1回だけ生きたねこ(または、あるミケ猫の一生)
1回だけ生きたねこ
2025年4月14日、月曜日。今からもう3日も前のこと。
夕方の5時半。そろそろ病院に行こうかと、そっと立ち上がって、 いつものように毛布に包もうとしたそのとき、気づきました。 和ちゃんが、もう息をしていなかったのです。
それまでずっと膝の上で眠っていて、何も変わらないように見えました。姿勢を変えたら少しだけケホケホと咳をして、少し息が苦しそうだったので、出かけるのを少しだけ遅らせました。そして、落ち着いたので、出かけようとしたその時のことでした。
その静けさは、眠りではなく、旅立ちの合図だったのです。
こんなに安らかで、あたたかくて、完璧な最期があるのか?
膝の上という、誰よりも安心できる場所で、
声もあげず、静かに眠るように旅立つなんて。
和ちゃんは、最後の最後まで、自分の生き方を貫いたのだと思います。
これは、たった一度だけ、生きた、ひとりのねこの話です。
和ちゃんとは、保護猫の譲渡サイトで出会いました。2003年の8月。生後2か月くらいの頃でした。兄のクリームと一緒に紹介されていました。 籠に入れられて、初めて家にやって来た日。 クリームは、あたりを警戒しながらそろそろと歩いて、僕との距離を測っていました。 一方で和ちゃんは、そんなことおかまいなしに、真っ先に膝の上に乗ってきました。 まるで「ここが私の場所ですけど?」と言わんばかりの顔で、ちょこんと座ったのです。 そのとき、僕は確信しました。和ちゃんはもう、自分の家を決めている、と。
そこからの毎日は豊かでした。 ごはんのときは、大きな声で催促する。 僕が帰宅すると、ふたりで玄関先に様子を見に来る。 テレビを見ていれば、膝の上にそっと飛び乗る。 和ちゃんの時間は、いつだって僕の近くにありました。
和ちゃんはよく鳴く子でした。 おなかが空いたとき、甘えたいとき、ひとりでいるのが不安なとき、 理由がなくても、ただ鳴く日もありました。 どの声もちゃんと和ちゃんで、うるさいと感じることもあるくらい大きな声でした。
クリームとは、本当に仲の良い兄妹でした。
大きな体の兄に、小さな体の妹がくっついて眠る姿は、何度見ても微笑ましかった。
でも、ときには喧嘩もしていました。
くりちゃんが「にゃー」と詰め寄ると、和ちゃんは「シャー!」と返して猫パンチ。

そして、くりちゃんが旅立ったあと。
和ちゃんは、静かに、でも確かに変わりました。
少し鳴き声が増えた気がしました。
誰かがいないときに、遠くで鳴いていることが多くなった。
それが寂しさなのか、僕には確信が持てなかったけれど、
家の空気が変わったことを、和ちゃんは誰よりも早く感じ取っていたのだと思います。
それでも和ちゃんは、変わらず日々を過ごしました。 寝て、食べて、甘えて、怒って。 そしてそのころ、白猫のチヨちゃんを迎えました。(チヨの話はまだいずれします)
掌に載るほど小さな白猫。 和ちゃんは、最初こそ厳しく接していました。 近づくとシャー。それでも近づけば猫パンチ。 でも、チヨちゃんは引きませんでした。 何度叩かれても、何度怒られても、和ちゃんに寄り添おうとした。 そしていつの間にか、並んで眠るようになっていました。
あの光景を見たとき、僕は思いました。 和ちゃんは、チヨちゃんに「猫としての生き方」を伝えているんだ、と。

和ちゃんが16歳くらいの頃のことです。あの頃の和ちゃんは、本当に美しかったのです。
毛並みは、しっとりとしたビロードのようでした(これは最後のその日まで変わりませんでした)。模様はもちろん、世界に一つしかない左右非対称の三毛です。頭のてっぺんから背中にかけて流れるように入った黒と茶と白のバランスが、どうしたって目を引きました。
「和ちゃんは、美魔女だねえ」なんて呼ばれました。実際、美魔女だったのです。年齢を言うと驚かれました。「もうそんな年なの?見えない!」と。見た目の話だけではありません。和には、なにか不思議な雰囲気があったのです。「しっぽが二股に分かれてるんじゃない?」とか、「夜中にしゃべってそう」とか。そういうことを言われても、和がちょこんと座って目を細めていると、「そうかもしれないな」と本気で思えてくるのです。
そして、年月が経ちました。
和ちゃんの体は、少しずつ細くなっていきました。
毛並みが少しやわらかくなって、目の輝きもやわらかくなって、
眠っている時間がどんどん増えていきました。
でも、和ちゃんは誇りを失いませんでした。 トイレには自分で行き、ごはんの時間には必ず立ち上がり、 ソファの上はいつもの定位置。「狩り」だってする。僕が帰ってくると、玄関まで様子を見に来る日は減りましたけど。
ごはんを食べなくなったのは月曜日。 それでも、水は飲んでいた。声も出ていた。 おしっこもちゃんとしていた。 だから僕は「まだ大丈夫かもしれない」と思っていた。
金曜に病院に行って、輸液をしてもらって、 それからわずか3日間の通院。 覚悟してくださいと言われたけれど、でも、まだ目を開けて僕を見る顔があった。 だから、「もしかしたら」と思っていた。
次の月曜の朝、トイレまで歩くのもおぼつかなくなったため、前日からつけ始めたおむつを外し、新しいおむつをつけようとすると、力強く手足を突っ張り抵抗されました。そして、何歩か自分の足で歩いていたのです。
そして、その日の夕方。 和ちゃんは、いつもどおり、膝の上にいました。 丸くなって、小さく呼吸をしていて、重みも確かにあって。
でもそろそろ病院に行こうと、毛布を取ろうとしたその瞬間、呼吸がないことに気づきました。
膝の上で、眠るように、気づかれないように、静かに命を終えていました。
これは、たった一度だけ、生きた、ひとりのねこの話です。
和ちゃんは、僕に最期を気づかせませんでした。
泣かせないように、声もあげず、ただ眠って旅立ったのです。
そんな最期があるなんて、知らなかった。
そんな静かで、完璧な別れ方が、この世にあるなんて。
そしていま、僕の膝の上には、何もありません。
でも、何もなくなってしまった気はしません。
いまも、そこに丸まっている気がします。
晩年の彼女の体が軽くなりすぎていたからかもしれませんけど。
和ちゃんは、たった一度だけ、この世にいて、たった一度だけ、僕と出会ってくれました。
それは、たった一回きりの出来事だったけれど、何度生まれ変わっても、きっと同じだっただろうとわかるくらい、特別な時間でした。
和ちゃんは、一回だけ生きたねこ。 その命に、心から、ありがとう。

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