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第11編 リタイアと再出発──看護と共に(その5)

このときの記憶は、かなりおぼろげで、
一部、幻覚を見ていた。

過去一番、長く苦しい夜のはじまりである。

🎈前回の内容はこちら

腹腔鏡手術は、数ヶ所に小さな穴を開けて、
器具を挿入する手術のため、開腹手術より
侵襲が少なく、結果として痛みも少ない。
また術後の離床も、開腹よりも早い。

ただ、視野の確保が課題で、癒着が激しい
場合などは開腹手術に切り替えると、
聞いていた。

1回目の手術では、結局、開腹はせず、
腹腔鏡のみで、大腸を切って繋ぎ直した。
なので、WOCさんにマーカーを付けて
貰っていたが、一時ストーマすら造設せずに
終えていた。


大腸がん患者さんの場合は、部位にもよるが
大きく切除して、一時ストーマを造設。
術後の経過を見て、数ヶ月か半年程度で
元々の自然肛門へと戻す、ようだ。

このストーマ閉設があるため、一時ストーマ
と呼ばれる。


一方、大腸機能に何らかの障害がある場合は、
たとえば潰瘍性大腸炎やクローン病などで、
永続的なストーマ、すなわち永久ストーマ
造設が行われることがある。

僕の場合は、体質的な問題と基礎疾患の
兼ね合いにより、大腸の機能性に問題があると
判断されたが、それでも当初は一時的なもの
を想定していた。

この判断が変わったのが、吻合不全により、
大腸に穴が開いたときである。

腸穿孔により、酷い腹膜炎を起こしていた。
当然であるが、大腸の中のものはお腹の中に
溢れて、大変なことになっていたようだ。

そのため激しい腹痛と高熱を発して、苦しんだ


激痛に耐えながら、日勤さんが手配してくれた
CT撮影を必死になって、こなす。
そして、腸穿孔が明らかになると、
どこか、ホッとしてしまった。

まさか4時間以上も、待つことになるとは
思いもしなかったからだろう。


腹膜炎からの高熱は、敗血症へとひた走って
おり、手術を待つのにICU行きが選ばれた。

朦朧とする意識と、激痛による浅い呼吸とで
頭が全く働かない。

時間感覚も狂いだし、夢と現実を行き来した。


このとき実は、痛み止めなどの解熱鎮痛薬の
使用を控えるよう指示が出ていたようだ。
詳しい理由は覚えていないが、血圧降下の
リスクがあったのだと思う。

確かに、激しい腹痛の割には、血圧は正常
だったようで、ICU看護師から安堵の声が
漏れたのを、まだ覚えている。

アナフィラキシーショック。
やはり、これがいちばん怖いのだ。



人生最大の苦痛に悶えながら、真夜中を迎える

日付が変わる直前、
やっと手術室へ入室できそうだと判明。
バタバタと、準備がはじまる。
Aラインなども取ったようだが、
激痛に疲れ果て、半ば魂が抜けていた。


気がつくと、
そこは手術室の冷たいベッドだった。

そして、やっと痛み止めが解禁される。
いや、その直後に麻酔を入れられたので、
10秒数える間に、意識は消えていった。
どこか、安心感に抱かれながら。


次に目覚めると、あの激痛が消えていた。
もちろん、麻酔が効いていたのもある。
どこかよく分からない狭い廊下に、
ベッドごと運ばれていた。

時間的に、まだ未明だったはずだ。
しかしそこには、妹が待機していてくれた。
ホッとした表情の妹から、
手術が無事に終わったこと、お腹の中をバケツ
2杯のお湯で洗ったこと、永久ストーマを造設
したことをぼんやり聞いていた。

この一夜のできごとは、
夢だったのかもしれないと、まだ思う。

唯一、左下腹部に付いたストーマだけが、
現実なのだと、知らせてくれた。
闘いは、やっと1ラウンドを終えたようだ。

(つづく)

🎈つづきはこちら


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