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第13話『パラレルコネクター』ファンタジー小説部門

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 中央市場の建物に入ると、室内に屋台が並んでいた。日本の市場とどこか似ているが、匂いが全く違う。オリーブオイルと、ニンニク、それからセロリが混ざったような匂いだ。
「ねえ、ヤマベ。何食べよっか?」
「そうだな、あれなんかどうだ」
 イタリア風のサンドイッチの店を指さす。
 気がつくと、ソーナはすでに屋台の前に歩いていた。俺はその小さな後姿を追った。
 ソーナはサンドイッチを受け取ると、振り返りながら俺に差し出した。
「はい、パニーニ」
「いつの間に注文してたんだ」
「え? しておいたわよ、ちゃんと」
「いつ?」
「ほら、歩いてる間に」
 全く気がつかなかった。たぶん店員の脳内に直接注文したんだろう。天地人とは便利なものだ。
 受け取って一口かじる。トマトとチーズとレタス、それからあぶった塩味のチキンに手作りであろうケチャップソース。シンプルだが、いい組み合わせだった。
「うまいな」
 ソーナは自分のパニーニを最後の一口まで食べてから、満足そうに俺を見た。
「おいしいね」
「ああ」
「なあ、ソーナ。そろそろアウリンとの待ち合わせじゃないのか?」
「んー。もうちょっとよ」
「もうちょっとってのは何時のことだ?」
「うん。もうちょっと。……ねえ、ヤマベのパニーニもおいしそうね」
「ああ、食うか?」
「ほんと? ありがと」
 ソーナは嬉しそうに大きな口を開けてかじった。口元についたケチャップを指で拭ってなめる。まるで子供みたいだ。気づいたら、また口元が緩んでいた。
 シロが小声で言う。
「ヤマベ、ソーナ楽しそうだね」
「そうだな」
「それにヤマベもいつもと違って楽しそうだよ」
「そうか?」
「うん。普段ヤマベって笑うことないんだよ」
「そんなことないだろ?」
 全部食べ終わったソーナが俺の袖を引いた。
「ねえ、そろそろ次に行こうよ」
「どこだ?」
「シニョリーア広場。彫刻が見たいの」
 市場を出ると、ソーナは迷うことなく石畳の道を歩いていく。すれ違う人に時々「チャオ」と声をかけていた。相手もごく自然に「チャオ」と返す。
 ソーナはこの時間そのものを楽しんでいるようだった。そんな時間の中に、いつの間にか俺もいた。
 広場に着くと、ソーナは目を輝かせながら彫刻を一つ一つ説明した。
「あれがネプチューンの噴水。そしてあれがダビデ像のレプリカ。本物はアカデミア美術館にあるんだけど、レプリカを見るだけでもわかるわ、作った人は間違いなく天人よ」
「そうなのか」
「ミケランジェロよ」
「なるほど」
「ソーナは何でも知っているんだね!」
「まあ、天地人ですからね」
 そう言って、ソーナはシロに向けて笑った。その笑顔は少し寂しそうに見えた。
 広場を一通り見て回った後、ソーナが俺の手を引っ張った。
「ねえ、ジェラート食べたい」
「さっきパニーニ食べたばかりじゃないのか」
「別腹よ」
 笑いながらそう言って、俺の手を引っ張っていく。今度の笑顔は、とても楽しそうに見えた。
 ジェラートの屋台はすぐに見つかった。ソーナはショーケースの前でしばらく真剣に悩んでいた。
「どれにするんだ」
「チョコかピスタチオで迷ってる」
「どっちがいいんだ」
「ヤマベはどっちがいい?」
「俺はピスタチオだな」
「じゃあ私チョコにする」
 ソーナが支払いを済ませ、二つのジェラートを受け取った。俺は薄い緑色のジェラートを一口食べる。甘味の中にかすかな塩気がある。うまい。
「おいしい?」
「ああ、うまいな」
「よかった」
 ソーナは満足そうにチョコのジェラートを口に運んだ。そしてしばらく歩いてから、ふと俺のジェラートを見てきた。
「一口ちょうだい」
「ほら」
 俺がジェラートを差し出すと、ソーナは嬉しそうに一口食べた。
「こっちもおいしい」
「そうか」
「ベッキオ橋を見ながらジェラートを食べてみたかったの」
 そう言ってソーナは腕を組んできた。人ごみの中、橋の中腹まで来てから、ソーナは不服そうにつぶやいた。
「なんかイメージと違う気がする」
「この橋を見ながら食べたいなら、隣の橋に行った方がいいんじゃないか」
「あ、なるほど」
 言い終わる前に、景色が変わっていた。天地人の空間移動だ。
「そう、私が見たかったのはこの景色」
 隣の橋は人も少なかった。下流に建物が立ち並ぶベッキオ橋が見える。川面に光が反射していた。
 二人でしばらく黙って、その景色を眺めた。
 笑い声と話し声が遠くに聞こえる。石畳の上を、誰かの靴音が通り過ぎていくのが聞こえる。風の音が二人をやさしくなでている。
 ソーナは前を見つめたまま、ぽつりと言った。
「ねえヤマベ、たのしい?」
「そうだな」
「私はとても楽しいよ」
「それなら、なによりだ」
「うん。ずっと忘れられない思い出になるわ……」
「そうかもな」
「ねえ、ヤマベ」
「なんだ?」
「今日のこと、忘れないでね」
「……ああ」
 ソーナはそれ以上は何も言わなかった。
 俺も何も言わなかった。
 初夏の風が二人の間を通り抜けていく。
 ソーナは俺から殻になったジェラートの容器を受け取ると、それは霧のように空気に溶けていった。これもきっと、天地人の力なんだろう。
「ねえ、見て。ミサをやっているわ」
 どうやら、近くの教会でミサをやっているらしい。言われてみれば今日は日曜だ。
 ソーナが教会に行き、見学したいと言うと、紺色の修道服を着たシスターは、その申し出を快く受け入れてくれた。
 教会には中庭があり、廊下は日差しが差し込み明るかった。
 礼拝堂に近づくにつれ、オルガンと聖歌の声が大きくなっていく。
 オルガンの音と聖歌の響く礼拝堂の中は、初夏なのに空気が冷たく、お経の響くお寺とどこか似ているような気がした。
 時間の流れがいつもと違っていて、体中から力が抜け、緊張が解れていくような感覚を受けた。
 二人でミサの様子を眺める。
 俺は遠い過去の映像を眺めているような気分になった。
 ふと隣から視線を感じる。
 ソーナがこっちをじっと見ている。
 俺は自分のすべてを見透かされているような落ち着かなさを感じた。
「もう行こう」と、俺は立ち上がった。
 教会を出ると、ソーナは後ろに手を組んで俺の隣に並んで歩いた。さっきまでの神聖な時間の続きのように、二人の間に静かな空気が流れていた。
 ソーナが呟く。
「ねえ、ヤマベ。フィレンツェにはまだまだ見どころがたくさんあるの」
「ああ、かつて花の都と呼ばれた、美しい都市だ」
「うん。次回は美術館や歴史のある建物を回ってみたいの」
「次回?」
「また一緒に来ようよ」
「……そうだな。また来れたらな」
「約束よ。約束! ねえ、二人で指切りしようよ」
「指切りって、えらい日本的なことを知っているんだなぁ」
「まあ、天地人ですから」
 ゆーびきーりげんまんうーそつーいたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!
「約束ね!」
「約束を守るのは苦手なんだけどな……」
「約束!!」
 俺は大きくため息を吐き「わかったよ」と返事をした。
 その自分の言葉に、俺は本当にそうなったらいいなと思った。
「じゃあ次!」
 そう言って、ソーナはまた俺の手を引いた。

第14話に続く


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