリに戻そう。 創業者であるジョルジュ・グリムエイセンの家系は、元々は靴メーカーではなく、工業用のゴム製品などを幅広く製造する工場を営んでいた。

ゴムを扱うプロフェッショナルであったジョルジュは、同時に大のテニス愛好家でもあった。当時のフランスのテニスといえば、全仏オープンの舞台でもある「クレーコート(赤土)」の文化である。激しく滑りながらラリーを続けるクレーコートでのプレーにおいて、当時の密閉されたゴム底のキャンバスシューズは「とにかく足が蒸れる」という致命的な弱点を抱えていた。 彼は自らの持つゴム製造のノウハウを活かし、「過酷なラリーの中でも足が蒸れない究極のテニスシューズを作れないか」と考え、開発に没頭し始める。
3. ソールを貫通する「4つのベンチレーション(通気孔)」
ジョルジュは試行錯誤の末、当時のスポーツシューズにおいて極めて画期的な構造を発明する。 それが、分厚いゴム底の側面に「4つの穴(ベンチレーション)」を開け、ソールの中に空気の通り道を作るというものだった。さらに、インソール(中敷き)の裏側にも無数の溝を刻むことで、歩くたびに靴の中にポンプのように空気が循環し、熱を外へと逃がす仕組みを完成させたのである。

コートの上をまるでバネ(Spring)が効いているかのように軽快に動けるというイメージから「スプリングコート」と名付けられたこの靴は、その圧倒的な通気性と快適さにより、プロテニスプレイヤーたちの間で瞬く間に大絶賛された。
4. 悪臭を絶つ、フランス流「ペパーミント」の魔法
スプリングコートの凄みは、物理的な空気穴による通気性だけではない。 のちにこのブランドを象徴する最大の特徴として定着したのが、スポーツ後の足のニオイという現実的な問題に対する、極めてフランスらしい小洒落たアプローチである。なんと、靴のインソールや素材そのものに「ペパーミント(ミント)」の香料を仕込んだのである。

最新の化学薬品による消臭ではなく、ハーブの爽やかな香りで悪臭を中和するという粋なハック。箱を開けた瞬間にフワッと漂うミントの香りは、他のいかなるスポーツシューズとも違う「清潔な靴」としてのアイデンティティを確立した。実用性(通気構造)に感性(香り)を掛け合わせるという、まさにフランス流の美意識の結晶である。
5. アビイ・ロードの伝説と、快適さをデザインした靴を履け
テニスシューズとして一世を風靡したスプリングコートは、1960年代以降、セルジュ・ゲンズブールやジェーン・バーキンといったフレンチ・アイコンたちに愛され、そしてジョン・レノンの足元を飾った(とされる)ことで、世界的なファッション・アイテムへと昇華した。

現在、この靴は上品な大人の休日の足元を彩る、フレンチ・ベーシックの定番として愛されている。 だが、ギアの歴史を知る男なら、休日にスプリングコートの紐を結ぶとき、ただ「お洒落な靴」として消費してはならない。 スプリングコートは「蒸れない靴」を作ったのではない。フランス流に言えば、それは“快適さをデザインした靴”だった。
40代の男がこの靴を履くとき。その足元には、無骨なゴム工場の泥臭い技術と、歩くたびにミントの香りを放ちながら空気を循環させるという、エスプリ(機知)に富んだ実用主義が宿っている。ソールに開いた4つの穴から空気が抜けるのを感じるたび、我々は名盤『アビイ・ロード』のメロディとともに、極上の歴史的ウンチクを足元で楽しむことができるのである。
