第16話『パラレルコネクター』ファンタジー小説部門
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【一章‐八節 アウリン】
翌朝、俺たちはペンションで目を覚ました。
朝食はオーナーのおばあさんが用意してくれた。パンとオリーブオイルとトマト。シンプルだったが、思いのほかうまかった。
「ソーナ、今日こそアウリンとの待ち合わせだよな?」
「もうちょっとよ」
俺は小さくため息をついた。
レッドの声が聞こえる。
「ヤマベ、付き合ってあげてよ」
仕方がない、お姫様に付き合おう。
「じゃあ今日はどうするんだ。またフィレンツェを歩くか?」
「フィレンツェはとっておきたいの。次に来た時のために」
ソーナはそう言って少し微笑んだ。そのどこか寂しそうな笑顔に、俺はなんて答えればいいかわからなかった。
「今日はアウリンへのお土産を買いにどこかへ行きましょ?」
「どこか?」
「フィレンツェにいる人に、フィレンツェのお土産はいまいちだと思うの」
「あぁ確かに。俺なら日本から来た人からは日本のお土産をもらいたいかもしれんな」
「あ、それいいアイデア! じゃあ、目的地は日本ね。えっと、……今ここが朝だから、日本はちょうど夕方よ」
「天地人独特の発想だな……けど、まあいいんじゃないか」
「でも、何がいいかなあ」
「アウリンは日本酒飲めるのか」
「ワインもビールもウイスキーとかも、いろいろ飲んでいるし、アルコールは大好きみたい」
「じゃあ、酒でも買っていくか」
「いいかも! でもどんなのがいいのかしら」
「それこそ天地人の力で、いろんな酒蔵に行って、試飲してみればいいんじゃないか?」
「あ、いいね! じゃあ今すぐ行きましょう」
次の瞬間、俺たちは初めて会ったアパートの前にいた。
「さて、どこから行こうかな?」
「ねえ、ヤマベのおすすめの酒蔵を教えて」
秋田、福井、山口、神戸、石川。
俺がおすすめの酒蔵を言うたびに、各地の酒蔵に飛んだ。
「あまり飲みすぎると、酔っぱらってしまうぞ?」
「そうね、気を付けるわ。でも日本酒はちょっと舐めるだけでも、味が分かっていいね」
「確かにそうだな。ところで気になったのはあったか?」
「まだわからない。でも、最後に一番好きだった酒蔵に行って、それからフィレンツェに戻ろう」
「時間との戦いだな」
まだ明るかった日は、いつの間にか傾き、初夏の夕暮れを迎えていた。
ソーナの熱望で、京都の夕焼けを見に行くことになった。
一〇〇〇年の古都。鞍馬山に夕日が落ちていく。
空が赤く染まっていた。
ソーナの横顔も、その色に染まっていた。
彼女はじっと山の稜線を見つめる。その瞳に何かを刻み込むように。
「きれい……」
誰にも届かないような小さな声。その言葉は俺にだけ届いていた。
「ああ」
「京都の夕焼けって、なんか違う気がする。フィレンツェとも、シエナとも、他のどことも」
「どう違う?」
「うまく言えないけど……もの悲しい感じがする。でも、嫌いじゃないの」
俺は何も言わなかった。
そうかもしれない、と思った。
終わっていくものの美しさを、この街は知っているのかも知れない。
俺には、それがどこか他人事に思えなかった。
ソーナは何を感じているんだろう。
「ねえ、今度の時は、もっとゆっくりと日本観光をしようよ」
「今度って?」
山の向こうに、夕日が沈んでいく。
「……いつかよ」
夕日が、向こう側に消えた。
その「いつか」は、ずっと来ない気がした。
「……で?」
「え?」
「もう時間もないだろ? どれにするか決まったか?」
「あ、うん。そろそろだよね。秋田県の新政(あらまさ)ってところがよかった」
「ああ、ナンバーシックスだな。確かに初心者でも飲みやすい。俺もそれがいいと思う」
「うん」
「それから、福井によって、酒のアテ買っていこう」
「アテ?」
「まあ、おつまみみたいなものだ。そこは俺に任せといてくれたらいい」
「うん、わかった。もうフィレンツェに戻らないと間に合わないわ」
「向こうは何時なんだ?」
「日本がこの時間なら、フィレンツェはちょうどお昼ね」
フィレンツェに戻った時、俺たちはドゥオーモの一番上にいた。
「ここが待ち合わせなの」
鐘が街に響く。
「一二時の鐘の音。アウリンとの待ち合わせの時間」
ソーナのその言葉が終わりきる前に、背中の腰の上あたりをツンツンと何者かにつつかれる。
振り返ると、黒髪に黒い目の、小柄な少女が腰に手を当ててソーナをにらんでいる。
「ソーナ……」
見た目と違って、思ったよりも低い声だ。
「あ……」
「約束は昨日の一二時だっただろう?」
「ア、アウリン」
「ワシが何度催促を送ったと思っているんだ。まったく」
シロが「え!? ソーナ!? 今日じゃなかったの!?」と大きな声を上げる。
じゃあ、最初から……。俺はソーナを見た。
ソーナは観念したように、俺とアウリンを交互に見てから、両手を合わせた。
「ごめんなさい……」
アウリンが大きく息を吸う。そのまま怒鳴りつけるのかと思ったら、その小さな体から、一〇八年分のため息が出た。
「……まったく」
シロが「ヤマベ、ソーナってかわいいね」と小声で言った。
俺は何も言わなかった。でも、そうだな、と思った。
ソーナは両手を合わせたまま、アウリンの背中を見ていた。
「ソーナ、もういい。立ち話もなんだし、ワシが持っているリストランテにでも行こう。コンゴウ頼む」
「儂の出番か、良いじゃろう。それ!」
第17話に続く
