見出し画像

第15話『パラレルコネクター』ファンタジー小説部門

👈第14話に戻る


【一章‐七節 もうちょっとの先】


「ヤマベ、ヤマベ」
 遠くから俺を呼ぶ声がする。
 目を開けると、すぐ目の前にソーナの顔があった。
「気持ちよさそうに寝てたね」
「ああ……すまない」
 体を起こすと、空が赤くなっていた。シエナの丘に夕日が降りていく。
「それで、アウリンとの待ち合わせは?」
 ソーナは少しだけ目をそらした。
「……今日はもう無理ね」
「え?」
「気がついたらずいぶん遅い時間になっちゃって。ごめんなさい」
「いや、俺が寝てしまったんだから仕方ない。じゃあ、明日か?」
「……うん、明日よ」
「それで大丈夫なのか?」
 ソーナは何も言わなかった。まるで怒られている子供みたいだ。
 起こさなかったのはソーナかもしれない。でも俺が勝手に寝てしまっただけだ。怒る筋合いもない。一日ぐらい遅れたところで問題はないだろう。
「……わかった。明日にしよう」
 ソーナがぱっと顔を輝かせた。
「今日は楽しかったよね」とシロが言うと、レッドが「あら、もう一日。ね、ソーナ」と続いた。
「ところで、俺たちどこに泊まるんだ?」
「あ、それは大丈夫よ。アウリンの知り合いのペンションがあるの。フィレンツェの旧市街の中にある小さなところだけど、アウリンがいつでも使っていいって言ってくれているの」
「アウリンはフィレンツェに住んでいるのか?」
「ええ、ずっとフィレンツェよ。リストランテも持っているし、気に入っているみたい。一〇八年生きていれば住み慣れた場所の一つや二つあるわよね」
「そんなに年を取っているのか?」
「ええ。彼女は地人だから、長生きなのよ」
「なるほどな……」
 俺は少し間を置いてから聞いた。
「ソーナはどこを拠点にしているんだ?」
「私は日本よ。第四世界の日本。あの部屋が私のベースなの。フィレンツェはアウリンに会いに来る時だけ。観光は今日が初めてだったわ」
「そうか。だから俺たちが飛んだ先が日本の部屋だったんだな」
「コネクターが引き合うとしたら、あなたたちが私の部屋に来るのは自然なことよ。でも今日はフィレンツェに泊まって、明日アウリンに会いに行きましょう」
「最初からそういうの計画だったんじゃないのか?」
「ちがうちがう! 本当に今日会うつもりだったの!」
 俺は黙っていた。どっちにしても、もう過ぎたことだ。
 ペンションはフィレンツェ旧市街の中にあった。石造りの外観は古いが、趣がある。
 アウリンの名前を出すと、オーナーのおばあさんが嬉しそうに部屋に案内してくれた。
「アウリンちゃんのお友達ね! いつでも来ていいって言ってあるのよ」
 一〇八歳のアウリンちゃん。いったいどんな奴なんだろう。
 中は清潔で落ち着いた雰囲気だった。部屋は二つ用意してもらった。
「シロ、今日もエネルギーをためておいてくれ」
「わかった! アンタさんが繋がっている限り、大丈夫だよ」
 居間での食事の後、ソーナとレッドは小さな声で話し込んでいた。何を言っているかまでは聞こえなかった。
 俺はワインをなめながら、窓の外の夜のフィレンツェを眺めていた。
 アンタ、今日の街を見たか?
 美しかったよな。
 何百年経っても、この街は変わらない。
 いや、正確には変わりながら、でも何かが変わらない。
 人間というのは不思議なものだと思う。
 消えていくくせに、こんなものを作って残していく。
「ヤマベ」
 ソーナが小声で話しかけてきた。
「なんだ」
「ねえ、少しだけ外に出ない? 夜のフィレンツェを歩いてみたいの」
「シロは?」
 ソーナがレッドに目配せをした。
 レッドがそれを受けて「シロ。私ね、あなたに聞きたいことがあったのよ。少しいい?」と声をかけた。
「え!? 私に!? なんですか!?」シロの声が一段高くなった。
 まあ、シロが離れたところで、アンタは俺につながっているから大丈夫か。
 ソーナが俺に小さく頷く。俺たちはコネクターたちを置いて、夜のフィレンツェの中に入っていく。
 そこは昼間とは全く違う顔をしていた。石畳が街灯の光を受けて鈍く光っている。人通りは少なく、遠くから誰かの話し声と笑い声が聞こえてくる。
「きれいね」とソーナが呟く。
「ああ」
 街灯に照らされ、並んで歩く二つの影。
 なんか身構えているな、俺。
 アンタはどう思う?
 天地人にこんな夜に二人で誘われたら、何か重大なことを言われると思うのは当然だろう。
 気持ちも記憶も読まれたくない。
 心の準備をしておかないとな。
「ねえ、ヤマベ」
「……なんだ」
「この街の石畳って、何百年も変わらないのかしら」
「そうだな。石は丈夫で燃えないからな。木の街は燃やされて消える。石の街は残る」
「燃やされて、って……戦争?」
「街が消えるのはたいてい争いだ。人が消えるのも……いや、いろいろあるな。人の場合は」
 俺はそこで口を閉じた。ソーナは何も言わなかった。
 しばらく無言のまま二人で石畳の上を歩いた。
「ねえ、ヤマベはこの街に来たことあるの?」
「ああ、前世で」
「……前世」
「信じるか?」
「信じないわ」
「だよな」
 ソーナがこちらをちらりと見た。その目は「本当に?」と言っていた。
「それは冗談なの、嘘なの?」
 俺はその目をまっすぐ見た。
「お前には何が見える?」
 ソーナは一拍だけ止まって、それから静かに微笑んだ。
「秘密」
 俺たちはまた歩き出した。夜風が路地を抜けていく。
 なんでだろう。ソーナといると、ずっとずっと昔、まだ自分が幼かった頃のことを思い出す。
 アンタ、わかるか?
 理由がわからないのに、懐かしい。この感じ。
 石畳の上に、二人の影が並んでいた。
 俺は黙ったまま歩き続けた。ソーナも黙っていた。その沈黙は、重くなかった。むしろ、どこか温かかった。
 しばらく歩いてから、ソーナが俺に腕を組んできた。
「ねえ、あっちに行きましょう」
 ソーナが俺の腕を引っ張るように歩き出した。俺は何かを言いかけて、やめた。
 ソーナの温もりがそこから伝わってくる。
「ねえ、ヤマベ」
「なんだ」
「今日は疲れた?」
「ああ、へとへとだよ」
「ごめんね。アウリンに会うが明日になっちゃって」
「……本当は、俺に聞きたいことでもあるんじゃないか?」
「ううん。違うわ」
「あのとき、寝ている俺を起こせばよかったんじゃないか?」
「うん、そうね」
 ソーナはそこで一度言葉を切った。
 若い男女の笑い声が遠くに聞こえる。恋人同士だろうか。
「ただ……」
「ただ?」
「……本当は、ただあなたと一緒にいたかったの」
 ソーナは前を向いたまま言った。
「フィレンツェの夜を、あなたと一緒に歩いてみたかったの……」
 俺は何も言えなかった。何か言うべきだったかもしれない。でも言葉が出てこなかった。
 俺たちはただ、二人で夜のフィレンツェを歩いた。どこに向かうでもなく、ただ……。
 行き止まりは川だった。
 右にはポンテ・ベッキオがあった。左に行けば、昼に渡った橋もあった。
 でも二人とも橋には向かわなかった。川の向こうには一緒に行けない気がした。
「ねえ、もう帰りましょ。遅くまで付き合ってくれて、ありがとう」
「ああ」
 なあ、アンタ、見ているか。
 アンタには俺のどこまでが見えるんだ?
 俺はこういう時間を、知らなかったんだ。
 こんな当たり前の時間を、知らなかったんだ。

第16話に続く

 


いいなと思ったら応援しよう!