第14話『パラレルコネクター』ファンタジー小説部門
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「少し離れるけど、もう一か所だけ、行きたいところがあるの」
「ところで、アウリンに会うのは何時なんだ? まだ時間があるのか?」
「もうちょっとだけよ!」
その瞬間、目の前が真っ暗になり、また別の風景が広がった。
気がつくと、石造りの街並みの中に立っていた。フィレンツェとはまた違う、静かで古びた雰囲気だ。
「ここはどこだ?」
「シエナよ。フィレンツェから南に六〇キロほど。中世の街並みがそのまま残っているの。見て、あの塔」
ソーナが指さした先に、茶色く角ばった細く高い塔がそびえていた。
「マンジャの塔。高さは一〇〇メートル近くあって、頂上まで階段が四〇〇段以上あるわ。登ってみたいの」
「四〇〇段か」
「怖い?」
そう言って、ソーナが俺の顔をのぞき込む。
「そんなことはない」
ソーナが、先に上り始める。俺はその後をついていく。登り始めると、すぐに汗が噴き出してきた。石造りの狭い螺旋階段が、延々と続く。ソーナは細い足で、平気な顔で登っていく。汗もほとんどかいていないようだ。そんなところも天地人の能力なのかもしれない。
やっとの思いで登り切った頂上は、疲れなんかどうでも良くなるくらい、美しい風景を見せてくれた。
眼下に広がるオレンジ屋根の街並み、その向こうにオリーブの畑が続き、その先には山並みが見える。見下ろした広場はまるで貝か扇を広げたように美しい。
風を大きく吸う。背伸びをすると、まるで空を飛んでいるような気がした。
隣のソーナは遠くの景色を見つめていた。その目は今じゃないどこか遠くの時を見つめているように見えた。
ソーナはまっすぐ前を見たまま、俺のほうに手を伸ばしてきた。俺が躊躇していると、彼女が俺の手をつかんだ。その手は冷たくつるつるしていた。
俺たちは二人で、流れゆく風を受け止めた。体がそのままシエナの景色に溶けていくような錯覚を覚えた。ソーナの冷たいその手が、俺を現実につなぎとめているような気がした。
どのくらいそうしていただろうか。
「そろそろ、下りましょう」とソーナが言った。
「また、階段か……」
「大丈夫よ」
そう言って、ソーナは手を握ったまま、俺の顔をのぞき込み微笑んだ。
次の瞬間、俺たちは広場にいた。
「ねえ、ヤマベ。広場に寝転がろう」
「さっきまで塔の上にいたんだが」
「そろそろ慣れたら?」
そう言って、ソーナはその場であおむけになった。周りを見渡すと、皆がそれぞれに座ったり寝転んだりしている。俺もソーナの横に寝転がり、マンジャの塔を見上げた。
「ねえそのまま。目を閉じたまま聞いて」
ソーナが俺の手を握る。
ソーナの方を見ると、「そのまま、上を向いて、目をつぶって」と言った。
ソーナの言う通りに上を向き目をつぶる。風が吹いてきて、まるで自分がシエナの空を飛んでいるような錯覚を覚えた。ふわふわとしているこれは、眠気だろうか。
「私は、この天地人の力が大っ嫌いだった。私のお母様もこの力が憎んでいた。できることなら、今、全部を捨ててしまいたい。全部を捨てて、このまま毎日あなたとなんでもない日常を過ごしたいって思ってる」
「ソーナ?」
「ヤマベ、何も言わないで聞いて。うーん。違うな、聞かないでほしいの。ただ私にしゃべらせてほしいの。我がままだよね?
ヤマベ、眠って。眠っているあなたに語り掛けるわ。いえ、あのマンジャの塔に向かっての独り言ね」
ソーナ? 俺は寝てもいいのか?
疲れのせいか、強烈な眠気が俺を襲う。それともこれも天地人の力か?
ああ、アンタここにいるんだよな? 代わりにソーナの話を聞いておいてくれ……。
……
「私は私が天地人になる前に何度も聞いた。世界のくさびの話。いま世界があるのは、天地人がくさびとして、世界を保っているからだ、と。そして、その時が来れば天地人は、その責務を果たさなければいけない、と。
私は天地人になった最初の瞬間に気づいたわ。私はくさびを必要とする時代の天地人なんだって。世界は私の命をもとめ、私の犠牲のもとに、未来を紡ごうとしているんだって。
この世界に生きて、未来が当たり前のようにあると思っている人たちは、当たり前のように私をいけにえにしようとしている。彼らは私の犠牲の上の自分たちの未来を、当たり前のように享受しようとしている。
それはしょうがないこと、それこそが私の宿命……。
でもね——本当は、嫌だった。こんな呪われた宿命を受け入れたくなかった……。
でも、不思議ね。いつしかそのことも、だんだんと大丈夫になってきたの。
世の中には、自分を呪って苦しくても生き続ける人もいる。その人は全然悪くないのにね。
ね、ヤマベ。
なんかね。そういうのを見ていたら、私の人生、意外と悪くないなって思えてきたの。
『みんなの未来を守る』
『大切な人の未来を創る』
『好きになった人を助ける』。
モノは考えようなんだって思ったの。
今でも天地人の力なんて大っ嫌いよ。
でも、今日も思ったわ。
世界は美しい。その美しい世界を残したい。そして愛しい人を救いたいって。無くしたくないって。
……寝てるよね?
うん。それがいいの。あなたには感謝してるの。
天地人の宿命を受けいれる覚悟をくれたあなたに……。
今日はわがまま聞いてくれてありがとう。
ヤマベ……ありがとう」
