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13歳まで喉にチューブをつけていた私。「人は人、自分は自分」という価値観の原点

個人事業主として活動している、人生戦略キャリアコンサルタントのいわしーです。

私は普段、人生戦略やキャリア、転職、起業などについて、音声配信やnoteで発信したり、キャリア相談をお受けしたりしています。

そんな今の私の考え方につながる、大きな原体験があります。

私は未熟児で生まれ、気管切開をし、中学1年生頃まで喉にチューブをつけて生活していました。

この原体験について、以前stand.fmでお話ししました。

改めて自分の人生を振り返ってみると、幼少期に人とは違う見た目で過ごした経験が、私の世間体ではなく、私にとってや一人ひとりに合った選択を考える生き方や、健康を大切にしながら後悔なく生きたいという価値観につながっています。

今回は、今の私の人生観や活動の原点となった幼少期について書きます。
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私にとって、喉にチューブがある生活が「普通」だった

私はとても小さな未熟児で生まれました。

生まれた直後から呼吸が難しく、もともと気道が狭かったこともあり、気管切開をしました。

私が抱えていたのは、「声門下狭窄症」という状態です。

声帯のすぐ下にある空気の通り道が狭く、呼吸が難しくなったり、声が出しにくくなったりします。私の場合は気道を確保するため、気管切開が必要でした。

それから中学1年生頃まで、約13年間、喉にカニューレやTチューブをつけて生活していました。

幼稚園・小学校時代の私です。

日常的に痰の吸引が必要な生活で、入退院や手術も何度も経験しました。

でも、物心がついたときには、すでに喉にチューブがありました。

私にとっては、それが「普通」だったんです。

幼稚園には年長から通い、小学校では普通学級でみんなと一緒に過ごしました。体育の授業にも参加し、基本的にはほかの子どもたちと同じような日常生活を送っていました。

ただ、小学1年生の途中までは、息が漏れやすいカニューレをつけていたため、ほとんど声が出ず、同級生と会話をすることが難しい時期がありました。

その後、写真右側のTチューブに変わってからは、少しずつ会話もしやすくなっていきました。

人に見られる日常から生まれた「私は私」という感覚

当時は、今から約30年前。

田舎の地元はもちろん、福岡の比較的大きな大学病院に入院・通院していても、私と同じようなチューブをつけて生活している人と出会う機会はありませんでした。

今はインターネットで検索すれば、全国から同じような経験をした人を見つけることもできます。でも当時は、今のようにインターネットで簡単に検索できる時代ではありませんでした。

そのため、街を歩けば、知らない人からじろじろ見られることが日常茶飯事でした。中には、突然、初対面で「かわいそう」と同情したり、好奇心から声をかけてきたりする人もいました。

一方で、学校では周りの友達が、良い意味で私を「障がい児」として扱わず、特別扱いしなかったことが、本当にありがたかったです。

もちろん、人に見られることがまったく気にならなかったわけではありません。

でも、いちいち気にしていたら、たぶんやっていられなかったんだと思います。

人にどう見られようが、私は私。

そんな感覚で、幼少期から毎日を過ごしていました。

だから私は、今も比較的、人からどう見られるかを気にしすぎない性格です。

人は人、自分は自分。

世間ではどうなのかではなく、「私にとってはどうなのか」を考える。

一人ひとり違っていいし、ほかの人と同じである必要はない。

今の私が大切にしている自分軸の原点は、まさしくこの幼少期にあるのだと思います。

小学6年生で肺気胸になり、初めて死を意識した

もともと呼吸器が弱かったため、小学生の頃は肺炎や気管支炎になったり、風邪をひいたりすることもよくありました。

中でも大きな転機になったのが、小学6年生のときに肺気胸になったことです。

体力がない中でも、私はみんなと一緒にマラソン大会の練習をしていました。その無理が重なったのか、肺が破れてしまいました。

肺気胸になると、呼吸をするたびに激痛が走ります。

最初の1〜2週間は近くの病院へ行っても、風邪だと診断されていました。

でも、明らかに普通の風邪とは違いました。本当に息が苦しくて、呼吸をするだけで痛かったんです。

その後、大学病院から来ていた先生にレントゲンを見ていただき、初めて肺が破れていることが分かりました。

すぐに救急車で大学病院へ搬送され、約2か月入院しました。

そのときは、本当にこのまま死ぬんじゃないかと思いました。

喉にチューブをつけた生活は、私にとって当たり前でした。苦しいという感覚も、実はそれほどありませんでした。

でも、肺気胸の痛みと呼吸の苦しさは、まったく違いました。

この経験で初めて、本当の意味で死を身近に感じました。

見た目では分からない苦しさもある

それまでの私は、喉にチューブをつけていたため、見た目で病気があることが分かりやすい状態でした。

知らない人から、「痛いでしょう」「大変だよね」と声をかけられることもありました。

でも、私自身はチューブがある状態で生まれ育っているため、それを特別つらい、かわいそうなことだとは思っていませんでした。

普段の生活で痛みを感じるわけでもありません。

周囲が想像する苦しさと、当事者である私が実際に感じていることには、違いがありました。

もちろん、苦しさがまったくなかったわけではありません。でも、初対面の人に私の本当の苦しさまでは分からないだろう、と思っていました。

一方、肺気胸は、外から見ただけでは分かりにくい病気です。

見た目では分からなくても、本人は呼吸をするだけで激痛を感じている。

目に見えるものだけが、その人の苦しさではありません。

むしろ、周囲から見えないからこそ理解されにくく、苦しいこともあるのだと気づきました。

病気や障害に限らず、外から見えているものだけで、本人のつらさや幸せを決めつけることはできません。

これは、今も人と関わるうえで大切にしたいと思っている感覚です。

専門医との偶然の出会いと、今こうして話せる奇跡

私が本当に幸運だったと思うのは、幼少期に、私の喉の治療を専門とする先生と出会えたことです。

当時、このような状態の、しかも子どもの手術ができる先生は限られていました。

そんな中、私が入退院していた福岡の地域に、その分野の第一線で治療や研究をされていた先生が、たまたま数年間だけいらっしゃいました。

私の治療には、2人の先生が関わってくださいました。大阪の第一人者の先生と、福岡の大学病院に勤務され、その先生と共同研究をされていた先生です。

私が福岡の先生と出会ったのは、1999年前後だったと思います。当時の手術は第一人者の先生が中心となって行い、福岡の先生は、その治療を支える立場で関わってくださいました。

その後の長年にわたる通院では、福岡の先生にずっと診ていただきました。最後に気管切開部分を閉鎖する手術は、大阪まで行って受けました。

大学生になってから、ふと思い出し、病名で論文を調べたことがあります。

すると、主治医だった2人の先生による共同研究の論文が見つかりました。私が手術を受けた時期と近い頃に、私の状態と似た症例について書かれたものでした。

もしかすると、私もその治療例の一人だったのかもしれません。

福岡の田舎で生まれた私が、たまたまその先生たちと出会い、手術を受けられた。

その出会いがなければ、今の私はいなかったと思います。

喉の手術ですから、手術する場所が数ミリでも違っていれば、きっと今のようには声が出ていなかったと思います。

治療を終えたあと、福岡の大学病院に勤務されている先生に会いに行ったことがあります。

その際、「私のように、声を出せるまで回復した例は珍しい」と教えていただきました。

大学名は伏せますが、実は私は、その大学病院がある大学を卒業しています。先生は今もその大学病院で教授をされているため、同じ大学の卒業生であり、元患者でもある私としては、またどこかでお会いできたらいいなと思っています。

声が出にくく、人との会話が難しかった時期を経験した私が、今はこうして毎日のように話しています。

私はおしゃべりが大好きです。

社会人になってからも、営業や接客、カスタマーサクセス、提案など、声や対話を生かす仕事を中心に経験してきました。

そして今は、stand.fmで音声配信をしています。

少しハスキーな声ではありますが、自分の声で考えや経験を届けられることは、決して当たり前ではありません。

こうして話せること、声を使って仕事ができることを、とても幸せに感じています。

生かしてもらった人生を、後悔なく使っていきたい

今の私は、後遺症もなく、元気に生活しています。

それでも、誰でもいつ病気になるか分かりません。いつまで今と同じように過ごせるかも分かりません。

だからこそ、健康を大切にしながら、今できることを精いっぱいやりたい。

やりたいことを先延ばしにし続けて、後悔したくないと思っています。

同時に、無理をして体調を崩してしまっては意味がありません。

健康第一で、必要なときにはしっかり休む。

そのうえで、自分の経験や考えを発信し、誰かの視野や選択肢を広げることに、この人生を生かしていきたいです。

この思いは、私が会社員を辞め、起業を決めた理由にもつながっています。

起業を通して何を実現したいのかについては、こちらの記事に詳しく書いています。

▼起業して実現したいこと

そして2026年8月、私は「Progress Shift」という屋号で、個人事業主として開業しました。

▼開業と屋号に込めた想い

現在は、個人事業主として、人生戦略キャリアコンサルタントのオンライン相談業を中心に、複業フリーランスとして、POLAや公式LINE代理店など、さまざまなサービスや商材をご提供しています。

声が出にくく、人と話すことが難しい時期を経験してきた私が、今は声を生かした音声配信をし、対話や提案を通して人を支援する仕事をしています。

振り返ってみると、本当に不思議です。

でも、これまで多くの医療関係者の方々に生かしていただいたからこそ、今の私にできることを、誰かの人生に生かしていきたいと思っています。

これからも、無理なく、でも後悔のないように。

私の経験や考えを、声と文章の両方で届けていきます。

この記事を通して、私がなぜ「人は人、自分は自分」という考え方を大切にしているのか、なぜ人生の選択について発信しているのかを、少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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