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【エッセイ#3】大学時代の友人が訪ねてきてくれて

こんばんは。
ぴくしー★ちゃんの “本体” です。
(※実物は見出し画像のようなアンニュイな雰囲気の中性的な青年ではありません。完全に別人です)

正直、エッセイで自分を語るというのがどうにも苦手でして、というのも文章に感情を込められないタチだからなのですが、それでも何かしら形に残すということに意味があるとも思うので、久しぶりに最近感じたことを言葉にしてみたいと思います。

昨日、大学時代の友人が私を訪ねてきてくれました。
彼と私は企画サークルの同期です。どんなサークル活動をしていたかといいますと、「ステージイベントや芸能人・著名人の対談イベントなどを企画立案し、実施する」というものです。
その友人は4月に会社を辞めて、今は吉本のNSCに通っています。
彼は大学を2留して6年かけて卒業し、就活も面倒くさいからバイト先の会社にそのまま就職しました。
サークルの同期の男8人の進路の内訳をみてみるとストレートで卒業して就職した者が2名、卒業はしたものの無職に突入した者が1名、私を含めて1留で卒業して就職した者が3名、あとは2留した彼と退学した幹事長のそれぞれ1名ずつとなっています。
構成員のうちの75%が留年 or 無職 or 退学した奴らの集まりでしたが、その中でも特に「コイツに会社勤めは無理だろうなぁ…」とは常々思っていました。
今は失業保険を受け取りながら、実家から学校まで通い、ネタを書く日々のようです。
ちなみに実家には一銭もいれていないとのこと。
親に甘えているとは思いつつ、「親の脛なんて齧れるうちに齧り尽くせ」とも思うので、それもそれでいいのかもなぁ、と思っています。

また週に一度は遊ぶ友人が元同僚でして、会社を3か月休職した後に退職し、半年間無職で過ごした後、つい先日にタクシードライバーとして働き始めました。
彼は地方国立大の理系学部卒で、多くの人は研究職や経理職などの理系職を希望すると思うのですが、「仕事上での人間関係に吐き気がする」と思い至った結果、業務上の人間関係構築がほぼ必要ないタクシードライバーを選んだそうです。
(※タクシードライバーという職業を否定したいわけではなく、あくまでも地方国立大理系学部卒で職業として選ぶ人は少ないだろうという考えです)

芸人になった友人にしろ、タクシードライバーになった友人にしろ、いわゆる“組織で働く”ということに向いていなかったのだと思います。
そして、それは私も同じだと考えています。類友るいともですね。

大企業時代には能力不足でパワハラを受け、休職し、結果的に辞める決断をしました。では、現在勤めている企業で馴染めているかと言われれば、答えはNOです。
それはなぜか。会社全体の指示に納得できず、どうしても反抗的な態度を取ってしまうからです。
一部の同僚や上司とはうまく信頼関係を気づけているけれども、その上のレイヤーの指示が矛盾だらけに感じてしまい、反発してしまう。
直属の上司からも「すべてを言語化すればいいってもんじゃない」、「思ったことを態度に出すな」とよく叱られます。(※パワハラではなく、直属の上司の気遣いと皮肉です)

組織には組織ごとの論理と力学がある。ゆえに、いかに一般化されている理論と乖離があっても、その中での最適化が図れなければ、異物は排除されて当然でしょう。
組織の目に映るカラスが白であるならば、それは黒ではなく白です。一般的に黒だよね、という理屈は通らない。
そう頭で理解していても、実際には考えた通りの行動を取れない自分がいる。

私にしろ、友人にしろ、組織で馴染めない人間はこの世界にいくらでも存在すると思っています。
では、そんな我々はどうすべきか?
無数の選択肢がありますが、個人で食い扶持を稼ぐか、自らで組織を作り上げるか、の2択に大きく絞られると思います。
そして、そのうちの大半は個人で生きていくことを目指すのではないか。
しかし、「組織で馴染めない人間でも個人でなら食っていけるよ!」って断定できるほどに優しい世の中でもない。
もちろん食っていける人間もいるが、その背後にはスポットライトに照らされない死屍累々の山が聳え立っている。

現在の私は、起業するほどの明確なビジョンも勇気もない。一方で、明日から会社を辞めて食っていけるだけのスキルやノウハウ、人脈もない。
それにも関わらず、会社の理屈にも合わせらない。
「なんで、こう、上手くできないのだろうか…」
そんなことを毎日のように考えています。

この状況を打開する一手は何か。
それは、わかりません。
ただ分からずとも、毎日少しずつでも勉強し続ければ、いつか好転のチャンスが訪れるのではないか。
何を学ぶか、何を学びとするかは人それぞれです。
私であれば、思想や哲学に数学を掛け合わせ、この思考を深めていきたい。
今日よりも明日、明日よりも明後日。1週間後、1か月後、1年後の自分が今よりも成長できていれば、いずれ未来を切り開くことができるのではないか。

勉強を積み重ねて、冷静に現状を分析し、矛盾を見つめる。
暗闇の中に、自分なりの道筋を模索する。
自分に向きがあると思えば、まずはやってみて、そこから得られたことを元に再び考える。
仮説を立て、実証する。

この繰り返しでしか、 “今” を変えられないのではないか。
それを人は “成長” と呼ぶのではないか。

そんな風に考えています。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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