無駄になるところだった「余分な努力」が、10年後に2年と300万円の価値を生んだ話
必死に頑張ったのに思い通りに行かず、「あの努力は無駄だったのかもしれない」と感じてしまった経験はありませんか?
もし、その経験が10年の時を経て、思わぬ形で未来のあなたを救ってくれるとしたら…?
これは、私自身が実際に歩んできた物語です。
海外留学や学び直しをしたいけど、あと一歩がなかなか踏み出せない。
今の努力が本当に報われるのか、少しだけ不安に思っている。
そんなあなたの背中を、そっと押せますように。
願いを込めて、私のささやかな体験を綴ります。
第1章:高校生の私が立てた「堅実プラン」が、母の一言であっさり覆った日
私の父は純日本人で、留学経験はないにもかかわらず、なぜか英語がペラペラです。70歳を超えた今でも、仕事で頻繁に海外に行っています。
そんな父の影響で、家ではいつも英語のニュースが流れ、私も子供のころ海外旅行に何度か連れて行ってもらいました。おかげでリスニング力には少し自信がありましたが、自分の言いたいことをスラスラと話せるほどではなく、父からの英語の問いかけに、日本語で返すのがやっとの日々。
いつか父と対等に英語で話したい、という憧れがありました。
それに加えて、昔から思ったことをハッキリと口にしてしまう性格も、私の背中を押していたのかもしれません。中三の時の担任の先生に「あんたはアメリカとかの方が合ってるんじゃない?」と言われたことが、ずっと心のどこかに残っていました。
そんな言葉も相まって、「英語を話せるようになりたい」という想いは、次第に「海外で暮らしてみたい」という具体的な目標へと変わっていきました。
かといって、気軽に留学できるほど我が家は裕福ではありません。
そんな私の想いを最終的に後押しすることになったのは、3歳上の兄の存在でした。
我が家には「大学費用は社会人になってから親に返す」というルールがあったのですが、学費の高い有名私立大学の理系に進んだにもかかわらず、兄はよく授業をサボっていました。
「最終的に自分のお金なんだから何をしても自由だ」と言う兄と、「だからこそ1円も無駄にしたくない」と考える私。同じ家で育ったのに、価値観は昔から正反対です。
そんな兄の大学での過ごし方を見ていて、私には二つの想いが募っていきました。
一つは、入学をゴールにしてしまうのではなく、学生の本分である勉強をきちんとするのが当たり前の環境に身を置きたい、ということ。
そしてもう一つは、自分は兄ほど賢くないからこそ、一回の試験に全てを賭ける日本の受験制度はリスクが高い、ということでした。
それなら、入学は比較的簡単でも卒業が難しいと聞くアメリカの大学は、まさに私にとって理想的な場所に思えたのです。
でも、兄が私立理系に進んだことで、私に残された選択肢は「学費の安い国公立大学」だけ。当時はそう思い込んでいました。
昔からイルカが好きで、生物学が得意だった私。海洋生物学が学べる国公立大学をリサーチするうちに、とある大学にたどり着きます。そこには、提携しているハワイの大学へ1年間の交換留学ができる制度があったのです。
これなら、親への金銭的な負担も最小限に抑えられるし、留学の夢も叶えられる!
兄のことで家計に遠慮していた私にとって、それは完璧な解決策に思えました。高校2年生の時、私は意気揚々と母にその計画を打ち明けたのです。
すると、母から返ってきたのは、予想もしない一言でした。
「それならいっそ最初からあっちの学校入ったら?」
え、ほんとに?いいの?
…なら、行く!
こうして、私の「1年間の交換留学」というささやかな計画は、一瞬にして「ハワイの大学を卒業する」という、壮大な挑戦へと姿を変えたのです。
第2章:楽園ハワイで、私が「遊ぶより学ぶ」を選んだ、たった一つの理由
母の一言で「海外に行く」と決めたものの、次の壁は「どこへ行くか」でした。
海洋生物学が学べて、イルカの勉強もできる場所。候補地として、カリフォルニアやオーストラリアも浮かびましたが、治安、費用、日本との距離など、様々な要素を天秤にかけ、最終的に心が決まったのは、やはりハワイでした。
とはいえ、地図の上で目的地が決まっただけで、そこへ向かうための具体的な手続きはさっぱり分かりません。そこで私は、親と相談し、現地のサポートが手厚い留学斡旋会社の扉を叩くことにしたのです。
カウンセラーの方と話す中で、ハワイ留学の様々なスタイルを知りました。午前中は語学学校、午後はサーフィン三昧…なんて、いかにもハワイらしい楽しそうなコースもあります。
ただ、私の中では覚悟が決まっていました。
英語そのものを学ぶ「語学留学」ではなく、興味のある学問を‶英語で”学ぶ「学部留学」を選ぶ、と。
英語はあくまで、コミュニケーションのツール。目的を達成するための手段として英語を使うことこそが、本当に英語を使いこなせるようになるための最短ルートだと、私は考えたのです。
そして、そのカウンセリングで、私は自分の未来を決定づける、まさに「最短ルート」と呼べる方法に出会います。 それが、「コミュニティカレッジからの編入」という選択肢でした。
当時アメリカでは、多くの学生がまず、4年制大学より学費が格段に安いコミュニティカレッジ(短大)に入学していました。そこで一般教養を学びながら自分の専攻を決め、卒業してから4年制大学の3年次に編入する。それが、最も賢く、一般的なルートだったのです。
このシステムの魅力は、それだけではありません。
編入先の自由度: 取得した単位はハワイだけでなく、アメリカ本土の大学にも移行できる。
単位の永続性: 単位に有効期限がないため、一度大学を離れても、いつでも復帰できる。
この話を聞いた時、「これだ!」と直感し、私の道筋は明確になりました。
目標は、4年制大学で海洋生物学を学ぶこと。そのための戦略は、まず学費を抑えられるコミュニティカレッジで、編入に必要な単位を計画的に取得しきること。
遠回りに見えて、実は最も賢いこのルートを、私は全力で走り始めることにしたのです。
第3章:期待と不安をスーツケースに詰めて。私が日本に置いてきたもの、持って行ったもの
私の通っていた高校は、有名私立大学群に毎年数十名を輩出する、いわゆる進学校でした。
「大学受験をしない」と決めた私は、校内では少し異質な存在です。だからこそ、高三の1年間は学園祭や体育祭の委員などを複数引き受け、受験勉強に励む友人たちの分まで、と忙しい日々を送っていました。
留学先がハワイに決まってからは、さらに目まぐるしくなります。
入学資格を得るための英語試験TOEFL(*) を受験し、アメリカ式のエッセイ(小論文)の書き方を学ぶ講座を受け、ビザの手続きやホームステイ先の選定を進める。やるべきことは山積みでした。
(*) Test of English as a Foreign Language:英語を母語としない人々を対象に開発された世界基準の英語能力測定試験
そんな中、高三の秋には、今の夫との遠距離恋愛がスタート。
数ヶ月後には国際遠距離恋愛が始まることが決まっている中、毎月のように私の地元か彼の地元でデートを重ねました。不安がなかったと言えば嘘になりますが、「大丈夫、大丈夫」という彼の言葉を信じることにしたのです。
そして、いよいよハワイへ旅立つ日。 家族が空港まで見送りに来てくれ、私は、同じ斡旋業者を通じて留学する7人の仲間と共に、飛行機に乗り込みました。
(ちなみに、この時、私を含む5人が日本に彼氏を残しての留学でした。しかし、数ヶ月のうちに、私以外の全員が破局を迎えたことを、ここに報告しておきます。笑)
到着後は、斡旋業者の現地スタッフが空港で出迎えてくれ、それぞれのホームステイ先まで案内してくれました。大学の語学コースが始まるまでの数日間で、銀行口座の開設や携帯電話の契約といった、生活の基盤も無事に整いました。

第4章:ハワイでの全ての経験が、私の人生に「新しい色」を加えてくれた
こうして、私のハワイでの生活は、本格的に幕を開けました。それは、まさに「挑戦」の連続でした。
まずは、勉強という名の分厚い壁。
私の目標は、4年制大学で海洋生物学を学ぶこと。そのため、コミュニティカレッジの一般教養学部でありながら、編入後に必須となる生物学、化学、物理、数学といった理系のクラスばかりを意図的に履修していました。
授業は専門用語の嵐で、日本で培ったリスニング力だけでは全く歯が立たない。ほとんどのクラスで日本人は私一人。情報交換もできず、英語と格闘するしかない「強制的な英語環境」は、結果的に私の英語力を大きく引き上げてくれました。
もちろん、勉強ばかりの毎日ではありませんでした。
現地のフラダンス教室に通い、練習に明け暮れた結果、なんと世界大会で団体3位に入賞。
そして、日本から続けていた剣道の道も諦めず、ハワイでも道場に通い続け、無事に四段に昇段することができたのです。(ハワイにも剣道連盟があり、昇段審査もあるんですよ!)
こうした目に見える成果以上に、私の心を豊かにしてくれたのは、ハワイで出会った人々との交流でした。
忘れられない出会いがあります。ルームメイトの友人だった、男性同士のカップル。彼らは、片方の男性の甥っ子(お姉さんの息子さん)を養子として引き取り、二人で育てていました。
ある日パーティで彼らに会った時、幼い男の子が私の胸にじゃれてきました。少し戸惑いながらも一緒に遊んでいると、パパの一人が申し訳なさそうに、でも優しく笑って言います。
「ごめんね、その子ママがいないから、すぐおっぱい触りたがるの」
その瞬間、頭をガツンと殴られるような衝撃と、すべてが腑に落ちる温かい感覚が同時に訪れ、「そうか!」と心の底から納得しました。
周りにいた誰もが、その家族の形を特別視することなく、ごく自然に受け入れている。ただ、二人の「パパ」からの深い愛情に包まれて、一人の子供がそこにいる。それが、その場の「当たり前」の風景でした。
私の「当たり前」が、ガラガラと音を立てて崩れていきました。家族の形に「普通」なんてないんだ、と。この出来事は、人種や性別、思想が異なる「多様」な人たちと、どうすれば幸せに共存できるのかという、大きなヒントを私に与えてくれたのです。
苦しい「影」の時間があったからこそ、こうした「光」の時間は一層輝きを増し、私の留学生活をかけがえのないものにしてくれました。
結論:無駄になるところだったアレ、計算したら2年と300万円の価値があった。
2年半の短大生活を終え、4年制大学への編入も目前に迫っていた、ある日のこと。未来への期待に胸を膨らませていた私に、母からの一本の国際電話が、容赦なく現実を突きつけました。
母が言うには、父が会社の繁忙期に、家族との時間を優先して休暇を取った結果、社内での立場が大きく変わってしまった、と。
顧問契約となって年収が半減してしまうため、4年制大学の学費はとてもじゃないが払えない。本当に申し訳ないけれど、帰国して欲しい、とのことでした。
もちろん絶望感はありましたが、日本に置いてきた彼(現在の夫)ともっと会えるようになる、という嬉しさも正直なところでした。日本の大学に編入する道もあるかもしれない。将来、環境が整えばまた挑戦できるかもしれない。そう気持ちを切り替え、親の依頼を受け入れることにしたのです。
編入を辞退し、ルームメイトと借りていたアパートや、中古車を整理しながら、帰国までの半年間は、学生ビザで可能なインターンシップに打ち込みました。
(このインターンシップの話は、また別の機会に…!)
私のハワイでの挑戦は、一度ここで、終わりを告げることになったのです。
―そして、約10年の時が流れました。
30歳を目前に、私はアメリカ本土の大学を見つけ、オンラインでの「学び直し」を決意します。そこから正社員として働き、子育てをしながら、5年という長い歳月をかけて、私はようやく学士号(大学卒業資格)を手にしました。
この5年間の道のりで、私を救ってくれたものがあります。
それは、10年前にハワイで取得した、大量の単位でした。
卒業に必要な60単位を大幅に超える、90もの単位を取得していたおかげで、新しい大学ではそのうち69単位の認定を受けることができたのです。
もし当時、私が卒業に必要な最低限の単位しか取っていなければ、この5年間の道のりは、さらに2年延びて7年かかり、学費は追加で300万円ほど必要になっていたはずでした。
(10年前の私、本当にありがとう…!)
なぜ30歳で学び直しを決意したのか。5年もの間、仕事や子育てとどう両立させたのか。その具体的な道のりについては、こちらの記事で詳しくお話ししています。
遠回りに見えても、無駄な努力なんて一つもありません。
信じて進んだその一歩一歩は、10年後であろうと、必ず未来のあなたの道を照らしてくれます。
だから、もしあなたが今、何かに挑戦することをためらっているなら、伝えたいのです。
少しでも興味があるなら、怖がらずに飛び込んでみてください。
やってみたら、意外となんとかなるものですよ。
そして、その「飛び込んだ経験」を、次のキャリアで最大限に活かしませんか?
「留学」や「学び直し」という素晴らしい挑戦も、職務経歴書の上で「人事が評価できる言葉」に翻訳しなければ、ただの「思い出話」で終わってしまいます。
「留学経験と、今の仕事にどう繋がりを持たせる?」 「私の『バラバラな経歴』を、どうアピールすれば強みになる?」
そんな、あなたの「回り道」や「挑戦の記録」を「唯一無二の強み」に変える具体的な戦術のすべてを、AI活用術と共に3万字超えの有料noteにまとめました。 挑戦するあなたの「勇気」を「確かな市場価値」に変えるための、実践的な教科書です。
あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回お届けしたのは、私の「自分軸キャリア」の、いわば "エピソード0" となる物語です。
この後、ハワイでのインターンシップで何を得たのか。 帰国後の就職活動、そして5回にわたる転職で、私はどんな壁にぶつかり、どう乗り越えてきたのか。
これから、その長い旅の記録を、一つずつnoteに綴っていこうと思います。
この物語の続きに少しでも興味を持っていただけたなら、ぜひnoteをフォローして、次の旅路をお待ちいただけると嬉しいです。
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