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自己受容の矛盾



自己受容を考えるきっかけ

他者評価が気になる
人から評価を受けることだけが存在意義を確かめる手段
だから人の期待にこたえる(つまり自分のために)

このような状態で生きてきているのは何故だろうか。
以前の記事にも書いたが、主体的に生きていなかったから。
その結果、自分に自信が持てず、自己否定の連続となった。

自己否定をしてはいけない。
自己肯定感を上げたい。
自己肯定感を調べるとまずは「自己受容」からと。

自己受容って?

自己受容とは

実は定義として世界的に共通したものはない。
人間性心理学ハンドブックの定義によると、
「自分自身を、好ましい面も好ましくない
面も含めて受け容れること」
としている。

「好ましくない面も受け入れる」という部分…

「受け入れる」というのは、
分かっている、知っている、自覚しているとは違う?

受容(受け容れる)とは?

様々な事が言われているが、
自分なりに解釈すると、
自分の姿を正確に観察し、客観的に見つめ、
今の自分をみる姿勢、感情のこと。

自分を知ることは知的
(なるほど、だから…)
受容は感情、感覚(へぇ~そうなんだね~)

受容は肯定でも否定でもない(強いて言えば暖かい)

好ましくない面の認識が劣等感になるという事ではない
好ましい面も含めて客観的に自分をみると
好ましくない面は一部分であることがわかる。
劣等性を認識するが、劣等感にはならない。

自己受容の矛盾点

受け容れるという意味は何となく理解した。

しかし、自己否定してしまう時は、
「もっとこうしたら良かった」
「何で自分は出来ないのだろう」と
より良い自分になりたいと思う結果である事が多いのでは?

欠点の部分を含めて自分を受け入れた先に
「こんな事ができないのも自分なんだな」
の後に成長はあるの?

成長しない、実行できない自分も受け容れる?

何のために自己受容をするの?

自己受容のバランス

自己受容の効果として、精神的な安定や
幸福感の基盤となると言われている。

しかし、自己受容が極度になると
矛盾を引き起こす。

例えば、出来ない自分を
受け容れるあまりに、
変化しない、挑戦しない。
つまりは、成長の機会を逃してしまう。

また、犯罪のような行為まで受容することは
社会に適応することが困難になる。

他者との適応も同じで、
「人は関係ない、これが自分だ」という
受容が極度であれば、対人関係は築けない。

つまり自己受容も適度なバランスが必要
「自己受容しながらも、社会や対人関係に適応する」というバランス

ここまでのまとめ
自分の感覚的に自己受容は、
「まあまあ、しょうがないか~」
(暖かい感情)
積極的な、ポジティブあきらめ半分!という理解となった。

自己受容は自分のため?

自己受容は間違いなく、自分のためではある。
他者への影響はない?
先人の言葉から学ぶ

自分を知ることから始めよう
自分についてごまかしたり、
自分に嘘をついたりして
やりすごすべきではない。
自分に対してはいつも誠実であり、
自分がいったいどういう人間なのか、
どういう心の癖があり、どういう考え方や
反応をするのか、よく知っておくべきだ。
なぜならば、自分をよくしっていないと、
愛を愛として感じられなくなってしまうからだ。
愛するために、愛されるために、
まずは自分を知ることから始めるのだ。
自分さえも知らずして、
相手を知ることなどできないのだから。

曙光

他者へ貢献したい、影響を与える人になりたい。
そう望むなら、まずは自己受容をして、
相手を知る資格を持とう!周りの人を幸せにするために。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございます。

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