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第6話『ハデスの眼、ガイアの部屋』恋愛小説部門

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「おいウチェリファン!」
「ああ……」
「おい、ウチェリファン!!」
「ん? ああ、どうした? オーファン」
「お前、朝からなんか変だぞ? 考え事か?」
「いや、別に大丈夫だ。戦もちゃんと勝ったじゃないか?」
「ああ、ずいぶんまずい采配を、俺が何とかした形だったけどな」
「そうだったか?」
「ああ。うちの兵も予定より死んだし、必要以上に俺も始末しなきゃならなかった」
「そうか。それは悪いことしたな……反省するよ」

 オーファンは肉を噛みながら肩をすくめた。

「まあ逆を言えば、普段はお前の采配のおかげで、本来死ぬはずの人間が死なずに済んでるってことだろ」
「オーファン。早く戦なんて終わればいいよな?」
「どうなんだろうな、ウチェリファン。俺、戦が終わったら何すればいいんだろう」
「俺たちはもう貴族に迎え入れられる。褒賞も腐るほどある。何もしなくても生きていけるさ」
「何もしない、か……」
「退屈なら農業でもやればいい。お前の力なら僻地開拓でも、水路工事でも何でもできるだろ」

 オーファンは少し考え、それから首を振った。

「でも俺、人と一緒に何かやるの苦手なんだよな。できれば一人でできることがいい。それか……お前と二人でできること」
「そうだな……旅なんてどうだ?」
「旅?」
「異国を回って、珍しい商材を集めるんだ。香辛料や装飾品を買って、別の国へ運ぶ。俺たちなら護衛もいらない。言葉も俺が何とかする」
「それだ! それいいな!」

 オーファンの顔が、一気に明るくなった。

「もう人を殺したくないんだ。最近は、できるだけ殺さないようにしてる。戦えなくなる程度に負傷させるだけで済ませたりな」

 オーファンは葡萄酒を飲み干した。

「戦、早く終わらせようぜウチェリファン。そして旅に行こう。旅に!」
「ああ。楽しみだな、オーファン」

 俺は笑いながら葡萄酒を口に運んだ。

 * * *

「……そんな話をしてたんだ。前回の戦は俺がひどかったからな。今回は逆に、オーファンが少してこずってて、俺はずっと気が気じゃなかった」

 戦のあと、オーファンとの宴の前に、俺はメジェンたちの住まいへ来ていた。

「オーファン様は優しいのね」

 メジェンが静かに言う。

「ウチェリファン様が前回みたいにならないよう、わざとそんなふうにしたんだわ。本当に、お互いを理解してる」

 そして少しだけ拗ねたように続けた。

「旅、素敵ね。ふたりで遠くへ行って、この国のことも、ワタシのことも忘れて……異国の娘と恋に落ちて、そのまま帰ってこなくなるんだわ」
「一緒に行くだろ?」

 メジェンが驚いたように目を見開く。

「……え?」
「君もだ。ジンも連れて」
「行く……! 行きたい……! 連れて行って!」
「ああ。君さえよければ、俺たちが守る」

 メジェンが花のように笑った。

「ああ……すごく楽しそう。ジンも! ジンも一緒でいいんですね!」
「当たり前だろ。……そういや、ジンは?」
「あの子、最近ウチェリファン様が来ると出かけるのよ。『邪魔者は退散するよ!』って」
「ははっ。気遣いのできる奴だな」
「ウチェリファン様……」
「おっと、長居しすぎたな。そろそろ行かないとうるさい奴がいる。今日オーファンに、メジェンたちのこと話そうと思っているんだ」
「受け入れてくれるかしら?」
「大丈夫だ。あいつのことは、俺が一番わかってる」

 メジェンがふっと笑った。

「心と心でつながってるんですね。なんだか焼けちゃうな」
「何言ってるんだ。俺の心も命も、もう君のものだろ」

 メジェンが俺を見上げる。潤んだ瞳が、まっすぐ俺を見ていた。

「……本当に、ワタシなんかでいいんでしょうか?」
「またそれか。愚問だって」

 俺は笑って立ち上がった。

「じゃあ行ってくる。ジンにもよろしくな」
「はい。お気をつけて」

 * * *

「勝利に!」

 俺たちは杯をぶつけ合った。オーファンとの宴は、いつだって最高だった。だが最近は、ふと思う。ここにメジェンがいたら。ジンもいたら。きっと、もっといい。そしてオーファンも、それを同じように喜ぶだろう。それが俺にはわかっていた。

「ところで」

 俺は葡萄酒を飲みながら口を開いた。

「オーファン、お前、妻を娶らんのか?」

 友が盛大にむせる。

「ごほっ……! 急になんだ!?」
「いや、実は俺、妻を娶ることにしたんだ」
「なに!? 本当か!? 誰だよ!?」
「町人だよ。姉弟で暮らしててな。親もいない。何とかしてやりたいと思ったんだ。だから、館へ呼べばいいって思ってさ」
「へえ……」
「そしたらその姉が、『ワタシなんかでいいんですか?』って泣くんだ。そしたら俺も、『俺が何とかしなきゃな』って思ってな」
「そうか!」

 オーファンが嬉しそうに笑い、勢いよく杯を掲げる。

「友と、そのメジェンって女の幸せに!」
「ああ」

 俺たちは再び杯をぶつけ合った。

 葡萄酒を一気に飲み干すオーファンの心の声は、いつもよりも大きい気がした。

(嬉しい。嬉しい。嬉しい)

 ああ、俺は幸せ者だ。心からの友がいて、愛する人がいて、これから自分たちの望む人生を生きていける。年老いるまで、その先まで。

「なあオーファン」
「なんだ、友よ!」
「旅の話なんだが、メジェンたちも連れて四人で行けないかなって思ってる」
「何それ最高じゃねえか! いいなあ、それ! 幸せだな!」

 酔った顔のまま、真っ直ぐ俺を見る。

「なあウチェリファン。俺、お前が幸せになるの、本当に嬉しいぞ」

 ああ、もうかなり飲んでるな。そろそろ宴も終わりだ。だがいい、これから何度でもできる。四人で、旅の先々で、何度でも。

 葡萄酒を飲みながら、俺はゆっくり眠気に落ちていった。

     ◇

 夢を見た。真っ暗な空間だった。そこへ、小柄な女が現れる。

「よう、ウチェリファン」

 ガイアだった。

「幸せそうだな。いい顔してる。まさに幸福の絶頂ってやつだ。だから、そろそろ迎えに行くことにした」

 ガイアは、まるで天気の話でもするように続けた。

「今が一番いいんだ。長く一緒にいすぎると、人の情熱は少しずつ冷めていくからな。いや、冷めた先に愛ってものがあるのかもしれんが……ワシは、お前たちにはもっと激しく求め合っていてほしい。だから別れてもらう。ちゃんと非業でな」

 ガイアがふっと息をついた。

「まあ安心しろ。ハデスの眼たちが見届けに行く。お前たちも、あれを見れば全部思い出すだろう」

 声が遠ざかり、姿が溶けていく。

「この夢のことは忘れる。でもまあ、言わずにいられないのがワシの性分でな。じゃあな。最後の戦、頑張れよ」

     ◇


👉第7話に続く





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