退職後「足りない年金」を嘆く前に:老後資金の現実
先日、ある地域のコミュニティーでのことです。議題は「退職後の生活」について。
退職後のライフプランや趣味について語り合う和やかな雰囲気で始まったはずが、ある一言で場の空気が一変しました。
年金の現実です。今日はこのことを書いてみます。
「年金は足りない」と訴える声
一人の方が本当に真剣な表情で、声を張り上げました。
「俺の年金は8万円しかない。最低でも25万円ないと生活できない。足りない17万円は国が補填するべきだ!」
その方は、心の底から真剣に、そして強い口調で訴えかけていました。彼の訴えは、あたかも国が意図的に自分を困窮させているかのような憤りすら感じさせるものでした。さらに驚いたことに、その発言に同調する声が次々と上がったのです。
「私の年金も6万円しかないんです。」
「私も同じです。みんなで声を上げましょう!」
それぞれが抱える年金への不満を共有し、まるで「年金が少ないのは政府のせい」という結論で意気投合しているようでした。
「こんな年金で暮らせるわけがないのに、なぜ政府はわからないんだ!」
違和感と不安
私の心の声、
「えっ、本気でそう考えているの?」
「そう思っている人が、こんなに多いの?」
あまりにも当然のように「足りない分は政府が補うべき」と主張する人が多く、日本の金融リテラシーの低さを改めて突きつけられた気がしました。
テレビや新聞で「年金が少なすぎて暮らせない」といった声を紹介しているのは、少し誇張した演出なのだと思っていました。
けれども、実際に目の前でそのような主張を聞くと、さすがに焦りを感じました。
彼らの話を聞いていて、私が抱いたのは「年金制度そのものへの根本的な理解が欠けているのではないか?」という疑問でした。
多くの人が年金制度を「国から支給されるもの」と捉えがちです。しかし、本来年金は「国民全体で老後の生活を支え合うための相互扶助の仕組み」であり、現役時代に自分が支払ってきた保険料が、将来の給付額に影響する仕組みになっています。
彼らが口にする「足りない年金」とは、おそらく国民年金のみの加入者、または自営業者やフリーランスとして長年働き、厚生年金への加入期間が短い人、あるいは未納期間がある人のケースが多いでしょう。
サラリーマンとして厚生年金と国民年金を両方納めてきた人と、そうではない人とでは、将来の受給額に大きな差が出るのは当然のことです。
しかし、彼らの議論にはそうした視点が全くありませんでした。自分たちがどの年金制度に加入していたのか、どれくらいの期間支払ってきたのか、といった「自分ごと」としての考察は一切なく、「国が悪い」という他責思考に終始していたのです。
高度経済成長を支えた世代の「悲劇」
彼らは、いわゆる昭和のオヤジ世代です。高度経済成長期を働き抜き、日本の経済を支えてきた自負があるのでしょう。
しかし、その輝かしい功績の裏側で、それって自分を犠牲にして奴隷のように働かされただけであること気づいてないみたいです。彼らは「定年退職」というゴールに向けてひたすら働き続ける人生を送ってきたようにも見えます。
定年退職することでしか夢や目標が叶わぬオヤジたち。
「35年、40年と会社に尽くしたんだ。あとは楽にさせてくれ〜」
と叫びまくっています。
そうした声からは、現役時代に自己のキャリアや資産形成について深く考える機会が少なかった、あるいは考える余裕がなかった時代の悲哀がにじみ出ているように感じられます。
会社や国が全てという考え方の中で、自分自身で未来を切り開くという発想が育ちにくかったのかもしれません。
そして、定年後を漠然と「年金でどうにかする」と楽観視し、その結果、想定外の現実を突きつけられて初めて、憤りという形でその感情をぶつけていると解釈すれば、わからなくもないです。
彼らの気持ちはわかりますけど、「無知」としか言いようがありません。
多数派と少数派
公的年金とは、
すべての国民を対象に、老後の生活などの基礎的な部分を保障するもので、原則として収入や資産に関係なく、納めた保険料に応じた額を受け取ることができます。
私は「年金は基礎的な生活の土台であり、不足分は自分で備えるもの」と考えてきました。しかし会場にいた多くの人は、「年金だけで十分に暮らせるべき」「足りないなら国が補助すべき」という考えでした。どうやらその主張の方が多数派のようです。
へ〜、私が少数派なのか、が正直なところです。「十分に年金をもらってますよ」とは、通常の日本人は言わないので、私のように黙っている人が多いことを期待します。
年金は、自己負担の積み重ねによって支えられるものであり、決して「誰かが与えてくれるもの」ではないのですよ。
政治家の苦労を垣間見る
この場面を体験して、政治家の人たちの苦労が少し理解できました。大声で「年金が足りない!」と訴える人たちが有権者の多数派であれば、耳を傾けざるを得ないでしょう。けれども、財政は有限です。すべてを国の援助に頼ることは不可能です。
「自己責任」と「社会保障」のバランスをどうとるのか。これは日本社会が抱える大きな課題であり、簡単に解決できる問題ではありません。金融に対する知識アップを義務教育に取り入れなかったツケですね。
取り組み始まっていて、NISA、iDeCoなどの制度もあります。つみたてNISAはさらに来年以降、子どもたちにも口座開設できるように拡大するみたいですね。これは明らかに、老後は社会保障ではなく、自己責任だと政府は言い切っているってことです。
10年後?くらいには、金融リテラシーが向上していることを願います。
◇ ◇ ◇
退職後の生活は、現役時代の準備次第で大きく変わります。年金に過度な期待をせず、自らの人生を設計することが求められます。
しかし、多くの人が「なんとかしてくれるだろう」と信じたまま定年を迎えてしまっている現実もあります。
対策は、私たち一人ひとりが自分自身の未来に対して責任を持つことです。そう、自己責任!
昭和の時代のように「会社と国が守ってくれる」という幻想は、もはや通用しません。子どもが生まれないし、総人口はどんどん減るし、老人ばかりが増えることは100%の確率です。
自分自身が主役となり、主体的に人生を設計していく必要があることなんて、あったりまえでしょ!
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