VANSスニーカーの歴史。名作「Era(エラ)」とスケボーカルチャーを生んだ異常気象の真実#PR
1. Kedsから続くキャンバス靴の「突然変異」
我々はこれまで、スニーカーの語源となったUSラバー社の「Keds(第90弾)」から始まり、「アサヒシューズ」「PFフライヤーズ」「コンバース」といったゴム・タイヤ産業の重厚な歴史、そして「アシックス」や「ドクターマーチン」の機能美への執念など、名作スニーカーの裏側を徹底的に暴いてきた。 今回語るのは、Kedsから脈々と受け継がれてきた「キャンバス生地×加硫ゴム底」という原始的なスニーカーが、コンクリートの荒野で独自の「突然変異」を遂げた歴史である。
主役は「VANS(ヴァンズ)」。 スケートボードカルチャーの象徴であり、日本でもアメカジ好きの定番アイテムとして広く親しまれている。だが、40代の男がVANSを「カリフォルニアの陽気なお洒落靴」として履くのは、いささか平和ボケが過ぎるというものだ。この靴が真の伝説となった背景には、貧困やドラッグが蔓延する荒廃した西海岸の海辺(ドッグタウン)、歴史的な異常気象、そして行き場のない若者たちの反骨心が生み出した、極めてハードコアなサバイバルの歴史があるのだ。
2. 1970年代。ウレタンウィールと大干ばつが起こした革命
スケートボードそのものは1970年代初頭から存在していたが、当時の彼らの遊び場は「低いバンク(斜面)や坂道」に限られていた。 しかし、2つの出来事がスケートの歴史を劇的に進化させる。

一つは1972年、路面に強烈にグリップする「ウレタン製ウィール(車輪)」の発明。 そしてもう一つが、1976年からカリフォルニアを襲った「歴史的な大干ばつ」である。深刻な水不足により、富裕層たちは庭のプールの水を抜くことを余儀なくされ、街中に「すり鉢状(トランジション)の巨大なコンクリートの窪み」が大量に出現したのだ。
ここに目をつけたのが、ベニスビーチを拠点とする不良少年たちのスケートチーム「Z-BOYS」だった。彼らは不法侵入して水のないプールに潜り込み、ウレタンウィールのグリップ力を頼りに、コンクリートの壁面をサーフィンのように滑り上がるという前代未聞のスタイルを確立したのである。
3. 地元のカスタム靴屋と「ワッフルソール」
コンクリートの曲面を滑り上がる彼らには、足元のスケートボード(デッキテープ)から絶対に滑り落ちない強靭なグリップが必要だった。 そこで彼らが愛用したのが、1966年にポール・ヴァン・ドーレンが設立した地元の靴屋「VANS」の初期モデル(#44・現在のAuthentic)だった。注文を受けてからその場で作る直販スタイルだったこの安価なキャンバス靴は、当時のスケーターたちにとって最も身近で適応力のある装備だった。

最大の武器は、生ゴムを焼き付けた「ワッフルソール」だ。この分厚く粘り気のあるラバーが、スケボーの表面(ヤスリ状のグリップテープ)に戦車のキャタピラのようにピタリと食いついた。彼らはVANSのグリップ力を相棒に、プールの壁を蹴って宙へ飛び出す技を生み出す。この時の「壁から飛び出す(Off The Wall)」という言葉が、後にVANSを象徴するスローガンとなったのだ。
4. スケーターの血と意見が染み込んだ「Era(#95)」の誕生
次元の違う滑りを追求するZ-BOYSの主要メンバー、トニー・アルバとステイシー・ペラルタは、VANSに直接アドバイスを送った。 「もっとホールド感が欲しい。そして、弾かれた板(デッキ)が足首に激突したときの打撲を防ぎたい」
彼らの声を取り入れ、1976年に誕生したのが、履き口にぐるりと分厚いパッドを詰め込んだスケート仕様モデル「#95(現在のEra)」である。 つまり、現在我々が何気なく履いているVANSの「Era」は、デザイナーが机上で引いたデザインではない。コンクリートの底で血を流した若者たちが、自らの足首を守り、板をコントロールするためにメーカーと共同で生み出した「実戦用の装甲(プロテクター)」なのである。
5. “Off The Wall”の精神を足元に宿せ
これまでのスニーカー史で語ってきた通り、名作と呼ばれる靴には必ず「環境」に適応するための必然性がある。

VANSは、貧困という荒んだ背景、ウレタン技術の革新、そして異常気象(大干ばつ)という偶然の特異点が重なり合って進化したストリートのサバイバルギアだ。 大人の男が休日にVANSの紐を結ぶとき。それは単に西海岸のスタイルを気取っているのではない。アスファルトという現代の荒野を、コンクリートの壁すら登り切った反骨心(Off The Wall)と共に踏み破るための、究極のタクティカル・チョイスなのである。
