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第11編 リタイアと再出発──看護と共に(その4)

風雲急を告げる。
内科的に治らないので、お腹の手術を
提案された。
このときはまだ理解の浅かったことを
後に知るのだが。

🎈前回の内容はこちら

入院からすでに2週間が経過。
何度も大腸カメラを入れて腸捻転を整復
したが、その度に繰り返す始末。

絶食を続けるのも、限界が近づいていた。
そして、消化器外科が呼ばれることとなる。


この手術とは、何のことか。
そこがいまいち分かっていなかった。

健常な人より少し腸が長いこと。
加えて、S状結腸付近の固定が緩いこと。
その結果、ちょっとしたことですぐ腸捻転
してしまう、とのこと。

なので、
S状結腸を少し切り取って、腸を短くする。
それで問題がなさそうなら、直腸と繋ぎ直す。
ただ、場合によっては人工肛門、いわゆる
ストーマ造設となるとの説明を受けた。

この時点では、一時ストーマとなるか半々の
確率で、永久ストーマとの違いも分かって
いなかった。


10月の頭に、腹腔鏡にて、大腸を短くする
切除術を実施した。
この段階では、一時ストーマにもならず、
S状結腸を短くして、すぐに直腸と繋いだ。

これで、大腸がんの患者さんなら、概ね
腸と腸とが癒着していくのだが。
僕の場合は勝手が違ったようだ。

まず、術後すぐ翌日に、
CTでお腹の中を調べた。
これは既往症として、肺塞栓症があったためだ

血栓がないかを確かめる意味合いが、
むしろ強かった。

しかしその事に注意しすぎたのか、
腹腔鏡での吻合部の信号を、見落としたと
のちに、伺った。

大腸がんだけで他はほほ健常な方なら、
それで対応に問題はない。
しかし基礎疾患として免疫不全を患っていると
癒着不全に相当な注意を払わなければまずい。


僕も悪かったのだと思う。
術後から痛みが強かったのに、オペをしたの
だから当然だと、あまり訴えなかった。

なので、2週間が経過して、
完全に吻合不全に陥るまで、我慢してしまった

運悪く、それは食事が再開された翌日だった。
もちろん、食事とは言っても、重湯と
具のないみそ汁のみである。

しかしそれでも、お腹の流れは変わり、
朝食を終えてしばらくすると、下腹部に
いつも以上の激痛が走り始める。

当然、昼食どころではない。
体を起こしていられず、横になるが、
痛みはどんどん激しくなるばかり。
額には脂汗。仕舞いには、全身汗でびしょ濡れ

痛み止めを点滴で流してもらうが効果なし。
そして、強い寒気と高熱に襲われた。


さらに運悪く、土曜日だったのだ。
朝ならともかく、夕方には看護師も医師も、
少なくなっていた。

そのとき、経験豊富な中堅看護師さんが、
事の異常さに気がついてくれた。
本来なら、日勤さんは帰る時間帯なのに
CT撮影を当直医に掛け合ってくれて、
ついに、穿孔していたのを突き止めてくれた。

癒着に伴う吻合不全に陥っており、
酷い腹膜炎を起こしていた。

当直医の判断で、緊急手術となるが、
ひとつ問題が。

僅かな差で、もう一人、緊急手術の患者さん
が待機していたのだ。
これを繰り上げることは難しく、
猛烈な腹痛と高熱に苦しみながら、4時間、
ICUにて、待ち続ける他なかった。


このときの記憶は、かなりおぼろげで、
一部、幻覚を見ていた。
過去一番、長く苦しい夜のはじまりである。

(つづく)

🎈このつづきはこちら


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