【エッセイ#2】落ちこぼれた塾講師が、それでも生きる理由
こんばんは。ぴくしー★ちゃんの “本体” です。
今日は謂わゆる “エリート” サラリーマンとかいう王道ルートを外れ、不安定な塾講師という仕事に就いて思うことを書き綴りたいと思います。
前職は就活当時の人気企業ランキングTOP10にも名前が挙がるほどの有名企業でした。
同期は160名を超える程度におりまして、その全員とはいえませんが、優秀な方々がかなり揃っていたと思います(私は残念ながら優秀ではない側にいました)。
また同期とはよく遊びに行ったり、飲みにも行きました。
愚痴を言うこともあれば、将来の理想を語ることもあった。
未だにあの日々は楽しかったなぁ、と記憶しています。
休職中の話はまた別の機会でお話ししようと思うのですが、当時の私は何を思ったか、次の転職では数学科塾講師という職を選びました。
一応、これには主に2つの理由があります。
1つに、ビジネスの世界から出来るだけ距離を取りたいと思ったから。
デジタル広告は当時の広告業界において最優先の開拓領域であり、まるで(少なくとも私にとっては)戦場でした。
そこで成果をあげられなかった。
私は無能の烙印を押された敗走兵でしかない。
ゆえに「自分にはビジネスで勝ち抜く才能はない」と強く思い、そう考えるに至ったのです。
2つに、私自身の方向性がアカデミックな世界に急速に傾倒していったから。
もともと勉強は好きでしたが、休職中に本を読み漁っていたこともあって、ビジネスではなく学問に「美しさ」を覚えるようになりました。
かといって、大学院へ進学して学者になれると確信できるほど、自分自身の賢さに自信はない。
では、教員はどうか?と思えば教員免許を持っていないために、取り直さなければならない。
そのため、今から転職するとして選べる道は塾講師ではないか、と思い至ったわけです。
その結果、なんとか現在まで働くことができております。
在籍している塾を“企業”として見てしまうと頭を抱えてしまうのですが、その話はいったん控えたいと思います。
当然ながら、急激な少子化の中で、あえて塾講師を選択するというのは今思えば非常にリスキーです。
可能であるならば、早く新たな道を歩み出したかった当時の私に「落ち着いて、もう一度、自分のキャリアを考え直してみろ」と伝えたいですね。
数年ほど塾業界で働いてみて、塾講師というキャリアは非常に不安定であることは否めない。
しかし、唯一、生徒たちの成長に携われることだけは何にも変え難い魅力があると感じています。
私は主に中学数学を担当しておりますが、生徒たちはこんなどうしようもない私を慕ってくれております。
もちろん生徒全員からではありませんが「先生!先生!」と呼ばれ、軽口を言い合ったり、感謝の手紙を貰ったりと、書ききれないほどの思い出を受け取っています。
持論ですが、塾講師は “教育者” ではありません。
どう頑張ったとしても “ビジネスマン” です。
そんな私を「先生!」と呼んでくれる生徒たち。
『○○(名前)ちゃんへ』と書かれた封筒を開け、綴られた便箋を何度も読み返す。
──いくら積み上げても、これはお金では換えられない。
そう思うからこそ、未だになんとか働くことができているのだと思います。
いつか、彼ら彼女らへの感謝を私なりの形で表すことができたらよいな、と思っています。
時系列がぐちゃぐちゃになっておりますが、強制入院の話や現在ふと思っていることなど、少しずつ書き溜めていければと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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