【エッセイ#1】休職に至るまで
こんばんは。ぴくしー★ちゃんの “本体” です。
アタオカ系の作品しか投稿していないせいで、「あっ、コイツ躁だな…」「気でも狂ってんのか?」と思われるかもなのですが、これでも現在は安定した状態となっています。
私は4年半前に精神科に通い始め、現在は「統合失調感情障害」という診断を受けています。
「統合失調感情障害」とは双極性障害がベースにあり、躁状態の時に統合失調症の陽性症状(私の場合は妄想など)が出てしまうといった精神障害です。
新卒入社した会社で過重労働とパワハラから鬱病となり、休職。その後、休職中に躁転して精神病棟に緊急入院。退院後にさらに1年延長して休職し、現在は転職して地元の学習塾で数学科講師として働いています。
新卒で入社した会社は広告代理店だったのですが、総合職採用であったため、希望の部署(クリエイティブ局)ではなく、デジタル広告の運用部署に配置されました。
配属面談ではデジタル広告部門だけは絶対に行きたくないと伝えましたが、会社の構造転換で私を含めて多くの新入社員がデジタル広告関連の部署に配置されました。
この理由としては、マスメディア(大半がテレビ局)からの収益に依存するのではなく、デジタル広告という年々成長している市場のシェアを取りたいという狙いがあったためです。
嫌だ嫌だと思いながら、当時の部長から「ここで3年耐えて結果を残したら、俺が必ず希望の部署にお前を通す」と言われ、必死になって日々喰らいついていたのを覚えています。
その部長の方は大変優秀な方で、かつ、本当に面白い方です。
部長という立場でありながら気さくで、仕事の覚えも悪い私にいつも気をかけてくださいました。
毎週のように飲みに連れて行ってくださり、「お前は馬鹿だけど面白いなぁ!」と可愛がっていただいた。
「この人についていこう。仕事で認めてもらえるように頑張ろう」と心から思っておりました。
仕事は朝9時に出社し、基本22~23時退社。遅ければ翌3時退社となった日もあります。
またデジタル広告業界に携わっている人なら分かりきったことかと思いますが、数ある業界の中でも変化が激しく、情報のインプットだけでなく使えるレベルまで持っていくのにかなりの勉強量が求められます。
そのため、帰宅後も最新の資料を読み込み、また土日も資料作成スキル(主にExcel)やデジタル広告関連の勉強をするといった “いくら稼いでも使う暇がない” という地獄のような日々でした。
それでも、ここで努力すれば報われる、それを希望に必死になって喰らいついていました。
しかし、努力しても報われるわけではありませんでした。
なんとか先輩社員にサポートしていただきながら、1人でも小規模の担当案件を回せるようになってきたところ、追加で大規模案件のスタッフとして働くことになりました。
これは会社の利益というよりも私自身のデジタル広告の運用スキルの向上を目的としてのジョインでした。
詳細までは語りませんが、物覚えが悪く、ポンコツだった私はそこでチーフ役の社員から執拗にパワハラを受け、ジョインからたった2週間で休職せざるを得なくなったのです。
あまり思い出したくもありませんが、彼が私を呼ぶ際は「給料泥棒」、仕事に関する相談をしても無視、そのチームは彼が支配していたので他の社員も同調して答えてくれない。
そんな環境でした。
そうであるならば、すぐに上司に面談を組んでもらい、相談すべきでしょう。
しかし、唯一の味方である部長の方は大変多忙であったため、ちょうどジョインしてからの2週間はスケジュールに一切空きがないほどであり、相談することが難しかったのです。
それだけでなく、学んでこいと言われて送り出されたのに、「私の無能さで迷惑をかけたくない」と当時思っていた私自身の判断ミスが一番の原因だと思います。
休職前日と前々日、ちょうど土日でしたが、不安から一睡もできず、頭が回らないまま出社しました。
その日が研修日だったことが幸いして、研修長の方が私の異常に気づいてくださり、すぐに産業医との面談へ。その産業医から精神科を紹介され、精神科医から鬱病と診断され、結果として休職となったのです。
説明のために一部省略している部分もありますが、こうして私はその後、約2年間休職し、新卒で入社した会社を辞めました。
2年間の休職期間中に躁転して精神病棟に強制入院、また未経験から塾講師に転職するなど様々ありましたが、長くなりますので、またどこかのタイミングで書ければと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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